Ep.28 記者の影
翌日。
今日も授業を担当する日だった。
教える科目は国語だ。
確か幻想郷は明治あたりに世間から分離され、成り立ったのだと記憶している。そのため、当初言語文化がかなり違うのではないかと思っていた。しかし、それは割りと杞憂だった。確かに言い回しや文語体が俺の世界、つまるところ、外の世界では少し過去のものであるものは多い。だが、それでもゆっくりながらでも日進月歩と文化の進展があるのか、古文のように全く意味合いが違ったり、今ではもう使われなくなった言葉はこちらでも使われていないようだった。
さらに驚いたことだが、なんと外の世界とリンクして言語が発展しているようだ。いわゆる横文字や俗語がそうである。言語についてはかなりのハンディキャップがあると予測していたが、そうでもなかった。
そうすると俺における国語の授業の難易度もかなり低くなったと言えよう。
早速昨日は食事をした後に明日の、今日からすれば今日の、勉強の素材を探すために人里の中心にある貸本屋に立ち寄った。
ここには結構な量の本が置いていて、その中にはまたもや結構な割合で外の本もある。
そして、選んだ本日の題材は夏目漱石の「こころ」。
さてと言って、寺子屋に向かおうと玄関の戸に手をかけると、パサリと挟まっていたのだろう紙束の落ちるのが見えた。
「なんだこれ?」
取ってみると薄いことは否めないが、どうやら新聞紙らしかった。
「゛文々。新聞号外 人里に迫る脅威、唐笠お化け指名手配!?゛・・・。」
・・・やっぱりこれは、昨日のことが絡んでいるのだろうか?
小傘と文との言い合い、あれは単なる小競り合いのようにもとれた。しかし、思いの外奥の深い問題が潜んでいそうだ。
とりあえず、さしあたっては小傘に聞いておいた方が良さそうだ。この新聞の真偽とあの小競り合いの真意。彼女は放っていてほしそうだったが、恩人である人物に対して出来る限りの恩返しをしたいと思う。多少煙たがれてもそれは構わない。嫌われるのは嫌だけど・・・。
「小傘ー!おはようー!!」
・・・返事がない。
ただの留守のようだ。
今まではここでびっくりな登場をしてくれるはずなのだが。今日はそうでもなかった。
いつまで経っても現れない。
さすがに留守中の女の子(妖怪ではあるが)の家に押し入るのは、いささか気が引ける。
まあ、緊急性を要する事態かといえば、必ずしもそうでもないのでまた昼過ぎに訪ねよう。
寺子屋について最初の仕事は子どもたちの登校を見守ることである。上白沢さんは今日は寝坊せず、俺が出勤したときには既に身なりを整えていた。出だしは挫いたがそこやはり人里の守護者らしく、何度も失敗はしないキチンとした態度だ。
「おはようございます、先生!」
「おはよう!」
子どもたちの挨拶から昨日初めて会ったときの不審感はなかった。
「おはようございます、先生。」
透き通った声がする。
西行寺ゆゆこ・・・、いや、八雲藍だ。
「どうしました・・・?先生。」
「いや、何でもないよ、ゆゆこちゃん。」
彼女はにこりとする。
透き通った声といい、透き通るような白い笑顔といい、こちらが見透かされているようで、ゾッとした。
こんな生徒が本当に学校にいたら先生としては逃げ出したくなること間違いない。
「それでは、今日は国語の授業をします。外の世界の小説を持ってきました。黒板に文章を書いていくので・・・―
今日の授業の題材は思いの外ヒットした。
流石に長編を全てやるわけにはいかないので、「先生の手紙」の部分を数回に分けてすることにする。そして最初である今日は作品の紹介と全体での朗読、用語の解説を雑談を交えながら授業を進めた。
読んでみれば分かることなのだが、この「こころ」はかなり暗い話である。寛容な上白沢さんでも紹介を聞いたあたりで多少苦笑いをするほどに。
でも、分かりやすく、暗くなりすぎないように進められたと思うので、わりとすんなりと理解してもらえたようだった。それに生徒自身も興味を持ったらしく、数人は読ませてほしいと言ってきたのはかなり嬉しかった。
