Ep.35 冴月麟
彼女は額に手を当てたまま、目を細める。
「・・・いいですわね?」
俺は苦笑いをした。
「さすがに隠し過ぎていた呈がありますから、その分の痛みが伴うことは覚悟してますよ。」
それに対してフランは意気軒昂に構える。
「大丈夫!
どんな話でもばっちこいよ!!」
そうだと一番嬉しいのだが、俺が彼女の立場なら失望しそうではある。
だからこそ苦笑いを浮かべることしかできなかったのだ。
「さて、話を致しますが、まず開示しておかなければならないのは、あなたの執事のことです。
彼の正体は、外の世界の人間であり、運悪く、そして、予想外にこの世界に飛ばされてきた人間です。」
続けるようにして俺は話を付け足す。
「そして、俺は記憶喪失ではない。
だから、お嬢様が熱心に手伝ってくれたのは至極嬉しいことでしたが、無意味だったのです。」
フランは無意味という言葉を聞き、唇を噛んで、顔をうつむかせる。
彼女としては大丈夫と言った手前、怒ることも失望することもできなかったのだ。
「しかし、八雲紫さん。運悪く、とはどういうことなんですか?
てっきりあなたが気まぐれでこの世界に引き込んだのだと思っていたのですが。」
八雲紫は目をこちらにやって、さらに首を横に降る。
「違うわ。
あなたはあなたの力でこちらの世界に干渉したのよ。」
「俺の力?」
彼女は扇子をバッと広げて天を指す。
そして、はっきりした口調で断言する。
「そう、あなたの力"観測不能を操る程度の能力"で・・・!」
俺とフランは目を見開いて彼女を見る。
「観測不能を操る程度の能力!?」
新しく開示された情報はいささか俺の理解の度合いを過ぎていた。
「私はその能力についてよく知っている。
誰にも捕捉、また、理解すらできないはずのその能力について知っている。
それはあらゆる物事の真偽を反転させることができ、使い方次第では全知全能創造破壊の神ともなりうる万能の能力。」
おいおい、話が大きくを通り越して巨体になりすぎだぞ!?
全知全能創造破壊の神?たかが一人の人間がそんな大それた力なぞ持てるはずはない。
彼女はすました顔で俺たち二人の様子をうかがった。
「変な話だと思うでしょう?私も都合のいい話だと思っているわ、いい意味でね。
・・・でも、ここで注釈していくべきなのは、あなたの力があなたを強化してくれるわけではないということ。
全知全能創造破壊の神とは言ったけれど、実際には自身がどうこうしてそうなるのではなく、周囲を自分に合わせることでその状況を作り出すのよ。」
俺の頭のネジがひとつ飛ぶ。
・・・スマン、理解できません。
フランも目がはてなになっている。
「実に分かりにくい話だわ。私としても説明しにくい。
でも例えて言うならば・・・、そうここに"赤い"リンゴがあったとしましょう。」
赤いリンゴ?
リンゴは赤いだろう?
「そう、その調子よ。
しかし、あなたはそのリンゴは青だ!と叫んだ。」
彼女は天に指していた扇をこちらに向けた。
俺の鼻先に彼女の扇子がかすかにあたりそうになる。
「その瞬間!!
