「トールを還すな!」
・・・この世界に古くから存在する伝承がある。
『「厄災」が空を覆い地を埋め尽くすとき、舞い降りし竜がそれらを退け『王』とならん』
今や世界中に信徒を持ち、ゆえにその権力もまた絶大とされる組織・・・『協会』
その『協会』が聖典として用いる一冊の書・・・『初まりの書』の冒頭に記載されているのがこの一文である。
別に私は敬虔な信徒というわけではない。
だが、どれだけ学がなかろうと、物心つくほどの年齢に至った者ならば1度は見聞きしたことのある字面だ。
ゆえに王族としてそれなりの教育を受けた私がそれを知らないわけがなく・・・
だからといって、こんな与太話が真実であるなどと思ったことも1度として無かった。
精々が教会が自身の権威を高めるための創作物。それでないなら大昔・・・才ある吟遊詩人によって作られ歌われ・・・そして広まっていったものを『協会』が利用しているのだと・・・そう解釈していたのだ。
だから・・・それが全て真実であり、そして自らの『召喚獣』たるトールがその『王』なのだと老婆に言われたとて、それをすんなり受け入れられるはずがなかった。
「あの・・・イリス様。もしソレが本当でトールがその『王』なのであれば、『厄災』とやらも既に訪れているということですか?」
確かにこのサンセット王国は現状あらゆる意味で危機に陥ってはいる。
が、それはあくまで一つの小国が風前の灯火だということであって、決して世界の危機と言えるようなものではない。
そして、それらの懸念事項を除いたうえで考えたとき、少なくとも私は『厄災』と言えるような事態に直面したことはなかった。
「おそらくの・・・。水面下で準備を整えておるに違いない」
「そう・・・ですか」
(「となれば、正直・・・現状私達に出来ることなど何も無いではないか」)
『作り話だと思っていたものが真実で、『厄災』とやらが世界を滅ぼすべく準備を着々と進めているぞ!気をつけろ!』・・・そう言われたとて、小国の第2王女たる私に一体何が出来るというのだろう・・・?
(「せめて形あるものならば、鍛えた身体で立ち向かってもいけるが・・・」)
『厄災』・・・その正体が皆目見当着かない現状では、対策もとりようがない。
ここまで長々と話を聞いてきたが、分かったのはこの老婆がおそらく(まだ疑いは残るが)呆けていないことだけだ。
(「結局・・・彼女は私に何を頼みに来たんだ?」)
・・・夜もスッカリ更け、目蓋も段々重くなってくる。
私はこの意味深な会話に終止符を打つべく、イリスに思い切って尋ねた。
「イリス様、お話は分かりました。それで貴女は私に何を求めておいでなのですか?」
(「この世界が危機に陥っていること。トールが『王』なるものであること。ソレを踏まえた上で彼女は私に何をして欲しいというのか?」)
すると、次に老婆の口から出た言葉は私を酷く困惑させた!
「アリスよ・・・ヤツを、トールをこの世界から還してはならん!」
「ッ!!!」
トールを還すな
それは即ち・・・「トールに故郷への帰還を諦めさせろ!」と言っているに他ならない。
いきなり見ず知らずの場所に召喚され、故郷へ還ることを何よりも望んでいる・・・そんな彼からその可能性の一切を奪えと、目の前の老婆はそう言っているのだ!
「そ、そんな・・・そんなことは出来ません!」
当然、私は断固として反対の意思を示す。
トールと私が邂逅して、たったの2日。
だが、そんな彼が自身に対してどれだけのことをしてくれたか!
急な召喚や馬小屋における扱いに目くじらを立てることもなく、私の話を聞き、励まし、勇気づけてくれたトール・・・。
そんな彼から受けた恩は、既に自身の中で多大なものとなっている。
(「そんな彼に、これ以上ないほどの仇を返すことなど・・・私に出来るはずがないではない!」)
しかし、目の前の老婆は私の叛意など意に介する気がないようだ。
彼女は「駄目じゃ、それは許さぬ」と再考する素振りすら見せなかった。
おそらく、もう彼女の中でトールの残留は既定事項なのだ。
彼の意思・・・それを全く無視した形で・・・
「・・・っ、仮にトールをこの世界に無理矢理留めておくとして、そんな仕打ちを受けた彼が、貴女の意のままに動いてくれるとは思いませんがっ!?」
・・・それこそ、故郷への帰還が叶わないと知ったトールこそが『厄災』になりかねない。
なにせ人が召喚できる中では間違いなく高位にあたる第6階級の召喚獣『猛虎』を一瞬で倒してしまう程の力を持っているのだ。
もし彼が故郷に還れないと知り、怒りや悲しみ・・・それらを糧に力の限りを振るいはじめたとき、一体誰が止められるというのだろう・・・?
そして、その矛先が真っ先に向くのは間違いなくここであろうという認識が、この老婆には欠けているのではないか?
そんな数々の疑問に対しイリスが出してきた解決策は・・・あまりにも浅はかなものだった!
「だからこそ・・・お主がヤツを籠絡するのじゃ。幸いお前は女・・・年も近く、また相性も悪くなかろうて。お主がヤツの第2の故郷となり、故郷へ還る気を削がしてしまえばええじゃろ」
そう言った老婆は途端に立ち上がると・・・彼我の間にあった距離を一瞬にして詰める!
(「なっ!?」)
2人の間にあった机・・・それを回り込むでもなく、かといって足を掛けるといった所作もない。
強いて言うなら・・・まるですり抜けたかのように思える動作でもって老婆は私との距離を一瞬にして潰す。
そして・・・老いた彼女の手は、私の胸を服の上から鷲掴みにした!
「・・・っ!?」
とても高齢の女性とは思えぬ力強さで自らのものを握られた私の口から、痛みによる声が漏れる。
しかし、それを聞いても尚、イリスの力加減に躊躇は感じられない。
自身との距離を完全に0にした老婆は、その口元を私の耳に近づけ呟く。
「わかるぞえ。お主がヤツを少なからず想っておることくらいの。なら、その気持ちをそのまま行動に起こしてしまえば良い・・・それだけじゃ。コレは一体何のためについておる?いくら乙女とはいえ、そのくらい知っておろう・・・?」
「・・・・・・・・・」
もはや何も言えなくなってしまう私に、伝えるべきことは伝えたのであろう老婆はユルユルと扉に向かっていく。
そして・・・
「もしも分からんというなら尋ねてこい。そしたら教えてやろうて」
と言い残すと、彼女はその向こうに消えていく。
「・・・・・・・・・」
結局、その日は一睡も出来なかった・・・。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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