「感心したぞ!君はなかなかに教鞭の素質がある!」
こうまでよく言ってもらえたのは、俺が高校でこの作品を取り扱った授業を覚えていたからだろう。実際、俺も高校の授業で取り扱った作品のなかで一番印象に残っているものを選んだしな。
それに、作品だけが理由ではない。ただ作品自体を取り扱う教師はたくさんいるが、俺の担当の先生は一線を画していた。その先生は、生徒がみんな親しみを感じ、尊敬できる人となりだった。少なくとも俺が今通っていた大学を目指すきっかけになったのは、彼に影響されてであることは断言できる。そんな彼も、俺が2年生にあがると同時に病気でお亡くなりになった・・・。
多分、その先生を思い浮かべて授業をしていたのだろう。能力も知識も足りないが、その言葉や受けた気持ちは脳裏に焼き付いている。
「そんなことはありませんよ。まだまだ俺は未熟者です。」
「謙虚なのも悪くないが、素直に誇っていいぞ。
私も君を見習わないとな!」
彼女の落ち着いた笑顔のなかの瞳はキラキラと若々しく輝いていた。
小傘にしても彼女にしても、そして、フランにしてもかなりの年数を生きているのにこんなに生き生きしているのは正直羨ましい。
現代っ子が知識や能力を手に入れた代償に、生きる輝きを見失ったのだと言われるとそうなのかもしれないと納得してしまう。
「それはそうと、これからどうしたらいいのですか?」
「え?何がだ?」
「昨日上白沢さんが゛今日は初日だから終わりにしよう゛って言っていましたよね。それってつまりはまだこのあとにも仕事はあるってことでは・・・?」
「ああ、そういうことか。」
腕を組んで彼女は息をつく。
「別に大した仕事ではないよ。ただ寺子屋の番をするだけだ。」
「寺子屋の番?」
「そうだ。
ここはな授業の時間だけ教えている訳ではないんだ。放課後にも質問に来る生徒の話を聞いたり、人里の困りごとの相談を引き受けたりしている。
それを君にはしていただきたい。」
人里の相談役ってことか・・・。
来たばかりの身の上で、しかも、青二才の身の上で、これはかなりの重荷だな。
しかし、いつもは上白沢さんがやっているのだ。分からなければ彼女に頼ってもらおう。
「上白沢さんも一緒に番をしていただけるんですよね?」
「そうだ・・・、と言いたいが今朝から何やら山手の方から妖怪がらみの嫌な気を感じているんだ。
すぐ帰って来ると思うから、それまでは一人で相談を引き受けていてほしい。」
それは、かなりのプレッシャーだな。
「大丈夫!
君の素質は私が認めたんだからな。君らしく対応してもらえれば、問題ないよ。
ただ質問に困ったなら、後程その件を私に伝えてくれればいい。」
彼女は玄関で外出用の靴に履き替えて出かける。
「それでは頼んだぞ!」
そういって駆けていった。
「先生、お待ちしていました。」
教室に戻ると、八雲藍が早速のように鎮座していた。
要は相談をしにきたらしいのだが、八雲に分からないことなどあるのだろうか?いささか疑わしい。質問の体をして一昨日の件を探りにきたのかもしれない。フランに然るべき罰を下すために。
対面して、やはり俺は彼女のことが苦手であると再確認する。
涼しいのに冷や汗が吹き出してくる。
「それでどんな質問なのかな、ゆゆこちゃん。」
ぎこちない笑顔に彼女は首をかしげる。
まさか、思い過ごしだったか?
「茄子みたいな色のぼろぼろの傘が町外れに落ちてたのを見かけました。」
話がフランのことではなかったのには安堵を覚えた・・・が。
茄子みたいな色・・・!?
それにぼろぼろだったって!
まさか小傘が・・・。
「・・・ゆゆこちゃん、それはいつのことかい。」
「今朝ここに来る途中でよりみちしていて、山のよく見えるところで。」
山の方面。
上白沢さんが行った方角じゃないか!それに妖怪がらみの嫌な気配だって。
このままだと上白沢さんも危ない!
