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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【紅執事】紅執事編
65/65

Ep.65 Strangers

 木々の合間からちらほらと見える空は、深海にでも潜ったかのように綺麗な色をしていた。


「ええ!!この屋敷は!?」


 博麗神社を下って魔法の森に入る。そして、薄暗くて不気味な木々の間を深く深く進んでいくと、突然、開けた場所に出た。その場所は、小川に囲まれており、中心には紅レンガの屋敷が建っていた。紅魔館と比べると小ぢんまりとしているが、しかし決して見劣りはしない。相当な佇まいと言えよう。


 フランは俺の驚いた顔を見て、満足そうにはにかんだ。そして、館に続く石橋に駆けていく。館の前に立ち振り返り、彼女はスカートの裾を持って恭しくお辞儀する。


「ようこそお越しくださいました、ここがわたくしの屋敷ですわ。ゆっくりしてくださいまし。」


 ぽかーん・・・。


「・・・す、すごいな。でもレミリアお嬢様は・・・?」

「大丈夫!お姉様に認めてもらえたのよ。すごいでしょ!

 もちろん紅魔館だって私の家だと思っているわ。お姉様も咲夜も美鈴もパチェも小悪魔も他のみんなも。みんなみんな私の家族だから・・・。

 だから、週に2日は帰って団欒をしてるわ。」


 あのレミリアが・・・。妹が傷つくことを何より恐れていた彼女が・・・。俺が知っている彼女ならば絶対に許さなかったはずだ。

 しかし、きっと彼女たちにパラダイムシフトがあったのだ。俺がいない間色んなことがあって、変わったのだろう。



 それにしても今日は驚きっぱなしだ。いつぞや―それこそ幻想郷に来た頃みたいに、一生分と思える程の驚きを味わったような気がした。ただ、今はそれとは別の意味合いがあった。心の奥で氷かたまっていた何かが少し溶けるように心地よい温もりを感じた。


「それと私、今友達と住んでるの。」


 なに!フラン、友達できたの!?


「なによ・・・?まるで友達なんてできるわけないみたいな顔して。」


 フランはほほを膨らませる。指摘されて俺はすぐに顔を擦った。


「いや・・・、友達は存外できるものでしょうけど、一緒に住むほどの関係性に至る経緯とは・・・?」

「なりゆきよ。簡単に言うと、ここに家を建てるとき、埋まっていたのを助けたから・・・―かな?」

「埋まっていた・・・。」


 少し気掛かりになる。

 埋まっていたのではなく、それは封印されていたのではないかと思ったからだ。もしそうならば、フランがうっかり何かの封印を解いてしまった可能性がある。


 しかし、彼女はすぐに話を付け加えた。


「―つい最近、外の世界からワープしてきたみたい。でも、失敗して埋まっちゃったんだって。」

「ああ、そういうことですかー!」


 そこは納得できた。

 ―しかし、反面まだ危機感は薄れていないのも事実だ。

 外の世界からワープしてきたということは、彼か彼女かわからないけれど、それは多分妖怪だろう。

 ・・・いや、これは失言だった。例え妖怪だろうが人間だろうが、外の世界の人物だろうが幻想郷の人物だろうが、俺ならば危機感を持つ。

 他人は自分ではない。だから、平気で裏切るし、平気で見捨てる。

 俺は信頼という言葉が一番信じられず、安心という言葉に一番不安を感じる。


 そんな空気を察してか、またや怪訝そうな顔をした。


「どうしたの・・・?」


 どうしたの、か。

 この気持ちを知ることができないヒトにとっては、俺は正体不明で不審に見えるだろう。

 きっと彼女ならば・・・―かつて人間に謀られ、すべてを失ったのフランなら、例えそのことを忘れていたとしても分かってもらえるのではないかと思っていた。だが、そうでもないらしい。



 ・・・。



 ダメだダメだ!!

 俺が目を覚ましてから、疑心暗鬼になってばかりではないか。これでは折角復活したのに、まるで死んでいるのと同じだ。


 俺は再度顔を擦って、作り笑いをして彼女を見た。


「何でもないですよ!ちょっと不思議だな、と思っただけです。」

「だよね~!私も最初不思議だなーって思ってたよ!」


 背中の羽をぱたつかせながら、嬉しそうにした。


「でも、いいんじゃないかな?誰だって不思議だもの!

