「トール・・・怒っているか?」
「・・・え?元の世界に還す方法が分からない?」
「・・・・・・・・・ああ。本当に済まない」
懐から柔らかい感触が消えてしまったことを名残惜しく思いつつ、アリスに対し今回の一連の経緯について尋ねると、彼女は非常にバツの悪そうな顔をしながらそう答えた。
(「何というか・・・コイツは本当に生真面目だなあ」)
それがアリスから話を聞いた俺が、率直に思ったことだった。
どうやら・・・彼女は自らが身勝手に召喚してしまい、あまつさえ国家総出で不義理な応対をしておきながら(俺を厩舎に一晩留め置いたことは、彼女の中で相当ショックなことだったらしい・・・)、実兄ルーデルとの『決闘』や、先程のマグリアとの戦いなど、危険度が極めて高い用事にだけ俺を『利用』してしまっていることに、相当な罪悪感を抱いていたようだ。
また、俺を元の世界に還す方法が分からないという事実も、彼女に更なる負い目を与えることになったようで、それもあって実はここ数日、俺と会うことを避けていたらしい。
(「ということは・・・もしかして、マグリアとの戦いの後、勝利したにも係わらずアリスの表情が暗かったのは・・・」)
俺に対し、更なる借りを作ってしまったことを気にしたのかもしれない。
(「それで、俺に対して償いをすべきと考えた結果が、その・・・『夜這い』というわけだ」)
そう結論付けると、自身の脳内で睨みを利かせてくれている赤毛の幼なじみに心から感謝した。
きっと、アリスからこの話を聞いたのが『コト』が済んだ後だったら、俺はきっと後悔していただろう・・・。
「トール・・・怒っているか?」
自身の思考を整理している間、しばしムッツリと黙り込んでしまった俺に対しアリスはおずおずと声を掛けてくる。
「まあ・・・怒っているかと聞かれれば・・・怒ってはいるな」
「うっ・・・」
「おっと、勘違いするなよ。俺は別にお前に・・・その、何だ、『利用』されたことに対して怒ってるわけじゃない」
「そ、そうなのか?」
「ああ」
「じゃあ、一体・・・」
「それはな・・・」
ポンッと彼女の頭に手を置いた俺は、彼女の視線がしっかり自分に合っていることを確かめて言う。
「アリスが、自分のことを全然大切にしようとしないところだよ」
「・・・?よく意味が分からないのだが?」
目前でキョトンとする彼女に対し、俺は心当たりを列挙する。
「そうか?今日1日だけ見ても、アリスはメチャクチャ他者のために自分を身を平気で投げ出してるじゃないか。マグリアとの戦いも本当なら第二王女のお前が率先して出向く必要なんて無かった筈だし、俺を召喚したことや厩舎で一泊させられたのだって、どうせ、お前のオヤジの独断だろう?なのに、その負い目を1人で抱え込んだ挙げ句、『償い』と称して自らの身体を差しだそうとする・・・そんなお前のどこが自分を大切にしているって言うんだ?」
「そ、それはっ・・・だ、だがっ、私は王女だ!そうする義務がある!」
「いや・・・ねえよ。それは本来、お前のオヤジがすべきことだって。まあ、「王族としてその責任の一端を担わなきゃならん!」とか言われれば、一理あると言わざるをえないけど・・・でも、だからってお前1人が全て背負う必要なんてどこにも無いだろ!」
「・・・・・・・・・だがっ、なら、どうすれば良い!?兄も姉も頼りにはならないし、弟や妹たちは幼すぎる。父は肝心なところで知恵が回らない。なら私が頑張るしかないじゃないか!?」
「なら・・・それを俺にも背負わせてくれよ!」
「なっ!?」
「俺は何だ?お前の召喚獣なんだろ!?そんでもって、お前は俺の主なんだろ!?だったら困ったときに俺を頼るのは当たり前のことなんじゃないのか?」
「だが・・・だが、トールはこの国とは何の関係も無い人間だ。お前がこの国のために身を削る必要はどこにも無いだろう!?」
「ああ、無いな!ぶっちゃけ、俺・・・この国好きじゃないし!」
「!?」
(「・・・ありゃ、ちょっと言い過ぎたか」)
王女の前で断言すべきことでは無かったかもしれないが、別に嘘を吐いたわけでも無い。
いきなり見知らぬ土地に連れてこられ、碌な食い物は与えられず、挙げ句の果てに馬と一つ屋根の下で寝かされる。
明らかに悪意ある行為をここまでされて、それでも尚、この国を好意的に見れるほど俺は達観してはいないのだ。
「でもな・・・俺はアリスの助けにはなりたいと思ってる。お前が困ってることがあって、それが俺の力を用いれば容易に解決できるのであれば、遠慮無く使って欲しい。それこそ、今日のマグリアとの戦いみたいなときは尚更だ」
「・・・・・・・・・いいのか?」
「ああ。むしろ俺を頼ってくれ!少なくともここにいる間、俺はアリスの召喚獣なんだ。遠慮なんてしなくていい」
(「せめて自分がこの世界にいる間くらい・・・彼女にとって甘えられる相手がいても良いだろう」)
親も兄弟も頼りにならず、たった1人で苦しみを抱えていこうとするこの少女に、僅かな時間でも親身になってやれる存在がいたって良いはずだ。
「そうか」
「ああ、そうだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・分かった、善処する」
「いや、しないやつじゃん」
やれやれ…果たしてどこまで俺の言葉が届いてくれたのかは分からない。
だが、どうやら彼女の顔に掛かっていた暗い影・・・それを払うことには成功したようだった。
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