Ep.64 紅執事
【プロローグ】
物語のいとは、ほどいてしまえば案外単純だ。
どんな複雑なストーリーでも、乱雑に張り巡らされた意図でも、そこには一つの明確な目的がある。言い換えれば、「誰かの」「なにかに対する」「"欲望"」があるのだ。
逆に言ってしまえば、物語とはその程度に低俗なものなのだ。もちろんすべてを蔑むつもりはないけれど、少なくとも俺の場合は生まれる前からそのように"なって"いたように思う。
これだけを言うと勘違いをする方々もおられるかと思う。しかしともかく、これだけは覚えておきながら読んでほしい。
―これは、「俺」を"知る"物語だ。
さて、しかしいつまでも取るに足らないことを話続けるのも野暮である。
蕪雑ではあるが、それでは、俺の―冴月麟の物語を始めよう。
赤でも、朱でもなく、「紅」の物語を・・・―。
気がつけば俺はどこか山の階段に立っていた。
ここで言う「気がついた」とは、ボーッとしていた意識が覚醒したとか、目が覚めたとかという類いのものではない。例えて言うならば、真っ暗な部屋の電源スイッチがついて、突拍子もなく辺りが明るくなる感じだ。
そんなものだから、ここに自分の足できたという自覚がない。UFOとかにキャトルミューティレーションされてここにいるのだと言われれば、そのまま信じてしまうだろう。
とりあえず、辺りを見回まわしてみた。山、山、山。木、木、木。緑、緑、緑。あとは、遠くに集落らしきものが見えるのみだ。
今が夕方なのか空は赤く焼けている。
そこからふと見上げると、階段の頂上には赤い鳥居らしいものがあった。どうやらこの階段は神社へと続くものらしい。
だがやはり見覚えはない。その前に、なぜこんな辺鄙なところに存在してるのかさえの検討もつかないのだ。
それでは、いつまでの記憶なら思い出せるだろうか?
確か幻想郷と呼ばれる世界を救うために、この命を懸けて"歪み"とやらを解消したんだったな・・・。
そこまでは覚えている。実際に俺の身体が粒子となる感覚も、世界へと溶け込んでいく感覚も味わった。あれを夢というには話がうまい。
しかも、その出来事は、俺の体感時間的に言うと、ついさっきのことだ。記憶違いというのは起こらない。
ならばなぜ俺は生きている?もしかしたら、ここがあの世というやつなのだろうか?
そう考えると、身が震えてしまう。紫のスキマに入ったときから覚悟はしていた。けれど、こうして意識がはっきりしてくるにつれて、死への恐怖がふつふつと沸き上がってくる。
すると、上の方で微かに声がしたような気がした。
(神社に人がいないというのも失礼な話だけど)人がいるらしい。俗に言う"審判の場"とか"あの世の門前"とか、そういうのだろうか?
