第3話 : 『遊園地への招待状』
第三話 遊園地への招待状
琴音との距離は、少しだけ縮まった。
不器用なクッキーが、俺たちの間の見えない壁を、ほんの少しだけ溶かしてくれた気がする。
問題は、もう一人。
俺はダイニングテーブルの、少し前に琴葉が座っていた空っぽの椅子に目をやった。
攻略難易度は、明らかに琴音とはレベルが違う。
テーブルの上に残った最後のアメーバ形のクッキーを口に放り込み、俺は切り出すように言った。
「なあ、琴音」
「はい、なんでしょう?」
「琴葉のことなんだけどさ。その……いつも、あんな感じなのか? なんというか、ちょっと不機嫌そうな態度っていうか。」
俺の言葉に、琴音は慌てたように小さく首を横に振った。
「ち、違います……!お姉ちゃんは、その、本当は優しいんです。たぶん、人見知りなだけで……」
一生懸命、姉のことを伝えようとしてくれているのがわかる。
「そっか。ならいいんだけど……」
「あの……!」
俺が納得したような、そうでもないような返事をすると、琴音は何かを伝えようとして、言葉を探した。
「お姉ちゃんは外で遊んだりするのが、好きなんです」
「外で?」
「はい。遊園地とか、そういう賑やかな場所にいる時は、いつもより楽しそうなので……」
途切れ途切れの、でも心のこもった言葉。その中に、俺は確かなヒントを見つけた。
――遊園地、か。
俺はポケットからスマホを取り出すと、慣れた手つきで検索窓に文字を打ち込み始めた。
まずは、情報収集からだ。
近隣の遊園地をいくつかピックアップしていく。人気のアトラクション、料金、アクセス……。妹ゲーで培ったリサーチ能力が、今こそ活きる時。
スクロールしていく指が、ふと1つのバナー広告で止まった。
【春休み限定!フジランド ペアチケットプレゼントキャンペーン!】
「……どうせ当たらないだろ」
俺は独り言を呟きながらも、軽い気持ちでキャンペーンサイトに飛んだ。簡単なアンケートに答えるだけで応募は完了。ものの1分もかからなかった。
まあ、これで当たったらラッキー、くらいの感覚だ。すぐにそのことは記憶の彼方へと消えていった。
それから数日。琴葉との距離は、一向に縮まる気配がなかった。
ある日の夕食。俺が作ったあり合わせのチャーハンを、琴音は「おいしいです!」とキラキラした目で頬張ってくれる。一方、琴葉はというと。
「……まあ、食べられなくはないんじゃない」
そうぶっきらぼうに呟くが、レンゲを動かすそのペースは、意外にも早かった。
ある日の朝。洗面所の鏡の前で、見事に鉢合わせ。
「うわっ」「きゃっ」
「ちょっと、あんた邪魔! あたしが先!」
「はぁ? 俺の方が先に来てただろ!」
まるで子供のような言い争い。これが共同生活というやつか……。
またある日の昼下がり。リビングのソファで、俺はポータブルゲーム機の画面に釘付けになっていた。
(よし、この選択肢でメインヒロインの好感度はMAXだ……!)
