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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【朱執事】暗澹溟編
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Ep.46 小さな百鬼夜行

「到着だ。」


 犬走椛が指し示した先に、山にへばりつくようにぽっかりと口を開いた洞穴があった。石を落としても反響音も何も聞こえない。ただただ暗闇が広がっているのみだった。

 しかし、その無機質さが逆におどろおどろしさをリアルにしている。

 素人目からしても、目的がなければ入ろうとは思うまい。いや、目的があったとしても入りたくないという欲求をかきたたせる。


「後は私たちのみで大丈夫だ。ここまでの案内、お礼申し上げる、犬走椛 。」


 そう言って深々と頭を下げたのは八雲藍だ。


「それでは・・・重々お気をつけて。特に"冴月麟"。

 私は失礼する。」


 彼女は踵を返すことなく立ち去っていった。


 行ってしまった後に思ったのだが、せっかくならしっぽをモフりたおせばよかったな。惜しいことをしたものだ。




「おやおや、白狼天狗は行ってしまったのかぇ?」


 椛の姿が見えなくなったと同時に、洞穴の暗闇から声がした。


「久々に出てきてみたももの、冬の妖怪の山の郷愁は相変わらず懐かしく、いとおもしろいものだねぇ。」


 方言であるおきぬさんとは違い、純粋に古風ぎみな喋り口だ。ただ反面、幼そうな声色なのがミスマッチである。


「八雲紫の式神の八雲藍でございます。ただいま参りました。本日はよろしくお願いいたします。」


 藍は暗闇に向けて小さく頭を下げた。


 協力者は高らかに笑いながら、底知れぬ暗闇からやってくる。


「久しいな、八雲の式。

 それとそこの男とは初めましてだな。」


 吸血鬼を思い出させる深紅の瞳。猛々しい獅子のたてがみを彷彿とさせる金色の髪。そして何よりも、髪からぐいとのびている巨木の枝のようにゴツゴツとした二本角が、"彼女"の存在を物語っている。


 ―鬼。


「は、初めまして、俺は冴月麟です。」


 どうよく見積もっても、彼女は子供以外何者でもない。しかし、その細い体から発せられる覇気は、これまで感じたことがない程だ。似ているとすると、初めて会ったときの刺々しいフランドール位だろう。


 おかげで俺はすっかり緊張してしまった。

 対して彼女は余裕そうにカカカと笑う。


「いやはや、すまぬな小僧よ。何せこちとら人を見るのが久しい。昔の癖で威圧してしまった。

 しかし、私の気を受けても腰を抜かさないとは、人間にしては勇敢だ。」


 わざとなのか・・・。


 まあ、俺が怯まなかったのは、ここ半年超での経験の賜物である。


 藍は一歩彼女に進み出て、俺の方に向き直る。


「彼女が地底での協力者でございます。彼女は―」


 鬼の童女は紹介しようとした藍を押し退けて俺に詰め寄る。


「私は伊吹萃香だ。

 ―して小僧。私が何か分かるか?」


 何て事はない。

 「東方project」の知識がなかろうが、彼女を見た瞬間から"何か"なんてことは理解できているのだから。


「―鬼。」


 彼女は高笑いをやめ、目を丸くする。即答されたことに驚きを隠せないようだった。


「外の人間だと紫から聞いていたから当てられるとすら思わなかった。が、まさか即答だとは・・・。

 興味深い!気に入ったぞ、小僧。」

「は、はあ・・・?」


 鬼は少し黄ばんだ牙を見せながらニカニカと笑い、そして片手を差し出してきた。


「握手だ。」

「あ、は、はい!」


 俺は催促されるがままに両手で小さくもゴツゴツした岩のような手を包む。


「かかったな!」


 伊吹萃香は瞬間にして獣の目になる。


 俺がぐいと彼女に引かれたかと思うと同時に握る手を軸にして空中大車輪踵落としをかましてきた。

 後頭部へ向けて切る風音に、悪寒が走った。


 冗談じゃない!なんでいきなり・・・!

 鬼の蹴りなんか食らえば、外に帰る以前に、死んでしまう!


「この・・・!」


 とっさの判断で萃香の蹴りをサイドステップで避ける。

 彼女の足は脇腹の服の繊維を数本かっ拐ってズドンと地を揺らした。


 俺は間髪いれず、ここぞとばかりに足を引っ掻け、態勢が緩んだ隙に握った手を力の限りに引いて投げ飛ばす。

 小鬼は、ぺぎゃと言って角が地面に突き刺さった。



「何をなさっていらっしゃるのですか・・・。」


 藍が呆れたような声をかける。

 美鈴は無表情でじーと俺たちのやりとりを眺めている。ルーミアは相変わらずにこやかな笑顔だった。


 はっ、と我に帰った。

 いきなり相手から仕掛けられたとはいえ、これから護衛してくれるヒトに何してるんだ!


「す、すみません!大丈夫ですか、伊吹萃香さん!」


 握っていた両手を離して、頭から刺さっている彼女を起こそうとした。


「カカカ・・・。」


 顔は見えないが、どうやら彼女は不敵な笑みを浮かべているようだ。


「カカカカカ!!無問題だ!