とりあえず、あるかないかもわからないような小さな声に誘われて、俺は階段を登り始める。恐怖ですくんでしまっている心もありはしたけれど、それよりも状況を正しく理解したいという欲求が脳を占領したのだ。
ここはどこなのか?俺は本当に死んでいるのか?自分の中では結論を出せなくとも、何かしらの行動を起こせば、どうにかなることもあるだろう。
そう考えると、階段を登る足が軽くなる。いや、本当に若干身が削れているような気もした。
それはともかく、登るにつれて、囁きのような音がはっきりと耳に届くようになった。
聞き間違いではなかった。それに、どうやら上には複数人いるようだ。そして、それらは女性の声ばかりである。
さらに歩を進めると、鳥居の足が見え始める。
その時、向こう側から人影がこっちにやって来た。
「フラン・・・ドール・・・?」
思わず呟いた。
口では疑問形だったが、この俺がサイドテールの少女を見間違えることはありえない。
金髪で、背の小さい、赤い服の少女。紅い瞳で、宝石のような翼を持っていて、驚いて開いている口からは牙が見えている吸血鬼。紛れもなく、俺の大切なヒトだ。
その彼女もまた何も言えずに立ちすくんでいた。何度も何度も顔を擦っては、目を凝らしていた。
俺は彼女にひかれるように、最後の階段を登る。そして、鳥居の下に立っている彼女と顔を会わせた。
彼女の変わらない姿は、緊張で張りつめた心をほどいていく。もし例え彼女が幻だとしても、これだけでもう十分だった。
彼女は塞がらなかった口を閉じる。閉じた後しばらく沈黙があった。しかし、意を決したらしく、一言一言確かめるように口を開く。
「麟・・・!!」
子供らしい少し甲高い声だ。
ああ、間違いない、フランの声だ。
感激と安堵で目頭が熱くなりそうだった。それに、さっき別れたばかりだというのに、何だか懐かしさすら覚えていた。
驚愕に打たれていた彼女も、次第に顔が緩んでいく。すると、次に彼女は何か言いたそうに口をモゴモゴとさせた。しかし、深呼吸を一つして、にっこりと笑ってみせた。はにかんだような顔は、いつもりよりも可愛らしかった。
そして、フランは俺に一歩近寄った。
そうなのだ。俺たちに大切なのは言葉などではない。
今必要なのは、ふれ合うことだ。
彼女に答えるように、前へ出た。すると、俺たちの間には1尺ほどの距離もなくなっていた。
俺は膝まずいて、彼女の顔を撫でる。彼女はしゃんと胸を張って、両手で俺の顔に触れた。
彼女は暖かかった。そして、別れる前に抱き合った頃より、見違えるほど大人になっているということが理解できた。色々辛いことがあり、それを乗り越えてきたのだろう。
同時に、薄々ではあるがきっと俺が消えてから、随分と月日が流れたのだということにも気づいてしまった。
彼女にあえたことは良かったことで、すごく嬉しかった。だが、なんだか取り残されたような気がして、落ち込んでしまう自分もあった。
「りーーーーーんーーー!!!?」
切ない気持ちも吹き飛ぶような叫び声がした。
「この声は・・・小傘?」
彼女は首を縦にふる。
「それだけじゃないよ。慧音先生とか紫さんとかもいるよ。」
「・・・そうですか。」
そうですか、だけしか言えなかった。もちろん先程のことやこれからのことについても色々話したくはあった。そんな野暮な詮索を入れようと思えばいくらでもいれることはできたけれど、そうはしなかった。
相手のためではない。自分のためだ。
今の嬉しさをどう表現したらいいかはわからないが、詮索することによって、その高ぶる気持ちを覚めさせてしまうような気がして怖かったのだ。
「・・・よかった。」
今、俺が言えることはただそれだけだ。
お互いの体温を感じながら、至福の余韻を味わっていた。
しばらく―。しばらくこのままでいたかった。彼女は俺の意図を読んでくれたのか、何も言わずにそっと抱擁してくれた。
少しだけ気分も落ち着いたところで、フランの手を引いて、小傘たちのいる境内奥へと向かった。するとそこには、確かに上白沢さんや八雲紫や小傘がいた。しかし、それだけではなかった。
そこには3人の女性もいた。1人はかつて紅霧異変のときに館へ来ていた博麗霊夢という巫女だ。もう1人は、死装束のような着物を着た少女。それと3人目は、片腕に包帯を巻いた女性である。彼女たちは、共通して、独特の雰囲気を醸し出していた。八雲紫と似たような気だ。要は、強者の余裕といったものだろうか。
意外な人物に出くわしたことや初対面の強者を前にしたためか、俺は少し身構えてしまった。
小傘は、一歩引いた俺をくすりと笑った。
「おかえり、麟!!
