12. もう一人の自分を受け入れる
江洞窟の悪魔は無事に封印された。そして、その場には加奈たちの他に、那月のドッペルゲンガーたちが残った。極度の緊張感から解放されたようで、皆どこか安堵の表情を浮かべている。その中でも、余り緊張していなかった加奈が最初に口を開いた。
「なんとか無事におわったね!」
加奈がそう言うと、那月がため息をつきながら答えた。
「はぁ、加奈のせいで内心ひやひや、だったんだけど」
加奈は那月に涙を浮かばせるまで、心配させてしまったことを思い出した。良くないことをしたと思った加奈は、素直に頭を下げた。
「ごめんなさい」
「次から気を付けるように!」
と、那月はちょっと意地悪っぽい口調で返事した。
そんな話をしていると、近江屋は二人の前に立った。そして、綺麗な90度で頭を下げた。
「すまなかった。僕のせいで巻き込んでしまって」
近江屋は綺麗な姿勢のまま直立不動だ。それに対して那月は、近江屋の両肩を下から押し、顔をあげるように促した。
「そんなに気にしないでよ。何とかなったんだしさ。それに、妹さんにも怒られずにすんだでしょ?」
那月がそう言うと、近江屋は笑って答えた。
「はは、そうだね」
江洞窟の悪魔が封印されたことによって、近江屋の重荷もとれたのだろう。これにより、元凶はどうにかなった。だが、あと一つやるべきことが残っていた。それは、那月のドッペルゲンガーの処理だった。
「天川さん、出雲さん。そろそろ」
と、近江屋は那月のドッペルゲンガーの方を見た。加奈と那月も、那月のドッペルゲンガーの方へと視線を向けた。彼女は何回も加奈たちのことを助けてくれたが、ドッペルゲンガーなのだ。もとの、主のところに戻らなければならない。
そうやって見ていると、那月のドッペルゲンガーは頷いた。そして、なにやら手で印を結んだ。すると、カボソのドッペルゲンガーが一斉に消滅した。その光景に状況が呑み込めず、加奈が驚いてキョロキョロしていると、近江屋は静かに笑った。
「そういうことだったのか。僕の術を真似したんだね」
近江屋がそう言うと、那月のドッペルゲンガーは頷いた。
「そんなことできるんだ……」
と、加奈は思わず呟いた。事の顛末はこうだ。那月のドッペルゲンガーが生まれたあと、那月のドッペルゲンガーは即座に近江屋の離魂の術を学習した。そして、自分の手足として動かせるように、カボソのドッペルゲンガーを複数生みだしたのだ。遠く離れた那月のドッペルゲンガーの状況が、他の人カボソのドッペルゲンガーに伝わっていてたのも、彼女が生みだしたドッペルゲンガーだったからだ。
感心していた加奈だが、ここで那月のドッペルゲンガーに言うべきことがあったことを思い出した。加奈は那月のドッペルゲンガーの下へ駆け寄ると、お礼を言った。
「あ、那月のドッペルゲンガーさん! 消えちゃう前に! あの、私のこと何回も助けてくれて、ありがとう!」
加奈がそう言うと、那月のドッペルゲンガーは加奈の下へと歩み寄った。そして、加奈の頭を優しくなでた。
「えへへ」
那月のドッペルゲンガーは優しく、ゆっくり、すみずみまで、加奈の頭を撫でた。そしてしばらくの間、加奈は撫でられ続けていた。
「長いな」
近江屋が呟くと、那月は苦笑いして答えた。
「私のドッペルゲンガーだからかな」
さらに時間が経った。さすがに満足したのか、那月のドッペルゲンガーは、加奈の下を離れると、那月の前に立った。
那月は那月のドッペルゲンガーの意図を察した。もう、お別れのときなのだ。
「ずっと、分かれているわけにもいかないよね」
那月がそう言うと、那月のドッペルゲンガーは頷いた。那月は自分のドッペルゲンガーをじっくり見つめると口を開いた。
「あのさ、私、不思議な力を持っているとわかったとき不安だったの。自分は普通の人間じゃないかもしれない。もし、前世があったら悪いことをしてたんじゃないかって。そう思い込んでた。でも、思い込みだったんだね。私、貴方の記憶を見たの。少女に最後まで付き従ったって。確かに、最後は人間に強い憎悪を持っていたかもしれない。だけど、私にはわかるんだ。あの後、貴方は人なんて殺してない。ただ、その少女の思いを尊重したんだって」
那月がそう言うと、那月のドッペルゲンガーは軽く笑みを浮かべた。それを見て、那月も笑った。
