突拍子もない老婆の発言
「夜分遅く済まんの、アリス」
「いえ」
父の相談役を務める国の重鎮・・・イリスに対し寝間着で応対するわけにもいかない。
私は寝室にて速やかに服を着替え髪を整えると、急ぎ応接間に足を運んだ。
開口一番謝罪された私は社交辞令を返し、対面の椅子に腰を下ろすと、いつもの何ら変わることのない漆黒のローブに身を包んだ老婆に視線を合わせる。
「で、本日はどのような用件で?」
・・・疲労故に少し険のある問いかけになってしまったかもしれないが、イリス自身も夜分の急な訪問が決して褒められたものではないことを自覚しているのだろう。
ホンの少し口角を上げ、私に対して労りと感謝の意を示すと早速本題に入った。
「単刀直入に言わせて貰う・・・アリス、お前の召喚獣たるトールはいずれ『王』となられるお方じゃ」
「・・・・・・・・・は?」
イリスから告げられた言葉・・・それが余りにも突拍子もないものだった故に、「は?」のひと言が出てくるのにすら数秒の時間を要した。
(「彼女はいよいよ、ボケてしまったのか?」)
と若干失礼なことを考えてしまう。
思えば自身が物心ついた頃から既に老婆だったイリスである。
あれから10年以上が経過していることを踏まえると、本来なら天からの迎えが来てもおかしくない年齢には到達していよう・・・。
だとすれば、このような荒唐無稽な話が口をついてしまうのも高齢ゆえと考えれば・・・納得はいく。
(「もっとも、それで人の安眠を妨害されては堪ったものではないがな」)
しかし、これも敬老の精神だと心を入れ替えた私は、もう暫く目の前のボケ老人(失礼)の戯言に付き合ってやることにした。
「イリス様・・・トールが『王』とは一体どういうことでしょう?ソレは即ち我々の一族が彼によって国を追われるということでしょうか?」
仮に老婆の話を鵜呑みにするとなればそういうことになる。
だが、彼女曰く『この国を乗っ取ろうと画策する悪逆無慈悲な男』トールは、一刻も早く自らの故郷に帰還したがっている1人の青年に他ならない。
(「・・・そうだ。トールは還りたいのだ。元の世界へ・・・私の元を離れて・・・」)
そう思った瞬間・・・ズキリとした痛みを胸部に感じたものの、今はソレに拘わっているときではない。
私はイリスの返答を待った。
「ホホッ。流石に説明が足らんかったの。『王』とは『この国の』ではない」
「・・・?ならトールが何処か別の国を穫るということでしょうか?」
「うーむ。そうも言えんことはないかの」
・・・なんとも曖昧な答えに、雲を掴むような気持ちにさせられる私。
「すいませんイリス様。私の勉強不足故、どうにも理解出来かねております。『王』とは一体何処の『王』なのでしょう?」
ボケた老人のたわいない話に付き合うにしても、こうも焦点が定まらない話に付き合うのは流石に疲れる。
なので、とりあえずソコだけはハッキリとさせたいと思い、私は老婆に問う。
すると・・・返ってきた返答は、予想の斜め上を突き抜けていった!
「それはの・・・『この世界の王』じゃよ!!!」
「・・・・・・・・・」
今度は「は?」すら出なかった。
昔は自分達皇族の教育係を務めていたのだ。
故に彼女の聡明さは知っていたつもりでいた。
だからこそ・・・
(「『老い』とは人をここまで駄目にしてしまうのか・・・」)
と悲しい気持ちになってしまった自分を誰が責められよう?
(「きっと、こんな老人の戯言に付き合ってやろうと思う人間はそう多くなかろう」)
ましてやイリスは王の相談役を長年に渡って務めている重鎮だ。
並大抵の者ではそもそもマトモに会話することすら不敬にあたってしまう。
(「ならば・・・私が付き合ってやるしかない!」)
そして私は、今夜の就寝を諦める覚悟で老婆に向き合い・・・
「・・・アリスよ。ワシはボケとらせん。だからそんな殊勝な覚悟をする必要はないぞえ」
どうやら未だ衰えとは縁遠い老婆に、自らの覚悟をへし折られたのであった。
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