―あれぇ?女の子ばっかりいてビックリしたのかなぁ?ふふふ!!」
「あ、ああ、ただいま。
―いや・・・意外な顔ぶれとこんな辺鄙なところで再開するなんて思わなかったからな。それで驚いただけだよ。」
俺は、八雲紫と博麗霊夢を一瞥する。
博麗霊夢は目の前にある離れのような建物で、のんきにお茶をすすっていた。反対に八雲紫は幽霊でも見るような顔で俺を眺めていた。
「あー、確かあんたはずっと前に会ったレミリアのところの・・・。
それと、辺鄙なところにいて悪かったわね。ここは列記とした私の霊験あらたかでご利益のある"神社"なのだけどねー?」
博麗霊夢は湯飲みを置いて、怪訝そうに答えた。
なるほど、彼女の神社ということは、ここは博麗神社だということらしい。とおりで一風変わった妖怪たちが集結しているわけだ。
―ふむ、しかし、どういう経緯かはわからないけれど、ここに飛ばされたことは幸運だった。例えば魔法の森とか妖怪の山とかに転送されていれば、どこかしらに辿り着く前に妖怪に食べられていたかもしれない。ようやく能力は覚醒したけれど、手加減でもしてくれないかぎり負けることも十分あり得てしまう。不意を突かれれば確実に殺されるという自信はある。
さらに彼女はふと思い出したように続けた。
「そういえばレミリアの妹から聞いたのだけれど、あんたの名前も"冴月麟"なのよね?」
「はい?そうでございますが、それが何か・・・?」
彼女はすぐには答えなかった。
しばらく目を瞑った後に八雲紫を見て、フランを見て、それから何気ないように口を開いた。
「別に。似たような名前を聞いたことがあるだけよ。」
「まさか。俺以外に俺は存在しませんよ。フランお嬢様ではあるまいし。」
「それもそうね。あの人はあんたとは随分違うわ。」
あの人、どの人のことだ?
彼女に聞き返そうと口を開けた。しかし、声に発する前に、八雲紫が博麗霊夢の袖をぐいと引っ張った。恐らく話すなというつもりらしい。
博麗霊夢は不思議そうに八雲紫を見た。
「―何でもないわ。
世界には3人同じ顔の人間がいるらしいからね。あなたが知らないところでそういう人物に会っていても、何ら不思議でもないでしょう?」
「幻想郷みたいな狭い世界で、同じ顔をしている人間はいるかもしれません。けれど、同じ名前をしているというのは中々に奇遇ですね。」
「そうね。私もそう思うわ。
でも、幻想が現実と同義であるこの世界では、ありえることなのかもね。」
「うーむ、なるほど・・・?」
博麗霊夢は引っ張られた袖を振り払って、再びお茶に手をつける。
「今は他人のことよりもあんたのことよ。
その辺の話は聞いたのだけれど、死んだらしいじゃない。そんなあんたがどうやって復活したの?まさか、偽物じゃないわよね?」
まさかだな。もし自分が偽物だとするならば、それほどにビックリな話はない。しかしながら、自分が自分であるという証明はできない。フランたちのと記憶について事細かく話すことはできるけれど、それは事実を述べているたけだ。
ならば、俺が俺たる由縁はなんだろうか?
霊夢にすぐ答えられず、彼女から向けられる視線がいよいよ痛くなってくる。
フランは咄嗟に前に出て、彼女の疑いの目からかばってくれた。
「大丈夫だよ、霊夢!間違いないわ!吸血鬼として保証する!」
「ダメ。もしかしたら、本人を乗っ取って、なりすましているのかもしれないわ。」
今度はフランと霊夢のにらみ合いになった。
さすがにこれはまずい。この人と一悶着あったら、今後何かとやりづらくなる。俺もそうだが、一番は紅魔館の一員であるフランが、だ。
なんとかしなければ!