皆の思考が、リンゴは青いと固定してしまう。」
「つまり、ものに対する意識を変化させてしまうということですか?」
彼女は扇を口元に引き寄せる。
「ええ。
それがあなたの能力の一つよ。そして、この能力をあなたはすでに使っている。
思いあたる点がないわけでもないでしょう?」
ない。
・・・と思いたいところだが、その話を聞いて気になったことがあった。
「小傘が俺を持ち主にするために追ってこなかったこととか、フランお嬢様が俺のことを人間だと認識しておられなかったことですか?」
「正解。さすが・・・ね。
彼女たちはあなたのことを人間だと思わなかった。それは、それぞれで状況は違うけれど、あなた自身が自分のことをただの人間だと思わなかった、人間だと思わせるつもりがなかったことに起因するわ。
まずは多々良小傘という少女の場合、あなたは自らのことを紅魔館の執事として紹介した。」
「俺が持ち主としてフランお嬢様を認識したから俺にアタックしたということになるんですかね?」
「おしいわ。
それだと、あなたの持ち物になろうとする妖怪なら、あなたが誰の持ち主なのかとは関係ないから、アタックしたでしょうね。
正しくは多々良小傘はあなたを"執事"という一つの種族として認識したのです。」
「そんな種族あるわけ・・・。」
「ないわね。私もそう思うわ。
でも彼女は長生きであれ、長期に持ち主がいなくて力が弱まっている妖怪。それぐらいならあなたの細かな言葉尻でも、能力をして操ることができるわ。
そしてまた、そこのお嬢様があなたを人間だと思わなかったのは、あなたが正体を隠そうとして正体不明であり続けたからよ。だから、彼女の中であなたは正体不明として認識され、なんなのかすら気にもとめることはできなかった。」
そう言えば、彼女の話を聞いて、また、ふと思いあたることがあった。
それは紅魔館の他のみんなは時間がたつにつれ俺の記憶喪失について何とも思わなくなっていたことだ。しかし、パチュリ―は俺の正体を疑い続けていた。
実は本を呼び出したあの日にひどく追及されてから、彼女のことが苦手になり、図書館にはほぼ近づいていない。
だからつまり、俺を目撃し続けた人物は"気にしないでほしい"という気持ちが能力により発動してしまったということなのだ。
それでもフランだけは気にし続けてくれていたのは―・・・。
フランはなるほど、なるほどと熱心に聞いていた。
「そもそもあなた、この世界で自分の名前を聞かれたがあったかしら?
何だか知らないけれど、あなたとかお前とかの二人称でぼかされていなかったかしら?」
俺は気づいた。
そう言えば俺はここで一度も名乗ったことはない。
おかしいとは思わなかったか?
紅魔館では記憶喪失で名前を忘れたということにしていたからが、チルノたちに会ったときも、霊夢に会ったときも、小傘に会ったときも、上白沢さんに会ったときも、みんながみんな俺の名前を聞かなかった。
「あなたは自分を隠していた。言い換えたら、外の世界の名前を持つあなたを自ら隠していた。
結果としては当たり前よね。外の世界の人間でないと主張するなら、必然的にその名前を捨てたことになる。聞かれなかったのではなく、元からなかったことになっていた、とでも言おうかしら?」
俺はなんてことをしたんだと思った。
外に帰りたいと思っているのに、対して自分を偽り続けたことで自分を捨ててしまったのだ。
「仕方ないと言えば、仕方ないかしらね。
まあ、でもあなたの名前くらいは捨てないでいてほしかったけれどね・・・。」
しかし、早い段階で気づいてよかった。
彼女の話が全て本当だと仮定すれば、俺の能力がさらに働いて、完全に外の世界の人間ではなくなってしまう可能性もありえそうだからだ。
「では、取り戻すためにもここで開示しておきましょう、俺の名前を。」
だから、外の世界の人間だということを認める証として、俺の名前を開示する。そうすることで、この世界に対する俺の能力の干渉を一つ解くことになる。
「俺の名前は―冴月麟だ。」
「冴月・・・麟?」
フランは復唱した。
俺は彼女の方に改める。
「そうでございます。
俺は、外の世界の学生で、一人暮らしをしていて、不運にもこの世界にやってきた冴月麟です。」
しかし、疑問に思うことがある。
八雲紫は何故、誰にも知られることのできない俺の能力のことも、外の世界の人間だということも、そして、記憶喪失が嘘であることも知っていたのだろう?外の人間だということと記憶喪失が嘘であることに関して言えば、かつて助けてもらうために霊夢に話したことが伝わったと考えると一応の納得はいく。
だが、能力のことや名前のこと、そもそも俺について以前から知っていたような口振りは、それでは説明できない。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「いいえ、あなたが疑問に思っていることはわかりますわ。
それについては、こちらからお話しいたしましょう。」
彼女は心を読む、というよりかは俺のことを察して答えた。
「さて、あなたのことを色々と説明させていただきましたが、あなたについては外の世界にいるときから知っていました。」
知っていた・・・!?
つまり俺は監視されていたというのか?
