Ep.47 ダウンウェル
灯りというものは存外皆を照らしてくれはしない。
まさに目の前の大穴がそれを物語っている。この洞窟を進んだ先には、更に何メートルもあろうかという大きな縦穴が現れた。
こうまでなるとちっぽけな灯りなど、端から見ればただの火花のようなものだ。
「さすがに徒歩で降りるというというのは・・・」
「無理ですね。」
俺の呼び掛けに、しばらく大穴を覗きこんでいた美鈴が答える。
「少しずつ降りていくという手段もできなくはないが、そういう時間もあるまい?」
伊吹萃香はそう言って、青瓢箪の栓をおもむろに開け、中身の酒を流し込む。
つまりフリークライミングしないとなると・・・。
「飛び降りましょう、麟君。」
わくわくしたような顔で美鈴が提案する。
どう考えても俺のこと考慮してないだろ。俺はほぼただの人間だ。空を飛ぶなんていうスキルはない。
ここ半年超でわりと修羅場を乗り越えてきてはいる。が、全身むち打ちでバラバラになることが目に見えているのに、おいそれと実行に移すという勇気は、嬉しいことながら心に芽生えなかったのだ。
故に無為に死を選ぶつもりはない。
「誰か手伝ってくれるんですか?・・・手伝ってくれるんですよね?」
一同がしん、とする。
え・・・まさか考えてなかったん?
「い、いえ、そ、そんなことありませんよよよよ?」
どもってますが、美鈴さん・・・。
「正直考えておりませんでした。」
藍に至ってはカモフラージュするつもりもないし。
「私が背負ってあげるぞー!私は戦闘能力低いからねー。」
ルーミア!?
背負ってくれるのは嬉しいが、俺は軽くないぞ。
「妖怪だよ、私?それぐらい何てこともないさー。」
ああ、うっかりしていた。
彼女がイメージしていた妖怪らしからぬ性格なので、咲夜さんや人里の若頭と同じ感覚で接してしまっていた。
「その気持ちもわからなくもないよー。
いや、哲学的に論じるならその気持ちこそがあるべき姿だね。」
あるべき姿?
「そうそう。
例えば、ハナカマキリって君は知っているかい?」
ハナカマキリ?
花のような見た目なのかな?
それに対して美鈴はうなづく。
「麟君の予想はあたりですよ。
彼らは花に擬態して捕食行為をします。本によれば、花と同じように見せるために紫外線も吸収できるらしいです。」
そーなのか、よく知っているな。
格闘ものの漫画ばっかりを読んでいる脳筋ではないのだな。
彼女は苦笑いを浮かべた。
ルーミアはニコニコしながら話を先に進める。
「さて、そのバッタは花に擬態する。天敵から身を守ることもさることながら、重要なのは捕食のほうだ。
ここで妖怪と人間の関係もみてみようか?捕食、被捕食という関係は既に熟知しているだろうね。」
ああ、身に染みて・・・。
「短い間でも、人里に住んでいたから知っているだろうし、以前私も言ったから知っているだろうけれど、人里の人間は不用意に結界の外には出ていかない。」
「・・・確かに。」
「それに加えて彼らは妖怪の恐ろしさを十二分に理解している。それこそ紅魔館の執事である君以上に。
妖怪は人間のイメージした姿に影響されるとは正に真ではある。しかし、それこそ重要な捕食対象を逃がしてしまうほどに恐ろしい姿であれば、恐怖こそ得られるものの、物質的な満腹感は得られない。」
つまりは、だからルーミア達は一見妖怪とは思えない姿をしているのか。要は俺たちを捕食するために・・・。
俺は真剣な顔をする。やはり俺はまだまだ安易なのだろうな。そう再認識させられた。
そんな俺を見てルーミアは、なははーと気の抜けた笑い声をあげる。
「・・・なーんて言っちゃうと面白いよねー?
冗談さ!
少なくとも私たちは、君が生まれてからその形であるのと同じように、"力"を得たときからこの姿だよ。妖力を使って人に化ける者もいるけれど、必ずしも人を物理的に捕食したいからとは限らないからねー。」
もしかして俺はからかわれていたのだろうか?