ええっと、とりあえず、彼女が納得すればいいのだ。ならば・・・―。
「わ、わかりました。じゃあ、大人しくしてますんで調べてください!そうすれば俺が、偽物なのか、憑依されているのかわかるでしょう。」
そのまま大の字に寝転んだ。
石畳の上に寝そべっると、背中に石の冷たさが伝わる。まるでまな板の上の鯉のような気分だ。
「ちょっ、ちょっと麟、何してるのよ!!」
フランがあわあわしながら叫んだ。
「・・・あんたって変わってるわね。」
追い討ちをかけるかのように霊夢が言い放った。
あたりに寒い空気が流れる。
まあ、一触即発は避けられたので良かったのだが・・・なんだこれ?俺は一番ベストを尽くしたつもりなのだけれど、霊夢にも小傘にも紫にも、しかも、フランにまでドン引かれた。
「あー・・・もういいわよ。
そうまでして調べるほど、あなたに興味はないから。見た感じでもあまり強そうにないし。
調べるまでもないわ。例えあんたが反乱を起こしても、フランとレミリアが始末してくれるでしょ?」
それは重畳。自分を下げた甲斐がある。
でも、はっきりと強くないと言われるのは寂しいものがある。これでも多少は体を鍛えているつもりなのだけれどね。
俺は上半身を起こして、背中の砂を払った。
「ま、そういうことですね。」
冷ややかな空気も去り、和やかな雰囲気が流れてくる。そして、慌てふためいていたフランも一息ついた。
フランのために何かできたのなら、それに越したことはないな。
「それよりもあんた・・・。」
お茶をすすりながら彼女は俺の左手を指差した。
「左手はどうしたの?
―いや、その包帯。それって見たところ、紫の秘術がかけられているみたいだけれど?」
「ああ、これは以前天狗に襲われて・・・―
・・・あれ??」
右手でぽんと包帯を叩くと、違和感を感じた。
「???
どうしたの?」
「いえ、何か変な感じがするのです。」
俺は肩口の包帯の結びをほどいて、空洞であるはずの中身を晒した。
「り、麟!?左腕が!」
左腕は空洞であるべきなのだ。人間の再生能力は、妖怪や神々よりも強くない。だから、そう簡単に生えてくるなどあり得ない。失ったものは失ったままであるのが当たり前だ。
しかし・・・しかし、俺の左肩から先にはきちんと肉がついていた。
「そんな馬鹿な!!あの時失ったはずなのに!」
あり得ない!ぶっちゃけあり得ない!!
俺は八雲紫の方を見た。この人なら知っているはずだと思った。
けれども、彼女も目を剥いていた。恐らく、俺が復活した件にもこの左腕についても無関係らしい。
ならば、誰の仕業だ?
とりあえず少し腕を動かしてみた。
腕としての違和感はない。関節も指先もちゃんと動く。間違いなく生身の腕だ。犬走椛に斬られて以来、どこかしら俺と外の世界とを引き離していた包帯をやっと外すことができるようになったのだ。
ただし、喜ばしいことであるはずなのに、話がうますぎて腑に落ちない。後から代償の支払いが来そうで怖い。
難しそうにしていると、フランがにこやかな笑顔をして、俺の左腕に触れる。
「いいことだわ!
別にどこかの宗教に加担するつもりはないけれど、きっと"神様"がくれたものなのよ。
そうでないと、報われないよ・・・。」
報われない・・・か。
そんなこと考えもしなかった。俺は、「人生山あり谷あり、プラスマイナスゼロ」なんていう楽観論に賛同できない。貧乏な上に落ちろところまで落ちる人間もいるし、家柄もよくて大した努力もしないのに成功する人間もいる。いや、実際問題そっちの方が合理的かつ現実的ではなかろうか?
ちなみに俺は前者だと自負している。だから不幸になることに、絶望はあまりしない。
霊夢もびっくりしていた。しかし、あれほど俺が化け物なのかということを気にしていた割には、あっさりと気を移した。
「ま、どうでもいいわね。
腕のこともあるみたいだけれど、それよりも久々の復活で疲れてるでしょう?
