Ep.34 愚者と賢者
「さながら聖人君子みたいでしたわ!」
部屋に戻ると八雲紫がいた。
処遇を言い渡したすぐ後、俺は部屋に帰らせてもらった。
さすがに、ない頭をフル活用するのは疲れたのだ。
・・・嘘である。いや、ない頭、という部分は嘘ではないが。
本当のところは頭よりも体のほうの疲労で、あの直後力が入らなくなりふらりと座り込んでしまったのだ。
だから、見届け役の天狗を中心に後の処理を任せて、フランに付き添ってもらい、帰ってきたのだ。
「また・・・あなたは暇なんですか?」
彼女は、よよよとわざとらしい泣き真似をする。
「暇なんて、ひどいですわ・・・。それは瑕疵がありますわ、私のことを誤解してますわ。
あなたのことを心配して参りましたのに・・・。」
うわ、嘘臭ぇ。
まあ、それでも彼女を追い出すことなく、とりあえず俺は布団に横になった。
「しかし、あんたは心配だけをしに来たのではないのでしょう?」
「あら、心配だけをしにきては、いけなくて?」
俺は彼女の目をじっと見つめてやる。
「・・・はぁ。わかりましたわ。
確かに私はあなたとお話"にも"きたのです。」
「にも」をやけに強調する。
「それは良かったです。俺からも沢山話すことがありますから。
・・・逃げないでくださいね?」
彼女は心外というように頬を膨らませた。
「信用ないわねー。私もあなたのピンチを助けたのにー!」
しかし、彼女はすぐにおどけた表情をに消し去った。
「でも大丈夫よ。質問はちゃんと正直に返すわ。」
偽りは感じられない。
少なくとも、彼女が消した天狗のように、卑怯な行為はしないようだ。
脇でぽつんと座っていたフランはドアの方に向き直る。
これらのやり取りをみて、俺たちの間に入れそうもない、と察したようだった。
「わ、私はお邪魔虫みたいだから、おじい様のところに行ってくるねー・・・。」
そうして彼女は立ち上がった。
しかし、俺としては逆にいてもらわなければならなかった。これかする話は彼女抜きでは進められない。そんな話だったからだ。
「できれば、お嬢様もここにいらしていただきたいのですが。」
間髪いれずに紫も発言する。
「そうですわね。私としても彼女がいたほうが都合がよろしいわ。」
どうやら、八雲紫も同じこころ積もりらしい。
フランを引き留めて、そして、俺たちは居直る。
「さて、どちらから話した方がいいと思いますか、八雲紫さん?」
彼女は扇子をとりだして、閉じたままとんと顎に当てる。
「私からでよろしくて?それ以降は一つずつ交互に。」
「ええ、そのように―。」
「ではまず最初に―」
まず彼女は正座をし、頭を下げた。
「ありがとうございました。」
彼女はお礼を言った。
プライドが高く立場としてもやんごとなき妖怪の賢者である彼女が、そんな行為を自らするのは永遠にあり得ないと思っていた。
そのため、俺は拍子抜けする。
しかし、その意図はわからなくもなかった。
今回の一連の事件は、あの天狗が幻想郷の在り方に反感を持ち、その在り方の中心にいる八雲紫の抹殺を企てていたことが始まりだった。それに俺たちは巻き込まれたという形ではあるが、結果として彼女の命を救ったのは確かである。それに感謝したのだ。
そして、もう一点。俺が決めた先ほどの処罰についてである。あれについて思い悩んでいたとき、部屋の向こう側遠くからさりげなく彼女の雰囲気を感じた。その雰囲気は胡散臭さとともに、何かを伝えたそうな、何かを願うような気持ちも込められていたように思った。
実のところあの決定の大きな決め手は、本当は彼女だったりもする。もちろん、言ったことも処罰のことも、全て俺の思い通りにしたということは勘違いしないでほしい。その反面、俺としては復讐でも良かったのだ。どちらにしても直接俺には大差ない。今後しっちゃかめっちゃかになったとしても、あと数ヶ月の間に幻想郷とおさらばすればいいだけのことである、と思っていた。
しかし、彼女は願った。結論としては何をか、ということは断言できないのだが、この「ありがとうございました。」からは引っ掛かりがない、つまり、この件がちゃんと願い通りにいってくれたという安心感を感じさせる。
まあ、それすらも演技で、まだ企みがあるのではと言われてしまえば、返す言葉はないのだが・・・。
しかし、彼女は感謝をした。
「こっちとしては成り行きだったんですけどね。」
「例えそうだとしても・・・―。
それに今回のあなたへの被害はこちらに責任があります。」
責任、ね。
賢すぎる人間が初歩的な見逃しをするようなものだろうか?
「では、次にこちらから。
文が俺とあなたとの関係を疑いはじめたきっかけである八雲藍の登場にはどういう意味があるのですか?