最高のエンディングを目前に俺が感動に打ち震えていると、不意にリビングのドアが開いた。
「うおっ!?」
俺は心臓が跳ねるのを感じながら、光の速さでゲームを中断し、ホーム画面に戻した。
入ってきたのは、案の定、琴葉だった。訝しげな顔で、俺の手元をじっと見ている。
「……あんた、今なにしてたのよ」
「べ、別に? ただのパズルゲームだよ、うん」
「ふーん……。やけに挙動不審だったけど」
疑いの目を向けながらも、琴葉はふいと顔をそむけ、ソファの反対側にどかっと座った。
そんな、ぎこちない毎日が過ぎていった、ある日のことだった。
自室でダラだらと過ごしていた俺のスマホが、軽快な通知音を鳴らした。
件名:【当選おめでとうございます】フジランド ペアチケット事務局
「……は?」
思わず声が出た。寝ぼけているのかと思って、何度も目をこすり、画面を見返す。
間違いない。そこにはハッキリと「当選」の二文字が躍っていた。
「マジかよ!当たっちまった……!」
まさかの幸運に、俺はベッドの上でガッツポーズを決めた。
これで琴葉を遊園地に誘う、最高の口実ができた。
(でも、待てよ……)
浮かれた頭で、ふと冷静になる。
ペアチケット、つまり2人分。俺が琴葉と二人きりで出かける……そのことを、琴音はどう思うだろうか。仲間外れにされたと、寂しく思ったりしないだろうか。
ダメだ、ちゃんと筋は通さないと。
俺はリビングへと向かい、ソファで静かに本を読んでいた琴音に声をかけた。
「なあ、琴音。ちょっと相談があるんだけど」
「相談、ですか?」
俺はスマホの当選画面を見せる。琴音は「わぁ、すごいですね」と小さく拍手してくれた。
「それで、このチケットなんだが……。俺、これをきっかけに、琴葉ともう少し話してみたいんだ。だから、その……俺と琴葉で、行ってきても……いいかな?」
正直に、目的を話す。少し気まずかったが、これが一番誠実なはずだ。
俺の言葉に、琴音は一瞬きょとんとした後、ぱあっと花が咲くように笑った。
「はい!もちろんです!お姉ちゃん、きっと喜びます!」
「そ、そうか?」
「はい!悠真くん、お姉ちゃんは絶叫マシンが大好きですよ!」
最高の笑顔で、最高の情報をくれる。
できた妹すぎるだろ……!俺はその優しさに、心の中で手を合わせた。
そして、その日の夕方。
外出先から帰ってきた琴葉に、俺は意を決して話しかけた。
「琴葉、ちょっといいか」
「はぁ?何よ、改まって」
不機嫌そうにこちらを睨む彼女に、俺はスマホの画面を見せる。
「これ。遊園地のペアチケット、当たったんだ」
「……だから?」
「……だから、俺と一緒に行かないか?」
「はぁ!?なんであんたと二人で行かなきゃなんないのよ!意味わかんないし!」
予想通りの、全力の拒絶。だが、俺はここで最強のカードを切る。
「まあ、タダだしな。乗り物も全部乗り放題だぞ」
「……っ!」
その一言に、琴葉の青い瞳がキラリと輝いたのを、俺は見逃さなかった。
さっきまでの険しい表情が嘘のように、「え、マジで?」と口が動きかけて……ハッと我に返ったように、ぷいと顔をそむける。
(こいつ、めちゃくちゃ行きたいんじゃねーか……)
その分かりやすい葛藤を見て、俺はニヤリとしながら、ダメ押しの一言を放った。
「……ちなみに、琴音も『二人で行ってくれば?』ってさ」
それが、彼女の最後の砦を打ち砕く合図となった。
「……っ! し、仕方ないわね!」
琴葉は、バッと俺の方に向き直ると、人差し指を突きつけて宣言した。
「こ、琴音がそこまで言うなら、行ってあげなくもないわ! あくまで琴音のためなんだからね! べ、別にタダだからとか、乗り放題だからとか、そういうんじゃないんだからっ!」
全部言っちゃってるよ、この人……。
そのあまりにも分かりやすい言い訳に、俺は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
素直じゃないけど、隠しきれない本音がダダ漏れだ。
(……なんか、こういうのも、悪くないかもな)
ふと視線を感じてソファの隅に目をやると、俺たちのやり取りを見ていた琴音が、くすくすと楽しそうに笑っていた。
そうだ、チケットは二枚しかない。
俺が申し訳ない気持ちで彼女に視線を送ると、琴音はすべてを察したように、にこりと微笑んで「楽しんできてね」とでも言うように、小さく手を振って見せた。
こうして、俺と琴葉の、ぎこちない遊園地デート(?)が、決定したのだった。