空を見上げてみなさい?」
霊夢は話を遮って、人差し指を天に向けた。
陽に照らされて、心地よく流れる雲がいくらかあった。
「??
きれいな雲だ。」
霊夢は呆れたようにため息をついた。
「違う!
あなたがボケてどうするのよ。私が言いたいのは、もう遅いから帰りなさいってこと。」
ああ、そういえばもう群青色に染まっているな。星も所々煌々と輝いている。大して話も進んでないような気がしたのだが、かなり時間が経っていたようだ。
悩むのもそうだが、何よりもレミリアたちの行方が気になるところだ。あの紅霧異変以降の展開を知っているとはいえ、本当に゛そう゛なっているとは限らない。俺がこの世界に介入したことで、もしかすれば、シナリオが大きく書き換えられている可能性もある。
短期間ではあるが、お世話(?)してもらったのだからご機嫌うかがいくらいにはいかなくてはならないだろうな。
「フラン。」
俺は彼女の名前を呼んだ。
「なに?」
そう言いながら、座り込んでいた俺に手を差し出してくれた。俺は彼女の小さな手をそっとつかんで立ち上がった。
「いっぱい待たせちゃったみたいですね・・・。」
彼女はゆっくりと首を横にふる。
「うん。でも、あなたに会えたから、待ってよかったって思う。」
随分と慕われたものだ。何かしらの感情をここまで持ってくれている人物に会ったのは、もしかしたら初めてかもしれない。
「それではー"私"の主様、帰りましょうか。」
「ええ。」
◆
(霊夢視点)
冴月麟という青年とフランドール・スカーレットという少女が、手をつないで鳥居から出ていく。そして、慣れた足取りで階段を降りていった。まるで何百年も連れ添っているかのようだ。ニンゲン関係に対する感情の乏しい私でも、彼女たちの太く強固なキズナは理解できた。
少し妬けた。
どうして彼はそこまで気に入られているのだろう?
もちろん、私も皆からあまり疎まれてはいないと思う。でも、"特別な人"なんてこれまでいなかったし、考えもしなかった。だからこそ、そういう関係があることに気づかされたとき、ひどく嫉妬した。
・・・やめておこう。望んだって手に入らないものもある。それついてあれこれ画策しても、自分が寂しくなるだけだ。
私は残りのお茶を飲み干して、空を仰いだ。夕暮れの赤い光が細々と辺りを照らしている。もう夜である。夜は妖怪の世界だ。人間である私は目蓋を閉じなければならない。
しかし、今夜はすぐには寝させてくれそうにもない。
原因は、私の周りでのほほんとくつろいでいる"妖怪"たちのせいだ。
「あら~。誰かはわからないけれど帰ってきたのね!いいことじゃない!」
おっとりと掴み所のない声を出すのは、幻想郷の十賢者、そして、冥界の管理者の西行寺幽々子だ。
「しかし、死者が戻ってくるというのは、あまり嬉しい話ではありませんね。」
こいつは説教魔の茨木華仙。正直言って、嫌いではないけれど、苦手だ。華仙は、あれをしろやら、これをするなやらいつも突っかかってくる。(どれも間違ったことを言っていないから、余計に鬱陶しい。)
「ああ、同感だな。
私たち、果ては、幻想郷を救ってくれた彼に言うべき言葉ではないのはわかっている。けれど、楽観的にばかりになれないのは事実だ。」
見た目の年は私と大差ないのに、やけに格式張った言い方をするのは、上白沢慧音だ。聞いた話によれば、彼女はあの冴月麟という青年に命を救われたことがあるらしい。
あの男、見た感じは強そうでもなかったのに、何をしたのだろうか?
「捨てる神あれば、拾う神ありってことじゃない?こっちだと捨てられてばっかだったから、きっと向こうで拾ってくれる神様がいたんだよ~!