そもそも俺が教師になったあの寺子屋に何かあったとは思えませんが。」
八雲紫は身を乗り出して、右手で俺の顔をなでようとした。
俺は後ろに引いて避ける。
彼女は残念そうに顔をしかめた。
「・・・あなたがいるから。
あなたを見守るため、あなたを観察するため、あなたを助けるため。
寺子屋に藍を派遣したのは、そんな理由よ。」
俺のため。
文の疑いは言いがかりに近かったが、全てが間違いではなかったのだ。むしろ、俺が彼女の手下であること以外はほぼ正しかった。
しかし、なぜ今だったのか。
紅魔館に派遣すれば、手っ取り早いのに。
「あの館の主の力をもってすれば一瞬で藍の正体を見抜くでしょうね。けれど知ってのとおり、私と彼女とはあまり仲が良くない。
そうなれば、私の式神なんて理由如何関係なくお払い箱ですわ。
私としてはあなたを見つけてすぐにアプローチをしたいところでしたけれど、それでも人里に出てきてくれたことでやっと手を出せるようになったのです。」
最初のアプローチ、それは紅魔館のことだろう。
あの時のレミリアの「面白いものを拾った」という言葉に対して、彼女は「確かにおもしろいですわ。」とこちらを見ていたが、それにはこういう意味が含まれていたらしい。
「しかし、・・・しかし。
そうまでしてなぜ俺に関わろうとするのですか。
俺は記憶喪失で紅魔館のフランお嬢様付き執事の、ただの人間です。」
突如予想外の方から驚きの声が漏れる。
「え!?あなたが人間!?」
彼女、フランドール・スカーレットは、どうやらやはり俺のことを妖怪だと思っていたらしい。
紅霧異変の前、この耳で確かに「人間は見たことない」と明言しているのを聞いた。実際は490年位前に人と共に生活していたらしいが、その記憶は彼女からは抜け落ちている。だから、ある記憶のうちとしては、俺や咲夜さんは人外として括られているということになる。
咲夜さんはその能力から化け物じみているから勘違いするのはわかるが。(俺もあの人のことが人間であることには疑いを持っている。)
しかし、俺は・・・。
「そこの吸血鬼のお嬢様が勘違いしているのと同様ことを、あなたの友人のからかさお化けも思っているはずよ。
実はこれが私があなたに接触したかった大きな理由の一つよ。」
確かに上白沢さんも小傘が俺に所有者として詰め寄ってこなかったことを異様に気にしていた風であった。
今回につながる伏線としては、それも忘れてはならない重要なことである。
だとすると、まさか。
俺は・・・妖怪!?
「いえ、これは私が保証するけれど、・・・違いますわ。確かにあなたは人間です。これは確固たるもので、変わることはありません。」
彼女は乗り出していた体を引っ込めた。
「しかし、あなたには"能力"がある。
あなたの物語の人物が皆・・・例えば賢しい上白沢慧音も古参の射名丸文も、そしてこの私、八雲紫もこぞってあなたを"勘違い"したのは、そのため。
あなたは無意識の内にその"能力"を発動しているのです。」
「何を言っているんだ?
能力なんて・・・。
しかもその言い方だと、無意識にしろ今回のことは俺のせいだと・・・―」
八雲紫はあわてて言葉を遮る。
「それは違いますわ!
さっきのあなたへの被害の責任はわたしにあるという話は、このことも含めているのです!」
「どういうことです?
わかりやすく話してくださいよ。
俺の能力とはなんなんですか?」
俺は彼女を急かす。
「う・・・うーん、いや、それは。」
それに対して、言葉を濁す。
彼女は目を閉じ、首を傾けて悩んだ。
悩んだ末に、再び乗り出しす。
俺は今度は事前に身を引いたが、彼女はさらに両手で俺の肩を引き寄せて、耳に口を近づけた。吐息が鼓膜をくすぐる。
そして、フランには聞こえない声でささやく。
「―あなたの記憶喪失が嘘だってことを彼女に伝えることになるのだけれど、それでも聞く?」
ギョッとする。
恐る恐る彼女の顔を見ると、いつもの微笑みはなかった。真面目な顔で真剣に尋ねている姿が逆にこの上なく恐ろしかった。
いつまでも隠しとおせることではないことは重々承知のことだったが、他人の口から、それも八雲紫という人物の口から明かされると言い逃れができない。
恐怖心のまま俺は聞き返す。
「あなたは・・・どこまで知っているのです?」
再び耳に口を近づけて答えた。
「"なんでも"よ。
あなたが知っていることもあなたが知らないことも、あなたに関することならなんでも知っていますわ。」
そして、彼女は元の居ずまいに戻る。
「さて、どうかしら?
あなたにとっては厳しい選択でしょうけれど、聞く?」
「あなたは、どうした方がいいと思いますか?」
「私としては今聞いてほしい。だけれど、これは自分の勝手だから、今回決めるのは本当にあなた次第よ。
・・・もし、あなたのお嬢様に聞かれたくないなら、また今度にしましょう。」
「聞く時期は別として俺としても詳しく知っておかないわけにはいかないですよね?」
「そうね。
今後の安全のことも考えて。」
フランは、はてという顔をする。
彼女への裏切りを伝えることを考えると心が痛くなる。
元々、適当に扱うではないにしろ、彼女に思い入れなどするつもりはなかった。冷たい言い方だが、帰る隙を見るまでの潜伏先の雇い人位しか思ってなかった。
しかし、彼女と日々を送り、彼女に思い入れをもってしまった。
帰りたいという気持ちを強く持ちながら、彼女のことを親しく思うようになってしまったのだ。
きっと当初のままなら、ここでフランと聞くことを躊躇わなかったのに。
答えなど簡単なことで、俺は後回しにすることにした。
その旨を八雲紫に伝えようと口を開いたときである。
「私は私の執事のことを知りたい!