当の彼女からここを任されているが、そんなことはどうでもいい。早く行って知らせないと。
そう思って立ち上がろうとしたら、玄関の戸が勢いよく開けられる音がした。
「緊急事態だ!君、ついてきてもらえるか?」
うすらと汗を額に貯めて、息を荒くしている上白沢がいった。
「俺も今上白沢さんに伝えたいことが!」
「わかった、移動しながらはなそう!西行寺、先生を借りていくぞ!」
俺たちとは相反して八雲藍は落ち着き払っている。
「私は大丈夫です、先生方。どうぞお気を付けて。」
すぐさま俺たちは山の方に向かって走っていった。
「それで、君の話とはなんだ?」
「さっきのゆゆこちゃんの話ですが、今朝にどうやら小傘の傘らしきものを見かけたそうで。」
「・・・なるほど。どうやら私たちの情報は同じ類いのものらしい。」
人里のなかを疾走していく。上白沢さんはこの道を往復しているというのに、男性の俺をリードする速さだった。
「というと?」
「人里から少し離れたところで、人型の方の小傘が見つかったんだ。」
「小傘が!?それで彼女は?」
「・・・ひどい重症だ。
特に何よりも傘がないから、妖怪としてのタフさも今はほとんど失われている。
正直命の危機だ。」
「それで傘は!?」
だんだんと俺の息が荒くなる。走り続けているせいもあるが、それより小傘がどうなってしまうのかを考えてしまい恐怖感や焦燥感が肺を締め付ける。
「・・・それについては実際に見てもらう他ない―」
「大丈夫か、小傘!」
人里からほんの少し離れ、山の麓に差し掛かったあたりで彼女が倒れているのがわかった。
俺はすぐに駆け寄り、その小さな体を抱き起こした。
一面の土が赤くなっていることからわかるように、かなりの出血だ。
しかし、ある程度処置をされているところを見ると、上白沢さんが応急手当てをしたようである。出血は今のところ落ち着いている。
それより何よりも彼女の存在感が薄れているのが何となくわかった。
このままでは彼女が消えてしまう。そんなことは、ただの人間である俺にもわかった。
「上白沢さん、お医者さんを!」
しかし、彼女は視線をおとした。
「ダメなんだ。」
ダメってなんだよ!?
目の前に女の子が瀕死の状態で倒れているんだぞ!?
「ダメなんだ。
なぜなら私は来る途中にこれを見てしまった。」
そういって取り出したのは、今朝俺のところにも投函されていた新聞紙だった。
「多々良小傘は指名手配された。
真偽はともかく、あの新聞は人里に出回っているようだ。文の新聞は妖怪の書いている新聞ではあるが、実際は思いの外人里にも影響を与えている。
多分、このまま彼女を医者に連れていって、たとえ私が必死に頼んでも、恐らくは脅威になるかもしれない妖怪を助けたくないと断られるのがオチだろう。
それにここの医術は人間に対してしか通用しない。だから外面上の怪我は治せても、それに伴う妖怪の力までは取り戻せない。」
「それじゃあ、どうすれば助かるんですか!?
・・・そうだ、傘だ!!傘さえ見つければ妖怪のタフさが戻るのでしょう?だったら探しましょう!!二人でも必死に探せば、無理じゃない!確かゆゆこちゃんが今朝は人里の山側で見かけたって!それなら・・・!」
パニックだ。
どうしようもないほどに錯綜している。自分でも何を言ったのか、なんなのかわからない。
「落ち着け!」
彼女は一蹴する。
そして、ポケットからとりだしたのは一枚の紙切れと黒く大きな羽根だった。
「・・・これは?」
「とりあえず、読んでくれ。」
―小傘の親愛なる友人へ
気持ち悪い色の傘はこちらで丁重に預かっています。
返して欲しいならば、明日朝一番に一人で妖怪の山に来なさい。
それと妖怪の山までは哨戒天狗を使いに出すので、途中で危険な目に遭うことはありませんからご心配なく。
追伸:後悔したくないなら言う通りにすることですよ。あなたのためにも、あなたの友人のためにも。―
そして、黒く大きな羽根。間違いなく、射名丸文の仕業だ。
「あの新聞記者何を考えているんだ!?
小傘にはなんの罪もないのに!」
上白沢さんは膝をつく。
「とりあえずは手当てをしておいたから、すぐに消滅することはないだろう。
それはともかく、多々良の家に運ぼう。まずは安全確保が一番だ。弱っている妖怪を食らう妖怪もいないわけではないからな。」
「・・・そうですね。ここからなら彼女の家もわりと近いですし。」




