納妃
楊婕妤が後宮に入った二日後、穆宗からお召がかかった。その日は朝から晩まで慌ただしく全てが一瞬で終わっていった。
穆宗の侍従太監である魚太監を通じて楊婕妤は彼の寝所に案内された。
天子の寝所は豪勢であった。楊婕妤は帳を手で避けて寝台に横たわった。
しばらくして女官が酒を持って現れた。楊婕妤は直ぐに体を起こすと女官が持ってきた酒で体を火照らせた。女官を下げると火照った体を再び横にした。
婉妃は今夜、召された女が気になっていた。それを忘れようと眠ろうと寝台に潜り込んだが、眠れず女官に酒を持ってくるように命令した。
運ばれてきた酒を婉妃は何倍も煽った。しかし、眠れなかった。それを見かねた侍女の如意は直ぐに穆宗の宮殿に走った。
穆宗は楊婕妤を寝所で待たせながら、上奏に目を通していた。そこに魚太監が如意の謁見を取次ぎに来た。
「通せ」
穆宗が素っ気なく言った。すると如意が申し訳なさそうに現れた。
「拝謁いたします。婉妃さまに仕えている侍女、如意にございます」
「礼はいらない」
穆宗は上奏に目をやったまま、如意を見やることはしなかった。
「婉妃さまがお酒を大量に召し上がって私どもではお世話が難しゅうございます」
「婉妃が?」
彼女の名前が出た途端、穆宗はようやく顔をあげた。如意は内心でにやりとした。穆宗はどこまでも婉妃に甘かった。
「はい。どうか、お越しくださいませ」
「しかし、朕は世話係ではい。それに今夜は楊婕妤を召している」
「陛下、婉妃さまは陛下を慕っておいでです。それ故に酔われようとするのです。今夜、お慰めいただければ婉妃さまはどれだけお喜びになるか」
如意の言葉を最後まで聞いた穆宗は立ち上がり、婉妃の元に向かおうとした。すると魚太監が頭を垂れて言った。
「陛下、楊婕妤はいかがなさいますか?」
「今夜は婉妃の元に行く。婕妤を帰せ」
「婕妤さまの名誉に関わります」
「たかが婕妤だ。婉妃の元に行く」
「はい…」
魚太監は再び頭を垂れた。
寝所に行った宦官は規則正しい寝息をたてる楊婕妤を見て不憫に思った。せめて、起こさないようにとそっとだき抱えて殿閣に帰した。
殿閣に帰された楊婕妤を迎えたのは侍従宦官の小玄子だった。小玄子は人目につかぬように楊婕妤を寝所に連れていった。
目覚めていないのがせめてもの救いだった。小玄子は阿弥陀仏、阿弥陀仏と呟いて寝台に彼女を寝かせた。




