Ex.63 再臨起編
何もなく、ただただ広い水溜まりのような世界が広がる。空にはうっすらと雲のようなものが掛かっていた。遠くでは水の滴る音が鼓膜を揺さぶる。
神秘的な情景だ。一生に一度も拝めないような素晴らしさがある。
しかし、こんな絶景でも見慣れてしまえばただの風景であることは間違いない。
・・・この最果てに堕ちて、何億年経ったのだろうか?
―いや違う。
確かあの天狗の話では、そういう類の話は無意味らしい。ここは自分のいた世界とも幻想郷とも時間の流れが違う。
実際、自分の知っている「時間」をベースにすると、説明できないことが多い。その大きな例として、能力で時間を停止させようとしても、うまくいかないということだ。水溜まりの波紋は遠くへ伸びていくし、水滴の音さえも鳴り止まない。
待て待て―あの天狗はこうも話していたではないか。「時間」は当てにならないが、あの天狗も俺も自分自身の"時間"を使いこなしていた。それをベースとして、どれくらいの時間が経ったかを理解することはできるだろうと・・・。
それならばどうだろう?
今の俺は、ここに来て何年目の俺だ?
―恐らくは、那由多も鼻で笑える程年月が流れているに違いない。少なくとも元の世界の普通の人間ならとうに死んでいるはずだ。ただ、ここには自然死の概念というものがないらしい。
けれど、こんなにも生きているのに、生きている実感はなかった。生きながらにして屍になったような気分だ。まだ、ちゃんと思考できているところが救いではあるけれど。
「ふふ・・・。生きている、ね・・・?」
可笑しくなってしまった。こんな状態をまだ生きていると表現するのは、あまりにもおこがましかった。
・・・いや、それについては考えることをやめておこう。鬱になる。
それよりもどうやったらここから出られるかを考えるとしよう。もちろんずっと考えてはいるけれど、何かしらのヒントは思い付きそうで、結局何も思い付かないのだ。いつも一歩手前で転けてしまう。
とは言えども、自分の思考力を頼るしか今は手だてがないのだから、ない知恵を振り絞るしかない。何かヒントになりそうなことでも起これば良いのだが・・・。
そう思っていた時、遠くの方で赤色のリボンをした少女を筆頭にした集団が一瞬通りすぎた。天狗の話によれば、世界と世界を移動する際に一瞬迷いこむことがあるらしい。確かにたまーにだが、こういうことがあったので不思議ではなかった。
しかし、今回は違った。それを見た瞬間、俺の頭にある妙案が浮かんだのだ。
「これだ!これで帰れるかもしれない!!」
早速試した。
1度目は失敗してしまった。脱け殻だけができただけだった。しかも、目を離した隙にどこかしらへ行ってしまった。
2度目も、まあ失敗だった。能力が欠けすぎていて、今の俺とはほぼ違う存在だった。しかし、ここに来る前―幻想郷にいた頃と比べてみるとよく似ていたものだから、一応これでいってみようと思った。能力を移すだけならば後からでもできるしな・・・。
―さて。
やっとだ。やっと、地獄よりもおぞましいこの世界から生還できる。そして、これで彼女との約束も果たせる!!
俺の心は少しだけ色を戻した。
後は精神を移して、外に送り出せばよいだけだ。安定すれば、こちらの肉体も送り出した方に引かれるようして、外に出られるだろう。
だから、今少し頑張ろう。
後少しだけ頑張ろう。
俺はほっと一息ついて、目の前の襲いかかってくる化け物とも言い難い存在を打ち倒し、なまじ生きているまま飲み下した。