なむ~。」
両手を会わせて拝んでいるのは、自称幻想郷最高の鍛冶屋の多々良小傘だ。
調子がいいのは相変わらずである。
それから半刻ほど、彼について言葉が交わされた。議論っていうほどに大仰でもないし、白熱したものでもない。けれど、彼に関わった慧音と小傘にとっては色々と思うところがあるらしい。だから、普段かかわり合いのない華仙や幽々子相手でも、引くことはなかった。
しかし、自分たちの思いはあれど、彼について語るために必要な事実としては情報不足だった。だから、それ以上に長い話にはならなかった。
私は、一旦話が途切れた隙に、口を挟んだ。
「―まあ、まだ色々と言い足りないこともあるかもしれないけど、今日は仕舞いにしましょ。私ももう眠たいし・・・。」
彼女たちは、「ああ、もうこんな時間か」というような顔をして空を見上げた。
「そうよね、紫?」
私は最後に八雲紫の意見を聞いた。
これまで4人の話し合いに入るでもなく、逆に何時ものようにいなくなっているわけでもなく、ただ傍観していたのだ。だから、彼女のいつもとは違う雰囲気に、少しだけ心配になったのかもしれない。私の予感が当たるならば、それは異変だ。くどいようだが今後の異変に関連するようならば、早くから対応し大事に至らないようにしなければならない。
それが、博麗の巫女である「博麗霊夢」の役目なのだ。
私は彼女の反応を待った。他の4人も彼女に視線を集める。
胡散臭くて信用ならないとは言っても、やはり彼女も幻想郷の賢者だ。こういう点においては、みんなの期待の致すところである。
しかし、八雲紫はただ呆然とするだけだ。まるで私の言葉が聞こえなかったようである。
「ねえ、紫!!」
私は彼女の肩を揺さぶった。
それでようやく私たちに視線を合わせた。
しかし、彼女の顔がみるみるうちに青ざめていく。傷ひとつない純白の肌から血の気が失せていくのが分かった。
唇も真っ青だ。しかも、小刻みに震えている。
「ゆ、紫・・・?あんた大丈夫?」
この間の浮遊島異変(「東方亡郷愁」参照)の時のように、いきなり倒れられても困る。
私は、うっかり離さないように、また、逃げられないように、彼女の両肩を掴んだ。
すると八雲紫は、怯えた眼差しで私の方を見た。いや、私ではない。あれは虚空を見ていたのだ。
そして、意味深なまでの一言を、聞き取れないほどの小さな声で放った。
「・・・麟。どうして・・・どうして生きているの?」
◆
(きぬ視点)
「よかった・・・帰ってきたんじゃな。」
いつもの日課である散歩をしていて、ふと博麗神社への参道に立ち寄った。その際、驚くべき人物たちと遭遇した。こっそりと木陰から見ると、間違いなくそれは麟君だった。お嬢ちゃんと麟君が手をつないで階段を降りていた。
彼女の笑顔や照れている麟君の姿は、純粋にワタシの心を躍らせる。
もちろんお嬢ちゃんの彼に対する気持ちと比べると見劣りしてしまうのは仕方ない。が、彼に感謝している点に関して言えば、私も負けてはいまい。
「ワタシの仕事もようやく終局に近づいたんじゃな。」
しかし、その実感はない。なぜならばワタシがしたことは皆無に等しいからだ。お嬢ちゃんも麟君も艱難辛苦、四苦八苦しながらも自分の道をちゃんと歩んでいる。もしもお嬢ちゃんや麟君が道を外れてくれていたら、功績らしい功績を挙げられたかもしれない。
けれどもそれを望むことは、いや・・・それを心に浮かべることそれこそ外道だ。何もないのが一番、ワタシ、いや、"あの人たち"の見えざる手が介入しないのが一番いいのだ。あの人たちもそれを望んでいた。
私が言えることはひとつ。
やっと・・・やっと、鳥たちは空へと飛び立てたんだ。




