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3. 小豆島のドッペルゲンガー?

 妖怪美術館を出た二人は、そのまま迷路のまちからも出た。迷路のまち自体は土庄町に位置しており、土庄町の人口は約1万人。地道に聞いてまわれば、幾らかの情報は手に入るだろう。


 加奈は道行く人に手当たり次第に話を聞いて行った。しかし、ドッペルゲンガーに関する類有力な情報はあまり得られなかった。


 こうした聞き込みを繰り返している内に、二人は段々と町の中心から離れていき、人通りや建物も少なくなり、だんだん物静かな雰囲気となっていった。


「はぁ〜、なかなか情報が手に入らないね」


「ドッペルゲンガーは、頻発するような現象じゃないからね」

 

 そんな会話をしていると、向かい側から一人の老婆が歩いてきた。足取りは軽く、とても元気そうだ。加奈はさっそく、その老婆に尋ねた。


「すみません! お尋ねしたいことがあるんですけど」


「ええ、いいですよ。それで、どうされたのかしら」


「あの、ドッペルゲンガーって言う、もう一人の自分が現れる現象が小豆島で起きてるらしくて。その、何か関連する話は知りませんか?」


「そうねぇ。ドッペルゲンガーってのはわからないけど、カボソならわかるよ。カボソが化けて現れるから沿岸には近づくなと良く言われたねぇ」


「やっぱり、カボソさんなんですね! 会ったことあるんですか?」


「どうだろうねぇ。会ってたとしても気づいてないだけかもしれないしねぇ」


「そうですか……最近は、そんな話聞かないんですか?」


「一つあるよ。それもここ最近。子供たちの話なんだけどね」


 老婆はゆっくりと話してくれた。


 これは数週間前、三人の子供たちに起きた出来事だ。A君は、よくB君とC君にいじめられていた。だが、A君は大人しい子で、やり返すことはなかった。そんなある日だった。


 B君とC君は夜道を二人で歩いていた。門限も過ぎている時間で、辺りは真っ暗だ。そんなとき、向かい側から子供が歩いてくるのが見えた。それは、A君のように見えた。二人は、A君を揶揄おうとしたが、どうも様子がおかしい。すると次の瞬間、A君と思われる子供は無表情のままカッターナイフを向けて襲いかかってきたのだ。B君とC君は慌てて逃げ出した。


 後に、その件に関して警察の調査が入った。だが、防犯カメラの映像を見ると、逃げるB君とC君の後ろには何も映っていない。厳密にはうっすら透明な人形のようなものが見えるが、それでは人とは言えない。


 更に、それが起きたとき、A君は家族で外食に出掛けていた。アリバイがあるのだ。結局事件性なしとして片付けられ、B君とC君は何かを見間違えたのだろうとされた。


 だがそれ以降、B君とC君はA君をいじめることはなくなった。


「こんな話だよ。一部ではカボソがA君に化けて、B君とC君にお灸を据えたとも言われてるね。でも、刃物を持ったカボソは生まれて初めて聞いたねぇ」


「そうなんですね……でも、刃物持ってるなんて危ないですよね」


「そうよね。物騒なのは嫌よねぇ」


「私、カボソさんたちに会えたら、危ないことはダメだよーって、伝えときますね!」


「うふふ、ありがとうね」


 加奈は老婆に礼を言うと、那月と共にその場を離れた。


「那月、聞こえてたよね! やっぱり、ドッペルゲンガーはいるんだよ!」


「うん、聞こえてた。基本的はカボソの悪戯っぽいけど。でも、最後の話は少し気になるね」


「そう!ドッペルゲンガーが他の人を襲うなんて」


「あの人、カボソが凶器持つ話は聞いたことがないって言ってた。つまり、単なるカボソの悪戯にしては、何か妙だってことだよね」


「ううん……やっぱりカボソさんに会って直接聞くのが良いかも」


 加奈はこれまでの話を振り返った。ドッペルゲンガー現象について、皆口を揃えてカボソの仕業だと言っている。実際、人に化けるならその可能性が高いだろう。となれば、カボソから直接真相を聞き出すのが手っ取り早いだろう。そうとなれば、次ぎにすべきことは決まっていた。


「那月! 今からカボソ探しにいこう!」


「そうだね。それの方が早そうだし。カボソ探しだったら、沿岸部だよね」


 と、那月はスマホを取り出した。


「これ、妖怪美術館で撮ってきたカボソ出現マップ。近く、土庄町内だったら……近くに願いを叶えるカボソと、ぼた餅大好きカボソがいる。だけど、少し離れた場所にある伝法川には、イタズラするカボソがいるって」