 私も・・・あなたも。

 全部解き明かしたらきっとツマラナイわ。だから、不思議は不思議のままにしておこうと思うの。」


 少しだけ口角を落としたが、すぐに太陽のような笑顔を浮かべた。


「ま、でも不思議があったら解明したいっていう気持ちにはなるわよね!」

「身も蓋もないですね・・・。」




 いよいよ紅レンガの屋敷の玄関まで来た。ドアはフランの部屋を模してなのか、鈍重で荘厳そうな黒っぽい扉だった。


「開けてみて開けてみて!!」


 フランに背中を押されるがまま、黄唐茶色のドアノブを掴む。

 外気の冷たい空気に対して、ドアにはほんのりと優しい暖かみがあった。紅魔館の地下室とは外装は似ているものの、その中身はまったく以て違う。軽くて、輝いていて、とても柔らかい。

 もっと触れていたいような気持ちにもなった。


「紅魔館の地下室とは違いますね。」


 気分に刈られて、ふ、とそんなことを口走ってしまった。


「ええ、違うわ!

 そうじゃないとお外に出にくいもの。それに、一緒に住んでいる友達や遊びに来る友達だって入りにくいかな、って。」

「なるほど。」


 俺は少し安堵したような気がした。



「お邪魔します。」


 屋敷の中に一歩踏み入れる。

 吸血鬼の性質上暗いのだろうと思っていた。しかし、明かりがついていないにも関わらず、カーテン越しに差し込む光が部屋中を照らしていた。


 ・・・ということもさることながら、内装はさらに紅魔館らしかった。本家みたいに左右の棟はないし、そんなに広くもないし、飾りも割と質素ではあるが、そういう例外を除けばまるで紅魔館だ。

 よくもまあ、こんなに再現できたものである。


「あれ?桜子、部屋にいるのかなぁ?」


 彼女はとてててと正面階段を上がり、左奥の部屋をノックした。


「桜子ー!聞いて聞いて!

 彼が帰ってきたのよ!」


 ガチャリと音がする。

 中からフランス人形のような金髪の女の子が出てきた。見た目は小学高学年位だろうか?


 今まで寝ていたのだろうか?そのフランの友人はもそもそと話をしている。


「・・・―?」

「だ~か~ら~、私の執事が帰ってきたの!!」

「・・・―。」

「嘘じゃないよ!ほら、あそこにちゃんといるじゃない!!」


 フランは俺の方を指差した。つられて友人もこちらを見る。


「ねぇ、麟!こっちに来て!紹介するわ。」


 俺は大理石で作られた階段を上り、左奥の部屋前に立つ。着物の少女は半分開かれたドアから出てきた。それから、フランを軽く押し退けて少し前に並んだ。

 第一印象としては悪そうには見えない。どちらかと言うとフランドールのような純粋さを持ち合わせていると感じた。一つ難点なのは、少し高飛車そうな子供だなと思ったことだ。


「初めまして。フランの同居人の四月一日桜子ですわ。以後お見知り置きを!」

「・・・初めまして。フラン様の執事をしております、冴月麟と申します。同じく以後お見知り置きを。」


 この少女の眼をじっと見た。彼女の目も俺をとらえていた。俺が彼女に不信感を持っているのと同じように、桜子という少女も俺に対して不信感を持っているらしい。どうやらフランドールほどに単純真っ直ぐではない。


「あなた・・・、フランからは"消えた"と聞いていたのですけれど?」


 やはりそれだ。開口一番に核心をついてくる。

 しかし、彼女の顔は少し違った。霊夢や小傘や上白沢さんとは思惑が違う。より深刻というか・・・。例えるとすれば、あの時の紫の顔だ。


「ここに来る前の博麗神社でも同じ質問をされました。しかし、答えられることは何もありません。

 ―俺はどうして復活したのかわからないのです。」


 彼女は貫くような視線を強めた。


「怪しいですわね。」


 俺の頬から冷や汗が滴る。別にやましいことは何もないのだが、彼女の眼を見ていると、自分の存在があやふやになりそうだった。


「ま、いいですわ。もしも私の"家族"に危害を加えるようだったら、即座にミンチにして明日の朝食ですわ!」


 恐怖・・・ッ!?何だかヘンデルとグレーテルになった気分だ。

 ただ俺は少し安心した。

 彼女の目に映る輝きは嘘ではない。彼女のフランに対する気持ちは本物だ。もしも俺が偽物でフランに危害を加えるようならば、本当に殺しにかかってくるだろう。


 そう思うと顔がほころんだ。


「な・・・!おかしい人ですわね!嘘ではないですのよ。貧弱な妖怪でもあなたを捻り潰すのは簡単なんだから!」


 彼女は必死になって怒る。それがまるで出会ったころのフランのようで、可笑しくて笑った。


「あはは、わかりました!

