幕間:とある密偵の記憶…。
「な、何だアレは・・・!」
自身の見た光景に私は最初、目を疑った。
密偵として各地を放浪し、行く先々で生きた情報を入手することが私の務め・・・。
故に今回のサンセットとマグリアとの戦いも、戦禍が決して及ばない場所を確保し、自身の安全を最大限考慮しつつ観察していた。
(「正直・・・勝負になるわけが無い」)
それが戦闘が始まる前の下馬評であり、私の客観的な評価だった。
空を飛び回るワイバーンの分厚い皮膚を、弓でどうにか出来る戸考えているサンセット側の余りの無知っぷりには、密偵という立場を忘れ、思わず助言してやりたくなったほど・・・。
しかし、そのような真似が密偵である私に許されているはずも無く、最悪・・・理性を失ったマグリア飛竜隊による一方的な虐殺が始まるとさえ思っていた。
だが、『予想』とは、いつだって『現実』に裏切られる。
(「・・・空を滑空?いや・・・あれは飛行だ!空を飛んで現れた人間が・・・飛竜隊のワイバーンを手なずけた!?何故!?一体、どうやって!?」)
自らの背に乗っていた主人を、まるで「邪魔だ」と言わんばかりに鞍から振り下ろした飛竜達が、速やかに『あの男』の背後に付き従う様子は、到底現実とは思えず・・・。
だが・・・どれだけ自身の目を擦ってみても、どれだけ頬を抓ってみても、夢から覚める気配は無かった。
(「・・・夢では無い・・・夢では無いのだ!」)
その後・・・戦力の要であるワイバーン達を失い、降伏したのであろう飛竜隊を、サンセットの兵達が急いで捕縛せんと動き出したタイミングで、私は腰を上げ・・・そして踵を返した。
(「勿論・・・伝書は出す。だが、コトがコトだ。直接報告を入れるべきだろう」)
方針は定まった。ならば『急ぎ動くが吉』なのは言うまでも無い。
私は再び越えなければならない『シナイ山』の急峻を眺め、一つ溜息をついた後・・・急ぎ、歩を進めたのであった。
「ハクア様っ!」
長旅の末、ようやく帰ってきた私が、息も吐かぬまま急ぎ駆けつけたのは主の私室だった。
一切の混じりけを許さぬ白亜の頭髪・・・その持ち主たる女の私室に立ち入ることが許される存在など、公には数えられるほどしか存在しない。
・・・が、彼女から直接命を受け、諜報の任に就いている私は例外であった。
「!!!」
しかし・・・それでも尚、ノックの1つくらいはすべきだったかもしれない。
伝書は既に飛ばしており、概要は承知しておられるはず・・・。
しかし、それでも一刻も早く自らが見たもの・・・その詳細をお伝えせねば!という気持ちが、その一手間を省いてしまった。
故に・・・扉を開けた私は、自らの喉元に『爪』を突き立てられることになったのだ!
「ハクア様!・・・いや、ハクア!落ち着け。私だ、トウカだ!」
私は彼女の密偵となる際に捨てた、自身の以前の名を告げた。
扉の遙か向こうに覗く二つの眼・・・それが私のコトをじっと見ている。
喉元に添えられた爪が離れる様子は・・・未だ無い。
私は顔を覆い隠している布を剥ぎ、茶褐色の髪を露わにして再度告げた。
「私だ、トウカだ!久しぶりだな。今日はハクアと話したいことがあって帰ってきた。ノックもせずにいきなり部屋に入るのは余りにも失礼だった。そのことは謝罪する。すまなかった。どうか、この手をどけてくれないか?」
「・・・・・・・・・グルッ」
沈黙の後、彼女の喉から低くうなる様な声を1つ聞く。
やがて・・・
シューッ・・・と、彼女の身体を白い煙が覆うと、瞬く間に主の姿は私の見知った人間のソレに変わっていった。
「・・・・・・・・・トウカ、周囲に他に人はいないか?」
「・・・ハッ。大丈夫です。人払いは既に済ませておきましたので」
「そう・・・なら入って」
「失礼致します」
・・・久方ぶりに帰還し、それゆえに油断していたことを、私は深く恥じた。
(「私は・・・私達は、彼女を守る砦だというのに!」)
ともあれ、反省は後だ。
用件を速やかに果たすべく、急ぎ入室し・・・改めて人の気配が無いことを確認した後、私はゆっくりと扉を閉めたのだった・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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