シナイ山に向かって…
今更だが・・・トールは普通の召喚獣ではない。
そもそも人間が召喚獣として呼び出される事例など寡聞にして知らないし、『猛虎』を一撃で戦闘不能にしてしまう彼の奇妙な力もハッキリ言って理解不能だ。
しかし実はこれら以外にも、私だけが知っている彼の特異な性質がある。
それは・・・彼を『出し入れ』することが出来ないということだった。
そもそも一般的な召喚獣は主の呼び出しに応じて召喚され、主の意思で『戻す』ことが可能である。
もっとも『戻す』とは言っても、そもそも召喚獣と呼ばれる彼等が一体何処からやって来ているのかを知る者はおらず、便宜的にそう称しているに過ぎないのだが・・・
とにかくそんなわけで、召喚獣たる彼等が常時、主の周囲をウロチョロしているなんてことは、普通・・・起きないのだ。
しかし・・・何故か私はトールを『戻す』ことが出来なかった。
その事実を知る切っ掛けになったのは、『召喚の儀』の翌日・・・馬小屋での邂逅である。
只の人間を召喚してしまい意気消沈していた私だが、「『戻す』ことで一時的にでも元の世界に帰還させてやれるのではないか?」と予想し、就寝前に『戻る』よう念じてみたのだ。
(「はて?教えられていたのとは違うな。手の甲の紋章が光らないが・・・」)
と当時は不思議に思ったものの、「まあ、そんなものなのだろう・・・」と都合良く解釈し、その日はベッドに身体を横たえたのだった。
だから翌日、彼の姿を厩舎で見かけたとき・・・私は二重の意味で衝撃を受けたのである。
彼が『戻って』おらず・・・何故か馬と寝食を共にしていたのだから!
さて、『戻す』ことが出来ないトールではあったが、となると当然『呼び出す』ことも不可能。
それが即ち何を意味するかと言えば・・・
「アリス様・・・お疲れではありませんか?」
愛馬シュメーケンに跨がり、3時間ほど移動したであろうか。
北に見えるシナイ山が心ばかし近付いてきた頃・・・騎乗し悠々と移動する私に対し、横を歩く将の1人が声を掛けてきた。
(「なるほど・・・そろそろ休憩を入れるべきということか」)
私は後ろを振り返り、近くの兵達が肩で息をしているのを見てとった上で、そう判断した。
この将の私を案じるような問いかけには2つの意味がある。
1つは文字通り。そしてもう1つは「『兵の為に』休みを挟みましょう」という進言だ。
自身の後方には、軽装を纏い帯剣しながら徒歩で行軍する大勢の兵士達がいる。
将としては彼等に適宜休息をとらせる必要がある。しかし、姫たる私が求めている訳でもないのに配下たる将は勿論、兵達もまた「休みたいです!」とはとても言えない。
だからこそ彼は表面上私を気遣いながら、お伺いを立てているのだ。
「そうだな。私も少し疲れた。ここら辺で一息つきたい」
「はっ、承知いたしました」
大義名分を手に入れたその男は、その後、最後方の兵にまで届くよう大声で休憩の音頭をとる。
そして、脱力と共に漏れる「はあっ」の声がそこら中から聞こえる中、私も鞍を降りた。
(「今度はもっと早く休憩を入れてやらないといけないな・・・」)
そう反省し、次に活かそうと心に決めた私は幾人かの将を集めると、車座になって進捗状況の確認を行った。
「進軍は順調か?」
「はっ。このペースですと明日の午前中までには到着出来るでしょう。予定通りです」
「よし、分かった」
当然、将も疲れている。ゆえに私は確認も手早く行うと、さっさとその場を解散・・・。
そして自身は1人離れた所まで移動してから、ようやく腰を下ろした。
・・・仮に私に対する警備を重視するのであれば、休憩中も兵を帯同させておいた方が良いのは自明の理。
しかし兵の立場からすれば、そんな時間はきっと休憩とは呼べないだろう。
王女たる私を前に、気を抜くことができる人間など皆無。
また、「進軍時間が長い!」だとか「休憩もっと早く取れよ!」だとか・・・そういった愚痴なども当然吐けない。
私が距離をとったのは、そんな兵達に対する気遣いが半分・・・。
もう半分は自分のためだった。
「・・・1人だ」
ここにトールはいない。
彼は今度こそ与えられた客室(今度こそちゃんとしたやつ!)で、ようやく目を覚ました頃だろう。
仮に私がいないことに気付き、後を追ったところで到底追いつけない距離までは移動した。
・・・つまり『呼び出す』ことの出来ないトールに頼る術は、今、この時をもっていよいよ無くなったということだ。
(「不安は・・・ある」)
近々相まみえることになるであろう相手は、飛竜隊を中心に組織された・・・まさに大軍。
こちらもそれを見越した上で、ありったけの弓矢を持ってきてはいるが、果たしてそれがどこまで通用するのかは未知数だ。
正直・・・もっと彼等についての情報を収集し、作戦を立てた後に挑むべきだ。
しかし・・・きっと、それをどれだけ進言しても、父が自らの意思を曲げることはないだろう。
『トールに任せろ!彼が何とかしてくれる!』
父のそんな声が脳内で聞こえたような気がした私は、即座にソレを否定する。
(「それでは駄目だ!」)
召喚獣として異質な彼が、万が一怪我でも負ったとき・・・他のものと同様に勝手に回復するという補償は何処にも無い。
そんな戦いに、本来この国と関係の無い彼を巻き込むことなど・・・自分には出来なかった。
「・・・やれることをやろう」
私は目的地たる北の空を見上げ、そう呟く。
もし負けた場合・・・最悪、私は生きては帰れず、場合によっては生け捕りの後に拉致される可能性もある。
先代の崩御によって変わったと聞く新しいマグリアの王がどれほど義を重んじる者かは知らないが、戴冠早々戦争を仕掛けてくるような男だ。大した期待は出来ない。
(「もしかしたら、そのまま手籠めになんてことも・・・」)
そう考えた瞬間、思わず身震いしてしまった私は、その嫌な思考を頭から追い払おうと、しばらく空を眺めることに没頭した。
だから・・・私が一番早くソレに気付くことになった。
「!!!」
空を覆う黒いシミ・・・それがワイバーンの群れだということに!
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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