 それではもしも俺がおかしくなった時には、お願い致しますよ、我が主の"ご家族"様ー。」


 彼女は戸惑いながら、フランの顔をちらりと見た。


「はぁ、分からない人ですわね・・・。フランもよくこんな執事を採用したものだわ。

 ―まあ、今のところ悪い人間には見えないですから良しとしますわ。それに弱そうですし。」


 弱い・・・か。

 自分のことを"強い"とは思わないけれど、そこそこ鍛えている方だと思う。事実痩せ型というよりも、中肉に筋肉を加えたような体型だ。だから、真っ正面から弱いと言われると心にくるものがある。


「落ち込む必要はありません。

 何せ私は妖怪で、あなたは人間ですもの。差があって当然ですわ。」


 差があって当然・・・ねぇ。

 その時、ふっと心に浮かんだことがあった。


「そういえばお嬢様、あの神社にいた巫女は確か人間ですよね?でも、結構な力を持っていると聞いたことがあります。

 見た目はか弱そうでしたが・・・霊力とか気力とかそういった類いでしょうか?」


 フランはこくりと頷く。


「確かに体型は普通ね。単純な力なら麟の方が遥かに強いんじゃないかしら。

 ただ霊夢は人間の中でも特別よ。修行はほぼしてないという噂をそのまま信じるなら、彼女は随一の天才でしょうね。」


 天才ね・・・。凡人からしたら羨ましい限りだ。

 しかし、ここで引き下がることはできない。なけなしではあるけれど俺のプライドは横槍を打てと言っている。


「―まあ、自慢ではないですが、私だって鬼と決闘して勝ったことがあるのですよ。(まあ、手加減はあったけど)」


 フランは「へぇー!」と返してくれた。(ただ贅沢を言うともう少し反応がほしいところでもあったが。)彼女の返事に若干満足した俺は、少ししたり顔で、桜子と名乗る妖怪を見る。

 逆に彼女は手で口を抑えて、ビックリしていた。「えっ!」と大きな声を上げるところを見ると、本当に並みの人間にしか見えてなかったようだ。


「嘘ですわよね?"鬼"を倒したっというのは、どういうことかお分かりになって―!?」


 彼女の必死さに圧倒されながら改めて考えてみると、しかし、俺にはその事の大きさについてあまりピンとは来なかった。


「鬼を人が倒す。―つまりそれは伝説ですわ。時と場合によれば、あなたは英雄になっていたのですよ。」

「はぁ、そういうもんですかね?」


 それも仕方はあるまい。何せ外の世界ー幻想がない世界から来たのだから。つまりは、「伝説」というシステムがとうの昔に凍結してしまった世界では、大成を成しても、「伝説」としては伝えられない。強いて言うならば、伝説ではなくただの「伝記」なのだ。言い換えれば、伝えられ誇張され憧れられる存在ではなく、単に文章化され頒布されるだけの記録なのだ。

 しかし、俺としては別に伝説になることには興味ない。むしろ面倒が増えそうだ。(特にあの時に追っかけてきた他の鬼たちが見たらなんと思うだろう?ろくなことにはならない。)


「人は見かけによらないってことですわね・・・。」

「誉めてるのか貶してるのか、ビミョーな物言いですね。」

「捉え方次第ですわ。」


 その時、俺たちの会話を聞いていたフランが俺の正装の袖をチョイチョイと引っ張った。

 

「ちなみに麟はどうやって鬼を倒したの?」

「どうやって・・・ですか。別に大した作戦を立てていたわけでもありません。この"天羽々斬"っていう刀を使って斬っただけです。そもそもあの時は美鈴さんとかを逃がすのに必死でしたから。」

「美鈴?美鈴も一緒に行ってたの!?」

「あー・・・。」



 俺はとりあえず一通り説明した。世界を救うために必要な俺の能力を覚醒させるために、八雲紫に依頼されて地底に行ったこと。なぜだか分からないが鬼に襲われて、結果としては返り討ちにしたこと。そして、その道中の共としてルーミアと美鈴がいたこと。



「妙ね。」


 確かにフランの言う通り、今考えれば妙だった。

 わざわざ見せつけるように旧都を歩く必要もなかった。それに、必要があったとしても、八雲藍や八雲紫という協力な道連れさえいれば、あんな大事には至らなかったはずだ。


「うん。でも麟はもう一つ見逃しているわ。」

「えっ!?」

「その話、お姉様ですら聞いたことないのよ。初耳。報告だけはちゃんとしていた美鈴からして、あり得ない話だわ。」

「そうなんですか!?ってことは、つまり・・・?」

「彼女が地底に赴くこと―いいえ、彼女があなたに同行して、襲われること自体が紫さんの計画の内だったかもしれない。

 再度言うようだけれど、美鈴は余程のことがあっても報告だけはちゃんとしていた。でも、その事は報告しなかった。きっと美鈴が傷つくかもしれないということを知ったら、お姉様は放ってはおかないもの。八雲紫に反発をしていたでしょうし、真に必要であれば相当な報酬を求めていたでしょう。」


 ・・・それじゃあ、もしかしてみんなグルだったのか?美鈴もルーミアもさとりたちも鬼たちも、それに伊吹萃香も・・・!