「ふふふ。そうだよね、貴方も私だもんね。ありがとう、加奈のこと助けてくれて。貴方と別れるのは少しい寂しいって言うのも変かな? 私だもんね。貴方が前世だったとしても、それも含めて、今の私は私なんだ。だから、あなたことは受け入れる」
そう言って那月は那月のドッペルゲンガーへと歩み寄った。そのとき、初めて那月のドッペルゲンガーは言葉を口にした。
「今は、幸せか?」
那月は一瞬驚くも、直ぐに満面の笑みで答えた。
「うん! 今の私は、加奈と一緒にいられて幸せ!」
そう宣言すると、那月のドッペルゲンガーも笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう、もう一人のわたし」
そう言って那月は、那月のドッペルゲンガーを抱きしめた。那月のドッペルゲンガーも那月を抱きしめた。
那月のドッペルゲンガーは、那月の腕の中で徐々に透明になり、そのまま消えていった。
那月はしばらく、自分が一人になった余韻に浸っていた。しばらくして、加奈の方へ向き変えると、こう尋ねた。
「加奈! 私はどんなときでも私だよね!」
その質問に対し、加奈は大きく頷き、笑顔で答えた。
「うん! いつでも那月は那月だよ!」
加奈と那月は向かい合って笑った。これで、本当に全て終わったのだ。色々あったドッペルゲンガーの調査もこれで終わりなのだ。でも、那月と一緒に調査出来て楽しかったと、加奈も思うのだった。
そんなほほえましい様子を遠巻きに眺めている近江屋に対し、カボ太郎は声をかけた。
「あんたの術、まるっきり迷惑だけだった、ってわけでもさそうだな!」
近江屋は、更に仲が深まったように見える加奈と那月をもみて頷いた。
「そうかもね。でも、欲を言えば、僕も……」
「焦んなよ。善行つんでりゃ、いつか神様がご褒美くれんだろ。あいつらみたいにさ」
「はは、確かにな」
と、近江屋も笑って答えた。
こうして、小豆島のドッペルゲンガーの真相は明らかになり、江洞窟の悪魔騒動も解決された。疲れ切った加奈たちは、宿に戻り今日は寝ることにした。カボ太郎は、近江屋の部屋に泊まるようで、加奈たちの部屋には、本来通りの、加奈と那月の二人だけだ。二人は布団に転がって、向かい合っていた。
「那月、お疲れ様」
「加奈こそ、お疲れ」
「明日は、ドッペルゲンガー事件解決記念パーティーだよ!」
「そうだね、早く寝ないとね」
そう言うと、那月は加奈の傍に近寄り、くっついた。
「那月、どうしたの? 寂しくなった?」
「うん、ちょっと寂しい気分かも。だから、横で寝させて」
「いいよ!」
そうして、二人は一つの布団でくっついて眠りについた。
加奈は直ぐに眠りについたが、那月は直ぐには寝付けなかった。それは、脳裏にある記憶が蘇っていたからだ。
「おーい、起きてる?」
と、那月は小声で声をかけた。反応はない。加奈が寝ていることを確認すると、那月はぎゅっと加奈を後ろから抱きしめた。
「これからも一緒だからね、加奈」
那月は、加奈をぎゅっとし、眠りにつく中で、自分のドッペルゲンガーと触れ合ったときに見た記憶を思い返していた。
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那月は、那月のドッペルゲンガーと抱きしめあったとき、脳裏に前世の、つまり那月のドッペルゲンガーの記憶が流れ込んでいた。その記憶は夢で見た記憶の続きだった。
九尾は、少女の最期を看取った後、人間を殺すこともなく、かといって逃げることもしなかった。九尾は、ただ少女の願いを叶えたい。そう思っていた。九尾はあたりを見まわした。
「まだ、加奈の魂は近くにある。だったら……」
と、九尾は全ての力を使い転生の印を少女の魂に刻んだ。これは、来世に刻んだ印の要素が必ず反映されるという秘術だ。本来の用途は、自分の魂に今の記憶の印を刻み、来世に自分の記憶を持ち越すことにある。代償として、自分の命は失われる、本来の用途であれば、自分が転生するのだから、リスクはないに等しい。だが、九尾は自分の命を使い、来世の少女の為に、少女の願いが叶うように印を刻んだのだ。
そして、九尾もその少女の横に倒れこんだ。
「これでいいんだ……でも、私も、人間として、貴方に会いたかったな……」
そう口にして、九尾も息を引き取ったのだった。
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