抱擁と覚悟と…一抹の後悔
薄着の女性と二人きりの空間で抱き合っている…そんなさなかに、別の女を思い浮かべるなんてことは本来あってはならないこと。
ましてや今はクライマックス…自身の腕の中で少女が身を固くしながら、俺からの接吻を待っているという状況なのだ!
(「…ははっ。でも、こんなタイミングで出てくるあたりが、アイツらしいというか何というか…」)
たった10日早く生を受けただけにも関わらず、常に姉貴面しては俺のことを所有物の様に扱ってきた幼馴染・・・。
そんな彼女のマイペースっぷりに、こんなところで助けられることになろうとは思わなかった。
故郷を背景に響く赤毛の少女の声…そして姿を皮切りに、竜王の爺ちゃんをはじめ、自身が知る者達の姿が次々に浮かんでくる。
(「そうだ…俺は、故郷に還らなきゃならない!」)
俺がいきなり消失してしまったことに胸を痛めてくれている者達がいる…そんな状況にも係わらず、当事者である自分が一夜の夢に興じるなど言語道断!
それに…
(「何やってんだ俺は。アリスの事を本当に大切にしてやりたいなら、口づけやその先よりも、もっとしてやるべきことがあるだろう!」)
自身の予想通り、少女の父たる国王の差し金なのか…それとも別の誰かの企みなのか…。
仮にアリス自身の独断行為だったとして、いきなり夜這いに走ったその理由は何なのか…。
尋ねなければならないことは多々あるではないか!?
(「ああっ…でも…」)
それはそれとして、目の前で未だ俺のことを待ってくれているアリスに、何か返してやらねば流石に男が廃る。
だから…
(「これくらいは、許してくれよな…」)
と、俺は脳内に言い訳をした後…
「………えっ!?」
アリスを力強く抱きしめたのだった。
「…あの、トール?」
自らの唇に来るはずの感触が何時まで経っても訪れず、かと思ったら急に抱きしめられることになった彼女が疑問を感じるのは当然のこと・・・。
俺はそんな少女に対し、自身の正直な気持ち、そして思いを吐露した。
「アリス…俺は、お前を選んではやれない」
「っ!」
俺の言葉を聞いた彼女…その身体が再び震える。
勇気を出して誘ってくれた女の子に掛けるものとしては、おおよそ最低の文句だったかもしれない。
だが…たとえ、それで自身の男としての格がどれだけ下がろうと、俺は伝えるべきコトを最後まで伝えようと決めた。
「アリス・・・俺には故郷で待ってくれてるであろうヤツらがいる。そいつらは、きっと今も俺の身を心配し、そして行方を捜してくれている筈だ。なのに当事者である俺が、皆の知らないところでこんなに良い思いするわけにはいかない。もし、ここでお前の誘いに乗って、その…最後までシてしまったら、俺は故郷の皆に顔向け出来ないから…」
だから…スマン
「………」
俺の決意を最後まで聞いてくれたアリスの身体からは、いつの間にか震えが消えている。
一体どう思ったのだろうか。幻滅した?呆れた?嫌いになった?
(「ああ…俺、思った以上にアリスの事、気に入ってるんだな」)
今更ながらそんなことを思おうが、一度口に出した言葉を元の場所に戻すことは不可能。
後は、未だ自身の懐に収まる彼女の審判を待つのみ…と腹をくくった。
果たして…最低男たる俺に下された判決は…?
「…ははっ!」
…思いのほか、サッパリとした笑い声だった。
「…?アリス?」
「ああ、すまない」
抱擁を緩め、彼女の顔を視界に収める。
未だ赤みは残っているものの、まるで憑き物が落ちたかのような、どこかスッキリとした表情のアリスがそこにはいた。
「アリス…ごめんな」
俺は再度謝罪の言葉を口にする。
「いや、いいんだ。何というか…正直、あっさりと断られるものだと思っていたから、その…なんだ…最後までいきそうになってしまって、思いのほか動揺していたんだ」
「ん?断られると思っていたのか?」
「その…何というか、お前は別の世界から来た人間だろ。だから私の容姿をどう思っているのか分からなくてな。最悪…ポカンとされるかもしれないと心配していた」
「そ、そうなのか…」
理性のタガが完全に溶け落ちていた俺からすれば、「完全に不要な心配だったぞ!」と言わざるを得ないが、確かに生まれ育った環境に思考が左右されることは往々にしてあるわけで、そんな不安を抱えつつ、精一杯の準備をしてココに来てくれたのだと思うと、本当に申し訳なく思ってしまう。
(「だから…せめてこれだけはしっかりと言っておかねば…!」)
と思った俺は、アリスと視線をしっかり合わせ、そして言葉を紡いだ。
「今日のアリスは…その、すごく魅力的だ。いや、今までのアリスがそうじゃないとかいうんじゃないんだが…何というか、その…ええと…」
「…?なんだ、褒めてくれるのならば最後まで褒めてくれ」
言いよどむ俺に対し、アリスからは催促の声が飛ぶ。
(「ええい、ままよ!」)
悲しいかな、女性に掛けるべき言葉のストックが、幾ら振っても出てこない!
これ以上待たせるのも気が引けた俺は、「もう、なるようのなれ!」と、自身の本音を彼女に告げた。
「もし…俺がココで生まれていたら、絶対に断らなかった」
「…そうか…そうか!」
どうやら、正しい返答をすることが出来たらしい。彼女の口角は上がってくれた。
俺は最後に、もう一度だけ軽く抱きしめ、彼女に感謝を伝えると、ようやく自身の腕をほどいた。
(「………ああ」)
千載一遇のチャンスを逃した。
懐から柔らかい感触が消えた瞬間…自身の中に芽生えたその感情を、彼女に伝えることは流石に出来なかったのだった…。
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