例え私にとって都合の悪い内容でも・・・。」
フランドールは懇願する。
「お嬢様。
俺は聞かれたくないのです。
どうか引き下がってはくれませんか?」
彼女は大きく首を横にふった。
断固として引き下がらないという風に俺の布団を握りしめている。
「私・・・あの上白沢先生に言われたの。君は彼のことをよく知っているのか、って・・・。
答えられなかった。だって私はあなたのことを何も知らない。私の執事で、優しくて・・・ただそれだけ。最近になってすごく色んな知識を持っていることを知ったし、たった今彼が人間なんだって知ったの。
おかしいでしょう?私はあなたから言わなくても、色んなものをもらってきたのに、私からはあなたが何が好きなのか、何をしたいか、何をしてほしいかすらわからない。」
何も知らない。
俺が何も教えないからだ。彼女が嫌いだからではない。教えたところで本当に求めているものは彼女には叶えられないからである。
それなら言っても仕方がないと思った。また、無駄だと思うことをして、厄介を招くということもあるかもしれない。
でも、これからする話を聞いて俺が記憶喪失ではなくただの嘘つきだとわかってしまうと、どう思うのかを考えてしまう。
「嫌なの?
絶対に怒らないってやくそくするから!」
「・・・。」
「だったら命令!
今話をしなさい!!」
「・・・。」
前門の虎、後門の狼である。
俺は都合のいいことに彼女に嫌われたくなかった。だから、黙るしか、その場しのぎをするしかなかった。
その光景をみて八雲紫は手を額に当てて、苦笑いをする。
「あなたは優しいのにその優しさからか、愚かな行いをしてしまうことが問題なのよね。
別に彼女の言葉ではないけれど、都合の悪いことでもある程度話しておけば追い詰められることなんてなかったのに。」
身に染みる言葉だな。
俺は自分の世界でもそのせいで損をして来た呈がある。
自分の昔語りはあまり好きではないが、ここで一つ例をあげようと思う。
かつて、この幻想郷に来た日のことである。
バイクに轢かれてしまったのだが、あの後、とりあえず病院に運び込まれた。当のバイクの持ち主もバイクと共に激しくスリップして擦り傷だらけだったので、病院に運ばれていた。しかし、すぐに彼は俺に謝罪をしにきて、また、実に紳士的に話を進めていたことを覚えている。
問題はその後だった。しばらくして警察との話を終えて、残りが検査結果待ちのみになった。
そのとき、飛び出した小学生とその親が訪ねてきたのである。彼女たちは雛型通りに陳謝の言葉を述べて。最後にこんなことを微笑みながら言った。
「でも、あなたのお陰で私の子どもは無事で良かったです。○○もお兄ちゃんのおかげだと思うわよねぇ?」
「うん!」
彼女たちの中では、バイクは無関係な方向に飛んでいったということは知らず、どうやら子どもを庇ったといつ認識になっていたようだ。
そうだとしても、こっちとしては、死んだとしてもおかしくなかった。それなのににこやかに、おかげで、私の子どもは無事で・・・?ふざけるなと思った。飛び出した子どもに全ての非難を向けることはできないけれど、少なくとも俺は被害を引き受けるために歩いていたのではない。
しかし、俺は彼女たちを許したのである。受けた被害を思うとそんな軽はずみの言葉に怒るべきだが、確かに俺が受ける被害がわが子に来たら―・・・という親の気持ちを考えると強くは出られなかった。
だから、―無事でよかったです。飛び出したらあぶないよ。―そんな言葉を並べた。彼女たちは健やかな気分で帰っていったことだろう。
結局、彼女たちは何も失わず、バイクの人はお金と社会的信用を失い、俺はただ時間を失った・・・。
俺は彼女たちから何かを失わせるべきだったのだ。少なくとも優しさなど必要ない。
こうだけ述べると優しさ溢れる怒れない人間なのだと思うだろうが、違う。きっと俺は他人にどうされるか、どう思われるかをまず考えてしまい、その先にある本当にあるべき姿を見失ってしまっているのだ。
言うならば、優しさの皮を被り、真の姿に踏み込むことから目をそらしている。
だとすれば、今回の事件だって俺にも罪がある。
きっと上白沢さんに小傘から何も言われなかったかと聞かれたときにもっと踏み込めば、小傘が文と言い争いをしていたあの日に問い詰めておけば、もっとマシな結末を迎えていたのかもしれない。
しかし、後悔なんてものはためにならない。失ったものは帰ってこないから。
俺にできることはこれ以上"失わない"ように俺を変えていくことだ。
だったら、今できることはフランと共に真実を示しあわせることである。
「わかりました。
フランお嬢様、話をしましょう。」