 いいぞぉ、八雲の―。そうでなくてはな。」


 起き上がることなく、突き刺さったままの少女の姿が文字通りのごとく霧散した。


「悪鬼羅刹の住まう地底に赴くのだ。それぐらいの気丈を見せてもらわなければ、こちらとしてもやる瀬がない。」


 どこからとなく声がする。

 彼女を知らなければ、恐らくこの時点で腰を抜かしていたであろう。



 伊吹萃香は鬼である。しかし、ただの鬼ではない。かつての京の国を恐れさせた日本最強の鬼の一人だ。

 また、疎と密を操る程度の能力を持つ。その能力の一つが今目の前で起こった、自身を霧散させるというものだ。


 正直知っていても少しばかり以上に構えてしまう。



「驚くのも仕方がない。私の能力は"そういう"ものなのだから。」


 そして彼女は幽霊のごとく、いや、霧が水滴に変わるがごとく、毅然とした立ち振舞いで現れる。


「すまなかったな、小僧。人間とこうして話すのは久しい故に、嬉しうてなぁ。」


 さっきの蹴りは喜びの蹴りなのか・・・。しかし、歓喜する毎に暴力をふりまかれるのはたまったものじゃない。


「ま、挨拶も交わしたことだ。

 それでは参ろうか。」

「その前に事情は一通り聞いて・・・いるんですよね?」

「ん?ああ。

 "大体"のことは知っているよ。」

「そう・・・ですか。」


 俺は苦笑いを浮かべる。




「それでは時間も押していることだ。

 参ろうか。」


 かくして地底へと向かっていくのだった。

 




 洞窟に踏入れてすぐに八雲藍がいくらか狐火を灯す。その一つを俺に渡してくれた。

 ランタンならぬ藍タンだ。多分本人に言ったら、残念そうな視線を送られること必至だろうな。とりあえずはある程度の視界が確保された。しかし、地底の闇はこれ程度では全て照らせない。光が吸い込まれるように洞窟の先へ先へと闇は続いている。


「ここがまだ入り口だとは思えませんね。」


 美鈴が藍につぶやく。


「うっかりして落ちないようにお願い致します。」


 あー、これは俺に向かっての注意だな。


 確かに彼女の言うことは最もだが、一寸先は闇のこの状況だと注意していても落っこちそうだ。

 特にどこぞの箱世界のように突如として床抜けがあったら、もう助かる見込みがなさそうだ。リアルはゲームと違ってリスポーンなどはない。うっかりなんて言葉はあってはならないのだ。


「萃香さんはこの道を通るのは慣れてるんですか?」


 彼女は歩きながらふりかえる。


「さっき見た通り、私は霧となってどこでも行ける。それで、こっそり地上には赴いているから、・・・まあ、慣れていると言っておこう。

 ―だが、徒歩ではほぼないな。」


 慣れているとなると心強い。

 いやしかし、彼女に限らず俺以外は飛ぶことができる。うっかり踏み外しても何の被害もないんだがな。




 大分進んだのだろう。入り口近くでは人一人分くらいようやく通れる高さだったのが、今ではぽっかりとした空洞になっている。狐火一つでは天上を照らしきれていない。


「もうひとつ聞きたいことがあるのですが・・・。」

「うむ?

 なんでも聞いてくれ。知っていることなら答えよう。」


 俺は初対面にはかなり聞きづらいことを聞いてみた。

 それは、恐らく八雲紫から聞いていて知っているであろう俺の"役割"についてどう思うか、だ。

 

「どちらを選択すればよいか?ねぇ・・・。

 そういうのはあまり初対面の相手に聞いても仕方ないと思うのたが・・・?」

「それでも。」

「ふ~ん、まあ、いっか。

 ・・・それなら正直に。小僧、人柱となりて幻想郷を護ってくれ。」


 ・・・だろうな。


 俺は少しうつむいた。


「私は自分に正直でありたい。だから言っておこう。

 これは当たり前のことだろう。お前が能力をつかえば皆が助かるんだ。知り合いなら気の毒に思うだろうが、やはりそれでも自分の身はかわいい。結果としては"その"ように薦める。」


 彼女は一息つく。


「しかし私も小僧の身の上を知ってしまっているから、そうばかりも言えない。

 何度も耳にしておるだろうから陳腐な話になってしまうが、お前で考えて決めろという他あるまい。」


 結局はそこに行き着くのだな・・・。


「ただ、私の考えは特別なんじゃない。誰しもが心の片隅に置いていることなのだ。身の内のことばかりを聞くばかりではなく、幻想郷に住まう全てを頭に入れておかなくてはならない。

 小僧、お前の選択はそういうものだ。」


 彼女の言葉は至極当たり前だった。

 そう。当たり前だったからこそ俺には衝撃的だった。今までフランやレミリアや上白沢さんや・・・、彼女たちの話を聞いていてばかりだったからこそ、だ。

 きっとどちらの選択をしても誰かの恨みを買う。その事に対してようやく心の芯から向き合えるようになったのは、正直彼女の言葉を聞いたこの瞬間からだろう。


 人間は頭ではわかっていても、こうして向き合わなければ真に"理解"はできない。"知識"なんか何の役にも立たないことをようやく知ることができるのだ。



 だからこそ自らの意思で俺自身を導かなければならない。

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