 俺の能力を引き出すがためだけに、みんなが傷ついたのか?


 確かに結果としては幻想郷を救ったのだからWin-Win以上かもしれない。けれど、傷ついてまで必死に守ろうとしていた彼女たちと、最後まで迷っていた俺を想像して、何だか俺の方がひどく小さく見えてしかたがなかった。


 今度、美鈴たちや鬼たちに会う機会があれば「ありがとう」と言っておこうと思う。



「―でさ、夜も遅くなっちゃったけど、ごはん作るわ。」


 そう言えばそうだった。掛け時計を見ると既に9時を回っている。桜子という少女との顔合わせをしただけで随分と時間を使ってしまったようだ。


「それじゃあ、お嬢様。厨房使わせて頂きますね。」


 するとフランはキョトンとした顔をする。


「何言ってるのよ?作って、じゃなくて作るって言ってるの。

 私だってもう単なるお嬢様じゃないわ。ハイクオリティでエレガントなお嬢様なのよ。何だってこなせるわ!」

「お嬢様・・・。」

「それに、今日は帰ってきたばっかりなんだから、あなたにはゆっくり休んでほしいの。」


 ・・・本当に変わったな。まるで別人だ。でも、いい変化だと俺は思った。

 レミリアは、フランには俺が必要だと言っていたのだが、取り分けそんなこともないような気はした。ある意味お役御免ってところかな?


「それでは、畏れ多いですが、フランお嬢様のおつくりになる食事をいただくことにします。」

「うん!」


 彼女は目を輝かせる。


「あ・・・!それと麟の部屋、準備しなきゃなんだけど・・・。とりあえず今日は2階の客室を使ってちょうだい!

 あなたの部屋をどうするかは、また明日決めるわ。」

「ありがとうございます。」




 早速、フランは食事の支度をし始める。そのいい匂いが漂うを尻目に俺は客室に入った。紅魔館のような豪勢さはないけれど、流石はレミリアの妹だと思った。フランが選んで置いている家具は、上品そうに佇んでいる。


「・・・俺に部屋をくれるらしい。明日は、それも含めて色々整理しないとな。」


 ただ、こちらの世界の"記憶"も"荷物"もどちらとも整理するほど多くはないけどな・・・。


 ベッドのすぐ横にある窓まで歩き、枠で切り取られた外の景色を手で撫でた。


「・・・帰りたいな。」


 俺の口からそんな言葉が漏れた。

 その次の瞬間、窓のすぐ向こう側から、ぬぅ、と不気味な影が現れた。


「うおぁ!!」


 びくりと飛び上がる。そして、咄嗟にナイフを構えた。


「待て待て、きぬじゃ!」


 よく見ると、さらりとした黒髪から覗かせた白い肌の女性は、幽霊のきぬだった。


「驚かせてすまんのう。でも、久しぶじゃ、麟君。」


 マジでびっくりしたよ。心臓が口から発射するかと思ったぜ。


「お久しぶりです、おきぬさん。俺もさっき帰ってきたばかりなんですよ。」


 彼女は窓越しのままコクリコクリと頷いた。


「知っとるよ。ワタシもたまたま博麗神社におったから。」

「それまた奇遇なことで・・・。それで、こんな遅くに何かご用ですか?」

「まあ・・・そうなんじゃ。だから、ここ開けてくれると嬉しいんじゃけど。」

「あっ・・・と、そうですね。」


 俺は両開きの窓を全開にした。寒い風がひゅーっと部屋を抜けた。

 おきぬさんは窓を大股でくぐり抜ける。大胆な入室をしたものだから、少しばかり着物が崩れる。俺は、その着物の隙間からちらりと見えた白装束にドキリとした。


 部屋に入り終えた彼女は、窓を丁寧に閉めた後、スッと着崩れを直した。


「・・・そういえば、おきぬさんって飛べたんですね。」

「ん?ああ!

