第18話:王都中央広場の決戦、凍てつく魔狼
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! これより王都一等地の高級スパ『ラグジュアリー』と、郊外のボロ宿『アルカディア』による、魔導ギルド公認・公式お世話決戦の開幕だぁ!」
王都中央広場は、割れんばかりの熱気と大歓声に包まれていた。
広場の中央には頑丈な鉄柵で囲まれた特設ステージが組まれ、周囲には街の冒険者や農家、さらには噂を聞きつけた貴族たちまでもが黒山の人だかりを作っている。
「ふははは! お前のような若造が我がゴルドア商会の利権を脅かしたこと、後悔させてやるわ!」
観客席の最前列で、悪徳ギルド上層部のバルトスが、勝利を確信したように下卑た笑みを浮かべて葉巻をふかしていた。
彼らがステージ上に用意したのは、巨大な魔導鉄檻に入れられた最難関魔獣『ブリザード・ウルフ』。檻の隙間から漏れ出す冷気だけで広場全体の温度が急激に下がり、近づく者すべてを威嚇するように、氷の剛毛をバリバリと逆立てて目を血走らせている。
「まずはウチの『ラグジュアリー』からよ! 最新の魔導バイブレーション機、出力最大! 一瞬で整えてあげるわ!」
ステージに上がったシャロンとクゥマが、ギルドの面目のために巨大な最新魔導機器を構えた。
だが、機械が凄まじい駆動音を立てた瞬間、魔狼は激昂。「グルルル……ガルルァッ!」と咆哮を上げ、ステージ全体を一瞬で凍りつかせるほどの猛吹雪を吐き出した。
「ひゃああっ!? だ、ダメだクマ! 最新機器の音を嫌がって、オレたちの力でも全く抑え込めないクマ!」
クゥマが丸太のような腕で押さえつけようとするが、冷気の嵐に弾き飛ばされ、シャロンもポニーテールを凍らせながら後ずさるしかなかった。バルトスたちの最新科学もどきの魔導兵器では、野生の王の心を掴むことなど到底不可能なのだ。
「危ないから、二人は下がって」
俺はエプロンの紐をきゅっと結び直すと、特製の木彫りクシを片手に、丸腰のまま鉄檻の前へとふらりと歩み出た。
「ちょ、ちょっとレント、馬鹿じゃないの!? 本当に凍りついて死んじゃうわよ!」
「戻るクマ! あいつは本当に危ないクマ!」
シャロンとクゥマが悲鳴を上げる。観客の貴族たちも「無謀だ!」と息を呑むが、ステージの袖で見守るメリンたちは「いつものこと」とのんびり応援の旗を振っていた。
「よしよし、怖くないよ。こんな騒がしいところに連れてこられて、寒くて、痛かったね。……ほら、ここがずっと辛かったんだろ?」
俺は魔狼が放つ凍てつく爪撃を紙一重でかわすと、その氷の剛毛の隙間にそっと指先を滑り込ませた。
昨晩、シャロンたちがツンデレ監視のついでに教えてくれた弱点と、俺の【神の眼】が合致する。
魔狼の首の付け根、冷気が最も密集する深部に、長年のストレスと過剰な魔導振動のせいでできた『永久凍土のようなコリの塊』がハッキリと見えた。俺はそこへ、骨格に合わせて優しく、しかし確実な力加減でグッと指圧を施した。
「ワ、ワンッ……!? わ、わ〜〜〜〜ん……❤」
次の瞬間、広場を包んでいた猛吹雪がピタリと止んだ。
世界を凍らせる最難関魔獣が、嘘のようにしんなりと耳を寝かせ、だらしなく目をハートにして俺の足元にごろ〜んとひっくり返ったのだ。もっと撫でろと言わんばかりに、太い尻尾を千切れんばかりに左右に振って甘え始める。
「な、何が起きたのよぉぉ……!? あの氷の魔狼が、一瞬でただの甘えん坊な大型犬に……!?」
シャロンが目を見開いて絶句し、クゥマも顎が外れそうなほど驚愕していた。
俺が特製の木彫りクシで毛並みを整えていくと、魔狼の氷の剛毛は太陽の光を浴びて、まるで極上のダイヤモンドを敷き詰めたかのように、まばゆい神秘的な輝きを放ち出した。
「「「う、美しい……! 素晴らしいぞ、アルカディア!」」」
衆人環視の広場全体から、地鳴りのような大歓声と拍手が巻き起こる。
バルトスは「あり得ん、そんな馬鹿なことが……!」と葉巻を落とし、顔面蒼白で震えていた。公式お世話決戦は、ボロ宿『アルカディア』の圧倒的な完全勝利で幕を閉じたのだ。
◇
「ふぅ、職人として最高の磨き甲斐がある原石だったな」
大歓声の中、俺は満足げにクシを拭いていたが、トリマーとしてのアドレナリンは完全に限界を突破していた。俺のギラギラとした純粋すぎるプロの目が、ステージの上で放心状態になっていたシャロンとクゥマをロックオンする。
「……ん? 大変だ二人とも! さっきの魔狼の吹雪のせいで、シャロンさんの美しいポニーテールが過去最高に凍傷寸前でパサついている! クゥマさんも驚きのあまり変な力が入って手首がガチガチだ! 職人として絶対に放っておけない、今すぐ俺にブラッシングをさせてくれ!」
「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! 魔狼をワンちゃんにしたそのゴッドハンドで、あたしを触るんじゃないわよぉぉ!(仕来りで大衆の前で本当に婚約になっちゃうじゃないのよぉぉ!)」
シャロンは顔を耳まで真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的なプロのオーラに身体がすくんで逃げ出せない。
「ク、クシの輝きが広場でも容赦ないクマ……! だ、ダメクマ、ここで服従したら本当に嫁入りになっちゃうクマ……うぅぅ❤」
クゥマもブラシで必死に防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。
「マスター、ストーーーーップですぅ!!」
ズサアアアアッ!
そこへ、驚異的な反応速度で客席からステージへ飛び込んできたメリンが、新しく洗濯したばかりの巨大なふかふかシーツを俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。
「シャロンちゃん、クゥマちゃん! 王都市民の前でうちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」
「そうです! 公開プロポーズは厳禁です! マスター、あいつらは果たし状をダシにした、ただの不器用なツンデレです! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」
フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、カルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力でステージの端へと押し戻していく。
「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」
「ダメなものはダメですぅー!」
結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと引きずられていくのだった。
大衆の前で証明された圧倒的な技術。
ボロ宿『アルカディア』には、今日もモフモフの奇跡と、賑やかで可愛い修羅場の声がどこまでものどかに響き渡るのだった。
第18話をお読みいただき、ありがとうございます!
王都中央広場で行われた公式お世話決戦は、レントのゴッドハンドによってブリザード・ウルフがただの甘えん坊大型犬と化し、ボロ宿の完全勝利!
悪徳ギルドのバルトスの鼻を明かす爽快な一話となりました。
後半は、大衆の前で職人魂が暴走したレントと、必死に抗うライバル、そして超スピードで乱入するメイン3人のお約束コメディをたっぷりお届けしました。
次回、この大敗北によってバルトスたち悪徳ギルドがさらに卑劣な手段を計画する一方、ボロ宿にあの「強制婚約」の仕来りを巡る、さらなるドタバタの波乱が訪れる……!?
続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!




