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第19話:決戦の余韻と、さらに深まる勘違い

「……はぁ。公式決戦のあとから、あの二人の視線がますます熱烈ツンデレになっていませんか?」


 お昼休みののどかな食堂。フィオが受付カウンターから外を睨みつけながら、金の狐耳をピコピコと忙しなく動かしていた。

 視線の先――ホテルの門の影からは、金と黒のメッシュが入ったポニーテールと、茶色い丸耳が、あの日からさらに深く身を隠すようにひょこひょこと覗いている。


「本当にそうですぅ、フィオちゃん。シャロンちゃんもクゥマちゃんも、なんだか私を見る目が以前よりずっと羨ましそうというか、トゲトゲが減った気がしますぅ」


 メリンがふかふかのウールを弾ませながら、食後のお茶を淹れていく。

 王都中央広場での劇的な大勝利以降、ペットホテル『アルカディア』の名声は不動のものとなっていた。悪徳ギルドの妨害をものともせず、最難関魔獣であるブリザード・ウルフを完璧なワンちゃんに変えてみせたのだ。今や平民から貴族まで、予約の伝書鳩がひっきりなしに飛び交っている。


 ◇


 その頃、門の影。


「な、なによあの上代(価格)設定……! 公式決戦であれだけの神技を見せておきながら、まだ一泊五百リンのままなんて……! 完全に商売の次元が違うじゃないのよ……っ」


 シャロンは高級トリマー服の襟元をぎゅっと握りしめ、顔を耳まで真っ赤に染めて震えていた。

 あの大衆の真ん前で、世界の破壊神や最難関魔獣を次々と蕩けさせたレントのゴッドハンド。それを目撃して以来、彼女たちの心は完全に限界を迎えていた。


「シャロン、オレ……あの広場でレントがクシを構えた瞬間、身体の奥が熱くなってヘタレ込みそうになったクマ……❤ あの手つき、やっぱり反則だクマ……」


 クゥマも赤面しながら手首をぎゅっと抱きしめ、目は完全にハートマークになっている。

 部族の仕来り【ツボを撫でられて声を漏らしたら強制婚約】の呪縛。あの日、レントの職人オーラに圧倒され、大衆の前であと一歩で服従させられそうになった二人は、自分たちが「ほぼ婚約状態」なのではないかと本気で勘違いを深めていたのだ。


「べ、別にアンタのところに嫁入りしたいわけじゃないんだからね! でも、あそこまであたしたちの毛並みを気にして、毎日のように『磨かせろ』って迫ってくるなんて……あ、あいつ、本気であたしたちを口説きにきてる(求婚してる)んじゃないかしら!?」


「そうだクマ! あんなにギラギラした目でオレたちの剛毛を心配してくれる男、他にいないクマ!❤」


 ◇


「ふぅ、午後からもたくさんのお客様が来るから、特製クシをしっかり手入れしておかないとな」


 庭のベンチで、俺は満足げにクシを拭いていた。プロのトリマーとして、原石を磨き上げる準備に妥協は一切ない。

 そんな俺のプロの眼が、今日も門の影から、複雑なツンデレ視線を送ってきていたシャロンとクゥマの姿を正確に捉えた。


「……あ、シャロンさんに、クゥマさん! 今日も偵察ご苦労様! 立ち話もなんだから、こっちでお茶でも飲んでいきなよ」


「ひゃっ!? だ、誰がアンタとお茶なんて……っ! アンタ、あたしたちに毎日そんな不埒なアプローチをして、どういうつもりなのよ!」


 俺はギラギラとした純粋すぎる職人の目を輝かせ、クシを構え直して二人にじりじりと迫る。


「どういうつもりって……決戦の疲れが残っているんだろう? シャロンさん、プレッシャーのせいで肩の筋肉が過去最高にガチガチになって、美しい毛並みが可哀想なことになっている! クゥマさんも驚きのあまり変な力が入って背中の剛毛の絡まりが限界突破しているよ! 職人として絶対に放っておけない! 今すぐ俺にブラッシングとマッサージをさせてくれ!」


「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! そんな真剣なプロポーズ(求婚)みたいな目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に嫁入りになっちゃうじゃないのよぉぉ!」


 シャロンは顔を真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的な職人オーラ(快感の予感)に身体がすくんで escape(逃げる)できない。


「ク、クシの誘惑が今日も情熱的すぎるクマ……! だ、ダメクマ、ここでヘタレ込んだら本当に連れて行かれちゃうクマ……うゥぅ❤」


 クゥマも必死に腕で防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。


「マスター、ストーーーーップですぅ!!」


 ズサアアアアッ!

 そこへ、驚異的な反応速度で割り込んできたメリンが、新しく洗濯したばかりの巨大なふかふかシーツを俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。


「シャロンちゃん、クゥマちゃん! うちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」


「そうです! マスター、あいつらは勘違いを拗らせた、ただの不器用なツンデレです! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」


 フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、厨房から出てきたカルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。


「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」


 結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間へ引きずられていくのだった。

 レントの純粋すぎる毛並み愛が、ライバルたちのツンデレとメイン3人の防衛網をさらに過熱させていく。

 公式決戦の余韻が冷めやらぬ『アルカディア』には、今日も賑やかで温かい、可愛い修羅場の声がどこまでものどかに響き渡るのだった。


第19話をお読みいただき、ありがとうございます!

公式決戦の大勝利を経て、ボロ宿の経営はますます盤石になる一方、シャロンとクゥマの「求婚されているのではないか」というツンデレな勘違いはさらに深まることに……。

後半は、お約束のメイン3人による高速阻止&ライバルたちの悶絶劇をたっぷりお届けしました。


次回、公式決戦で大恥をかかされた悪徳ギルドのバルトスが、ついに「最終強硬手段」としてボロ宿の強引な土地買収・立ち退き書類を持って怒鳴り込んでくる……!?

絶体絶命のボロ宿に、あの「最強の後ろ盾」が再び降臨します!


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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