 麟君がいた頃には飛べんかったんじゃけど、お宅のお嬢様のお陰でなー。」

「フランお嬢様と会ったことあるんですね。」

「ま、色々あってな。友達・・・とは違うかもしれんけど、今ではたまにお邪魔しとるよ。」


 おきぬさんとも知り合いになったのか・・・。交遊関係が広がるのは重要なことだし、桜子みたいに正体不明ではないから安心だ。

 けれど、何だか心にモヤモヤとするものがある・・・。多分、嫉妬・・・かな?


「・・・おきぬさん。

 もし良かったら、俺がいない間のフランお嬢様の物語を教えてくれませんか?知ってる限りでいいので。」


 彼女は不敵な笑みを浮かべた。


「ほほう。幻想郷とか紅魔館で何があったかではなく、フランちゃんの話を聞きたいんじゃな。」

「そ、そうですよ!」


 不敵な笑みがにやけ顔に変わる。

 反対に俺は顔を赤らめた。


「いいよ・・・と言いたいところじゃが、やめとく。」

「え、なんでですか?」

「フランちゃんの話はフランちゃんから聞くことじゃね。その方が詳しいし・・・それに―」

「それに?」

「あの子は麟君のことをずっと待ってたんじゃ。きっとそうした方が喜ぶよ。」


 俺はハッとした。そして再び顔を赤らめる。何だか恥ずかしくなっておきぬさんから顔を隠すように窓の外を向いた。


「ところで、ワタシがここに来たのは麟君に挨拶をするためだけじゃないんだ。もう一度お願いをしに来たんじゃ。」

「もう一度?」

「そう。ずっと前にワタシのこの簪のことを頼んだじゃろ?」


 覚えている。確か、成仏するために、彼女がかつて見投げ自殺をした井戸に簪を投げてほしい、というお願いだった。

 そのとき、俺は帰れなかったから断ったんだったよな。


「ん?ということは、成仏するってことですか・・・?」

「いいや、違う。

 フランちゃんとかの影響もあって、改めて考えたんじゃ、これからどうしたいかを。それでな・・・―ワタシは成仏せずこっちの世界の冥界で働くことにした。」


 冥界・・・つまりは白玉楼の西行寺幽々子のところで働くということだろう。

 しかし、それと簪とどう繋がりがあるのだろう?


「生身の人間には分からないことなのじゃけど、ワタシみたいな土地や場所に縛られている幽霊は、どうやらその自分の身分を大きく変えるようなことはできんらしい。」

「つまり、何かに所属したり、極端に違う場所に行ったりとかですね?」

「そういうこと。

 成仏もその中に含まれているらしい。

 現状で言えば、何の基準かは分からないけれど、幻想郷に来ることは出来るみたい。じゃけど、人里や神社の境内と言った重要な施設の内部に入ったり、どこかで働いたりとかはできんようじゃ。」


 不便すぎるだろ・・・。

 ・・・と言うことは今までずっと浮浪生活をしていたということなのか?


「言い方・・・は気になるところじゃけど、そうじゃね。

 元の世界でも、この世界でも、ずっとそうしてきた。まあ、お腹すいたり、風邪引いたり、雨に濡れたりはせんから困ったことはないね。」


 彼女は話を少し休んで、一つ背伸びをした。


「マ、要するに、成仏せずに、冥界で就職するってことじゃね。でも、どちらにしてもこの簪を井戸に投げ込まないといけない。」

「わかりました。ええ、しかし、前にも言ったように今のところ俺には帰る手段がないのですが・・・?」


 おきぬさんは、俺の話を聞いてなかったのように、手を取って髪に着けていた簪を押し付けた。


「帰れるじゃろ。

 八雲紫が麟君をここから帰らせなかった理由は、世界の歪みを消し去ってほしかったからじゃ。今となってはその役目も終えた。もう引き留める理由もあるまい。」


 俺は少し考えて、古ぼけた簪をポケットにしまった。


「あちらに帰ったとして、もう一度こっちに来る方法はあるのでしょうか?」


 この問いに対して、彼女は間髪入れずに答えた。


「あるよ。・・・あるじゃろう。

 少なくとも八雲紫に頼めばいい。紫さんは麟君がこの世界に来ることは嫌と思わんじゃろう。」

「よく知ってますね。俺はよくわかりませんけれど。」

「オンナの勘というやつじゃ。きっとうまくいくよ。」


 彼女は俺の頭にポンと手をおいた。その手は冷たいということはなく、何だか少しだけ暖かかったような気がした。


 そうしている内に部屋のドアがノックされた。


「麟、ごはんできたよ!早く食べましょ!」

「ええ!ただいま!」


 その後、ふっと振り返るとおきぬさんは霧のごとくいなくなっていた。

 折角来たんだからゆっくりしていけばよかったのに。

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