だとすると、まんまと罠に引っ掛かってしまったということだ。
「まあ、これも一つの"見方"なのかー。」
そう言って彼女は再び笑う。
まるで百面相を相手しているかのような変貌っぷりだ。
やはり、ニコニコした顔はまだ幼くも、彼女の持つ背景は未知数である。
気がかりなのは、実力者である伊吹萃香が話をする彼女に驚いているのに対して、美鈴が平然とした顔で聞いていたことだ。
「美鈴さんは驚かないのですね。」
俺の問いかけに美鈴ははっとする。
「え?・・・あ!わ、わー!すごく驚いた―。」
さっきどもっていたときとは別の意味で・・・不自然すぎる。
「本当ですよ!ビックリしすぎて脳ミソがシャットアウトしてただけです!!」
なるほど。それなら納得だ。
美鈴はあからさまにがっくりと肩を落とす。
「麟君って敬語なのに、たまに言葉のナイフを放ってきますね・・・。まるで咲夜さんみたく。」
まあ、雑務を色々教えてくれたのは彼女だしね。彼女の性格も少なくとも影響はしてるはずなのは間違いない。
「さて、話はまとまったことだし、私の背中に乗るのかー!」
◆
ルーミアの背中は思っていたより、はるかに広かった。
もちろん物理的な話ではない。なんというか・・・幼いころに父親におぶってもらった経験を想起したのだ。
安心感、長年沢山のセカイを見てきた、力強さ、少し違うかもしれないけれどそんなことを感じる背中だった。
残念なのは、やはり身長差のせいで大人が少女に覆い被さっているという図になっていることである。
「さて、降りるといたしましょう。」
八雲藍の合図を皮切りに一人、また一人と飛び降りていく。
最後に残ったのは俺たちだった。
「ま、なんてことはないよ。私は飛べるから!」
「それは安心だな。
・・・それじゃあ、皆とあまり離れてしまっても危ないから行ってくれるか、ルーミア?」
「おっけー!」
俺を軽々と引き上げて、大穴へダイブする。
暗闇に飛び込むのは正直非常に怖いし不安だ。でも、狐火できらめく彼女の金髪は、まるで太陽のように輝いている。そしてそれは、俺の行く先を照らしてくれているようだった。
「ものすごく深いな!」
「確かにものすごく深いねー!」
ほぼ減速することなく落ちていく。
ここがかなりの大穴であるのと、ルーミアのコントロールのお陰で壁にぶつかる事故は起こっていないのは嬉しいことだ。しかし、反面ずっと暗闇を切り裂いていくだけなので、代わり映えしない光景に早くもうんざりしてきた。
それに空気が淀んでいるせいなのか、空を駆ける爽快感はあまり感じない。むしろ息苦しい。
そう思っていた瞬間、弾力性がある何かにぶつかったのか、急に減速し、弾きあげられ、また落下し、弾きあげられ・・・そうしているうちに完全にとまってしまった。
「な、なんだ!?」
痛みはない。衝撃もない。ただ、体は動かなかった。
「蜘蛛の巣なのかー?」
俺の下敷きになっているルーミアが答える。
「なるほど。
えっと・・・ごめん、すぐに退きたいのだけれど、体が動かない。」
「蜘蛛の巣だからねー・・・。」
「あーあ、またやってくれちゃって・・・。」
はあ、というため息と共に少女の声がした。先に行っていた誰でもない。
恐らく察すると、この巣の持ち主のようだ。
「蜘蛛の糸もただじゃあないんだからね。」
暗がりから現れたのは、下半身が蜘蛛の女性だった。しかも、なぜかボロボロである。
そしてまた別の方から声がした。
「冴月様、お着きになられましたか。」
「藍さんですか・・・!」
ぽっ、という音をたてた狐火があたりを照らす。
最初から照らしていてくれればルーミアを下敷きにしなくて済んだのに・・・。
「明るくするのには一定の危険を含みます。実際彼女とは一悶着ありましたから。」
一悶着ねぇ・・・。
しかし、地底では事を起こすことは御法度と言っていたような。まずいのではないだろうか?
「いえ、"旧都"では、でございます。
―もちろん、ここでも問題を起こさないに越したことはございませんでしたが。いかんせん、巣が道を塞いでおりました故に。」
つまりは一方的にふっかけてボコボコにしたわけか。
「いや、違うよ。」
そう言い出したのは蜘蛛の女性だった。
「巣を壊そうとしていたのは確かだよ。でも、私に対しては攻撃してこなかった。
なんというか・・・。不幸な事故だったんだねぇ。
ちょうど真下にいた私とそこの―紅い髪のヒトとぶつかったんだよ。で、ご覧の有り様さ。」
彼女の指差す先にはべちゃりとのびている美鈴がいた。ちょうど服の色も相まって車にひかれた蛙みたいだ。
「美鈴さん、大丈夫ですか?」
元気そうにもぞもぞと動いている。
ちゃんと生きているようだ。
「麟君ですね?こちらはなんとか無事です。
どうやら話を聞いていると、あなたも動けないようですが。」
「ええ、俺は無事ですがルーミアが・・・―」
そんなとき腹の下がぞもぞと動いた。
「私も一応大丈夫。重いけど・・・。」
すまない。できれば直ぐにでも退きたいところだが、予想以上に蜘蛛の糸の粘着力が強い。剥がれる気配もない。
少女を下敷きにして、もがく俺を見て蜘蛛の女性は疲れた声を出す。
「ああ、すぐ取るから暴れるんじゃないよ・・・。」