「今までの話からしたら、きっと犯人はイタズラするカボソだよね!」


「うん。もっと遠くなら娘に化けるカボソもいるけど、この辺りならイタズラするカボソが一番怪しい」


「じゃあ、さっそく行こう!」


 二人はそのまま伝法川の方へと向かった。




 伝法川は、小豆島最大の川であり、四方指山から瀬戸内海へと流れている。河口の方には、一番狭い海峡があったりする。だが、二人は川沿いをただ登りの方向へと歩き続けた。


 周りに家々はあるものの、迷路の街とは違い静かだ。自然の方がよく目に入る。こどもの日には鯉のぼりが泳いでいたりするが、今は特にない。


 加奈は呑気に歩いていたが、那月はスマホの地図を見て少し首を傾げていた。


「那月、どうしたの?」


「カボソって、いるとしたらもっと上流だよね。だとしたら、とても時間がかかる」


「どれくらい?」


「日が暮れるんじゃない?」


「ええー。夜に山に入るのは危ないよね」


 そんなことを話している二人に、少年が駆け寄ってきた。紺色の浴衣を着ている。茶色の髪は短めで元気いっぱいな感じだ。


「こんにちは! お姉ちゃんたち、何の話してるの?」


「こんにちは! カボソさんに会いに行こうと思ってるんだけど、上流まで遠いよねーって、話してたの」


「お姉ちゃんたちカボソさんに会いたいんだ?」


「うん!」


 加奈が少年の相手をしていると、那月はひそかに少年の背後に回ると、両手それぞれで狐の形を作りだした。そして、右手をひねり、左手と交差ささせ、指を開いた。両手の指の間には、指という枠で囲まれた隙間ができている。那月がやっている行為は狐の窓という呪術だ。指を特定の手順で組み、呪文を3回唱えてから、その隙間を覗きこむと、妖怪や霊を見破る事が出来るといったものだ。


 だが、何も呪文を唱えることなく、すぐに手の隙間を片目に当てた。少しして狐の窓を解き、微笑を浮かべると、那月はその少年の両肩を背後から抑えた。


「うわ! 金髪のお姉ちゃん、何するの!」


「尻尾……見えてるよ」


「え、嘘!」


 と少年は腰あたりを手で押さえた。


「嘘だよ」


「なぁんだ嘘かぁ! てっきり……」


とそこまで言いかけたとき、少年の体は固まり、冷や汗を流し始めた。少年を押さえる那月の手の力も増していく。少年は恐る恐る那月の方を見るも、那月は何も言わず微笑を浮かべている。


