納妃
朝になった。目覚めた楊婕妤に侍女の桂儿が昨晩のことを途切れ途切れに説明した。彼女は黙ってそれを聞くと朝の支度をするように命じた。
「婕妤さま、今日はいかがなさいますか?」
「今日は皇后さまたちに挨拶にいくから飾り立てるのはいけないわね」
「ご挨拶は別の日にされた方が良いかと」
「平気よ。早く支度を」
鏡台に案内された楊婕妤は鏡に映る自分を見つめた。どこか冷たく見える表情に施されていく化粧は彼女を引き立たせている。しかし、冷淡にも見せていた。
花の歩揺を髪に挿すと彼女は立ち上がり、皇后の宮殿である椒房殿に向かった。回廊には皇后に挨拶にいく側室たちの一団が何個も歩いている。その一団を通り過ぎる度に囁く声が耳に入ってきた。
「あのお方は?」
「昨晩、陛下の寝所から帰された楊婕妤ですわ」
「まあ、よく大きな顔をできるわね」
「私なら寝込んでしまうわ」
楊婕妤は気にせずに全てを聞き流した。屈辱ではあったが、彼女は屈辱が人を駆り立てることを知っている。強さに走るか、それとも弱さに溺れるかのどちらかしかない。楊婕妤は前者である。屈辱を通じて強さを欲する人間だった。
椒房殿に入ると同じく後宮に入った趙婕妤と虢美人が談笑していた。それを横目に正殿に入ろうとすると趙婕妤が彼女を呼び止めた。
「楊婕妤、昨晩は災難でしたわね」
楊婕妤は足を止めて彼女を冷たい瞳で見つめた。趙婕妤も負けじと見つめる。
「趙婕妤、婉妃さまには陛下も逆らえないのよ。だって寵妃ですもの。けれど、お仕えする身には変わりませんわ」
「気の強い方ですこと、ねぇ、虢美人」
「そうですわね」
楊婕妤は二人を睨みつけると正殿に入っていった。侍女に案内されて椅子に座っていると趙婕妤と虢美人が入ってきた。それに続くように女たちが集まってきた。見計らったように劉皇后が現れて上座に座った。
座っていた女たちは立ち上がり、深々と礼をした。すると皇后は微笑を浮かべながら座るように言った。
「後宮に来たばかりで忙しいのに挨拶に来てくれて嬉しいわ」
真っ先に趙婕妤がそれに答えた。
「忙しいだなんて。私どもは陛下と皇后さまにお仕えする身です。お気になさらずに」
歯切れのよい答えに皇后は静かに頷いた。