「監視、というと語弊があります。どちらかというと看守のつもりでしたわ。
何分あなたの能力は私の存在と同じように特殊すぎます。放ってはおけません。だから、あなたが生まれたときから私はあなたのことを見てきました。」
「神様とか、ストーカーとかそんな感じですね・・・。」
彼女は苦笑いをする。
「そんな大それたことではありませんわ。・・・言うならば家族に近いかしらね?」
家族、ねぇ。
ずっと一方的に覗きをするのを家族と言い換えるのには無理があろう。
「そう言われると、ぐうの音も出ませんわね。
ぐう!」
ちゃっかり出てるではないか。
「・・・そうだ!あなたはその能力はいつ、発現したか知っていますか?」
いつ発現したか。
どうなんだろう?
彼女は俺を監視する理由が、俺の能力のためだと言っていた。普通に考えてその話だけを考慮するなら、生まれた時からだろう。加えて、こんな状況は俺の世界でも全くなかったともいえるし、あったかもしれないとも言える。
しかし、どちらかと言うと、ない。はっきりとした状況として実現したのは、こちらに来てからのような気がする。
だとすると、この世界に来てからだろうか?
「冴えてるわね!また正解よ。
あなたのことを生まれたときから看守していたけれど、それはあなたに"能力があった"からではなく、"能力のタネがあった"からですの。
そのタネの状態ならあなたの位置や状態を捕捉できるから、こちらに来てすぐにでも観察し続けられたのだけれど。でも、こちらに来る前の衝撃でタネが発現したせいで見失ってしまったけれどね。」
俺が最初の質問をしたとき、こちらの世界で俺を見つけてすぐにアプローチをしたかったと言っていた。
つまり、紅魔館で会う前は俺の観測不能の能力のせいで、見つけられなかったのか。
俺の納得した顔を見て、八雲紫はにやりと笑いだす。
「では、あなたが麟ちゃんだという情報が明らかにされたところで・・・―」
麟ちゃん!?
今回ここまでも、結構馴れ馴れしかったのだが、ここに来てメーターを降りきったな。
待ってましたという風に立ち上がって彼女は声高らかにする。
「明らかにされたところで、サプライズ!
あなたのその能力、今は無意識に発動していますけど、意識的に使えるようにもなります。その手伝いとして、私から修行をつけてあげましょう。」
「修行?」
「ええ。
さすがにあなたに能力を理解してもらったとはいえ、無意識で暴走しているという状態を私たちとしても見過ごせませんわ。それにあなたも今後の身の安全を守るためにもよい訓練となるとも思います。
ですので、ぜひ!」
確かに彼女のいう通り、こんな能力が知らず知らずに暴走してしまっているのはいささか問題はある。
デメリットを考えるとすると、俺の能力をどうしたいのかという八雲紫の意図である。
「こちらとしても外の世界に帰るにあたって、問題にならないほどに扱えるようになることは喜ばしいのですが。
しかし、あなたは俺のことを監視したり、成長させるメリットとはなんでしょうか?タダでやっている訳ではないのでしょう。それ次第によっては考えさせていただきたいと思っています。」
うっ、と図星を突かれたように縮こまる。
「・・・そうね。
本当はタダでやってもいいと思っているのだけれど、実際は私はあなたの力が必要だから看守しているという意図があるのは確かね。」
彼女の顔から再度笑顔が消える。
そして、胡散臭さも消え、真剣な眼差しをする。
彼女はわかりやすい。
単に俺に対してだけかもしれないが、わざとそのような雰囲気を醸し出しているような、演出じみた大げささがある。
「あなたの能力が必要なのです。」
彼女は言葉を繰り返す。
「必要・・・?」
「あなたの"観測不能を操る程度の能力"でこの幻想郷が抱えている問題を解決してほしいのです。
私やあなたのお嬢様や他の誰にもできない、あなたしかできないことなのです。」
彼女はぶかぶかと頭を下げる。
ありがとうと言ったときよりも、深く、ゆっくりと。
「よろしく・・・お願いします。」
そこまで真剣な話ならば頼みをのむのは別としても聞いておくべきだと、俺とフランは目配せをして意思を合致させた。
しかし、彼女のその内容に衝撃を受ける。
それはすぐに決められることではなかった。そのせいで俺は、残りの数ヵ月でどうするべきか悩まなければいけなくなった。