 そんなとき、加奈は目を輝かせて声を上げた。


「あなた、もしかしてカボソさん!」


 そう言って、加奈は少年のもとに駆け寄り、舐め回すように見つめた。


「いや、そんなわけない……」


少年が弁解しようとすると、那月の手は少年の肩を強く握った。


「イタタ! 悪かったっから! そんな痛くしないで!」


 と、少年は一瞬のうちにカワウソへと姿を変えた。見た目は、子供くらいの大きさで二足で立っているカワウソだ。


「案外かわいい見た目してるんだ……でも、逃げたらダメ」


 と、那月は更にカボソを押さえつける。


「逃げない、逃げない! って、あんたら何でわかったんだ! それより、もっと驚けよ!」


「狐の窓で除いたら丸見えだったってだけ。あと、見た目怖くないし」


「狐の窓って、あんた呪文唱えてなかったろ! それに誰にでも見れるわけじゃないし、見られてたら俺だって気付くはずだ」


「ふふ、とりあえず大人しく、ね」


「こいつ何か怖いぞ」


 と、カボソは体を震わせた。


「那月、怖がらせちゃだめだよ! カボソさんはもうお友達なんだから!」


 と、加奈はカボソの前にしゃがみ込み、目線の高さを合わせた。


「私、天川加奈あまかわかな! 貴方のことは何て呼べば良い?」


 カボソは少し目を細めると、那月の方を見て、


「なぁ……こいつはこいつで、何でこんなに馴れ馴れしいんだ」


「加奈の友達は私以外は皆妖怪だからね」


「……なんて奴らに捕まってしまったんだ、うぅ」


 カボソは下を向いて泣き始めてしまった。


「カボソさん、泣かないで! お友達になるために会いに来ただけだし、それにちょっと聞きたいことがあるだけなの。ほら那月、はなしてあげて」


「……加奈に怪我させたら容赦しないからね」


「もちろんですって! もともと、俺のこと調べてる奴がどんな奴か見に来ただけなんだから」


 那月がカボソから手をはなすと、カボソは直立不動となった。


「加奈、俺のことはカボ太郎と読んでくれ!」


「うん! よろしくね、カボ太郎!」


 加奈は手を差し出す。カボ太郎も手を取り、二人は握手した。手を下ろすと、カボ太郎は那月の方へ向き直り、恐る恐る口を開いた。


「那月って呼ばれてたよな。あんたこそ、俺に危害を加えるつもりはないんだよな」


「うん、今のところはね。ていうより、私ってそんなに怖い?」


「怖い!」


 と、カボ太郎は加奈の後ろへと隠れる。


「妖怪にも怖がられるって、ちょっと複雑だなぁ……」


「ほらカボ太郎、隠れてないで!」


 加奈がカボ太郎を前に押し出した。


「ふぅー、わかったわかった! それで、俺に話が話があるって言ってたよな」


「その前に、さっきの少年の姿に戻った方が良いかも。他の人に見られたら困るし」


「それもそうだな」


 と、カボソは一瞬で再び浴衣姿の少年へと化けた。


「それで、話って?」


 加奈はドッペルゲンガーについて調べていることを説明した。


「カボ太郎。私たちドッペルゲンガーについて調べててね。それで、もう一人の自分が現れる事例を調べてたらカボソさんの仕業じゃないかってなったの。それで、直接聞きたいなーって!」


「そうかそうか。まぁ、俺らの仕業だろうな。化けて祭りに潜り込んだりしたし」


「やっぱり! じゃあ、昨夜私に化けてたのもカボ太郎?」


「ん? いや、俺じゃないぜ。他の奴じゃないか」


「そっかー。あ、そうだ。化けるにしても人を襲っちゃダメだよ! カッターナイフ持って子供に襲いかかるなんて」


「なんのことだ? 俺らはイタズラで遊んでるだけで、そんなことしてないぞ」


「え? 本当?」


 加奈は、老婆から聞いた、子供とドッペルゲンガーの話をした。カボ太郎は、それを聞くと腕を組み、首をかしげて考え込んだ。


「んー……俺らじゃないねぇ。その老婆だって言ってたろ、カボソのイタズラで凶器で襲う話は聞いたことがないって」


「確かに! でも、それじゃあ、誰の仕業なの?」


「心当たりないなぁ。このご時世、表だって人襲う奴なんて小豆島にはいないと思うぜ」


「じゃあまさか、本当にドッペルゲンガーが……」


 加奈は少し考えた。カボソの仕業でないなら誰の仕業なのだろう。そもそも誰かが化けているという考えが違うのだろうか。本来のドッペルゲンガーの話に戻れば、ドッペルゲンガーもう一人の自分があらわれる現象で、死の前兆だ。原因はわからないが、危険なドッペルゲンガーが小豆島に現れているとうのは確かだ。


 そう考えていたとき、那月が口を開いた。


「その凶器を持ったドッペルゲンガー、お婆さんは最近だって言ってたよね。つまり、今まではカボソのイタズラでの平和なドッペルゲンガーしかいなかった。でも、最近何か原因があって、危険なドッペルゲンガーが現れ始めた。ということになるのかな」


 加奈は大量の情報に対して、一瞬思考が止まった。


「え……ちょっと待ってね! んー、あ! そうだよね! 今までの話を聞く限りそうだよ! カボ太郎はどう思う?」


「俺はなんもわからんが、俺らに濡れ衣が着せられてるってのは放っておけないなぁ」


「じゃあ、カボ太郎も調査に協力してくれる?」


「いいぜ。口止め料代わりに働いてやる」


「やったー!」


 加奈は、少年姿のカボ太郎に抱きついた。


「おいおい! 余り馴れ馴れしくするな!」


 と、カボ太郎は加奈の腕の中からするりと抜け出した。


 その横で、那月はスマホで時間を確認した。


「一度、宿に戻ろう。もうお昼過ぎてるし。危険なドッペルゲンガーに絞るなら、ちゃんと計画を立てないと」


「うん! あ、でもカボ太郎はどうしよう」


「そのまま少年の姿でいてもらおう。やばそうになったら何か小さいのに化けたら隠れられるだろうから。そうでしょ?」


「そこは任せろ。あんたらみたいな変な奴らじゃなければ、バレるようなヘマはしねぇ」


 そうして、二人とカボ太郎は、一度宿へと戻るのだった。




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