第17話:最難関の魔獣と、決戦前夜の特訓
「……はぁ。商業ギルドも、本当に大人げない手段を使ってきますね」
お昼下がりの作戦会議。フィオが公式決戦の規約書を睨みつけながら、金の狐耳を不機嫌そうにピコピコと動かしていた。
果たし状によって突きつけられた公式お世話勝負の舞台は、三日後の王都中央広場。衆人環視の中で行われるその決戦に向けて、悪徳ギルド側が用意したお題の魔獣が、先ほど通知されたのだ。
「最難関の指定魔獣、ですか……。フィオちゃん、一体どんな生き物なんですぅ?」
メリンがふかふかのウールを揺らしながら心配そうに覗き込む。
「『ブリザード・ウルフ(氷の魔狼)』です。全身が凍てつく氷の剛毛で覆われていて、下手に近づけば部屋ごと氷漬けにされるという、ギルドの地下厩舎でも完全に手がつけられなくなっている凶暴な野生個体だそうですよ」
「まあ……。そんな気難しい子を、わざわざ勝負の場に引っ張り出してくるなんてね。下手をすれば大怪我をしてしまうわ」
カルラが厨房からお茶を運びつつ、笑顔のまま背後にうっすらと黒いオーラを漂わせる。
「大丈夫だよ、みんな。ブリザード・ウルフなら、冒険者時代に何度も森で見かけたことがある。あの子たちが狂暴化して周囲を凍らせるのは、ただ部屋が暑かったり、毛流れの間に冷気が詰まって皮膚がガチガチに凝り固まったりしている時だけなんだ。職人として、そのコリを一瞬でほぐしてあげれば、すぐに可愛いワンちゃんに戻るはずさ」
俺はいつも通り、庭のベンチで特製の木彫りクシを丁寧に磨きながらのどかに微笑んだ。
世界の破壊神である古代竜をブラッシングした俺にとって、氷の魔狼も磨き甲斐のある最高の原石にしか見えなかった。
◇
その日の夜。決戦に向けた「特訓」と称して、俺は居間で特製クシの手入れに没頭していた。
そんな俺のプロの眼が、今日も窓の影から、心配そうにこちらを覗き込んでいたシャロンとクゥマの姿を正確に捉えた。
「……あ、シャロンさんに、クゥマさん! こんな夜更けに偵察(夜間監視)ご苦労様!」
「ひゃっ!? だ、誰が夜間監視なんか……! アンタたち、ブリザード・ウルフがどれだけ危険か分かってないみたいだから、忠告しに来てあげただけよ!」
シャロンがポニーテールを激しく揺らし、顔を真っ赤にして窓を開けた。
「そうだクマ! あの魔狼は、オレたちが力づくで鉄クシを入れようとしただけで、厩舎ごと吹雪で凍らせた最強の暴れん坊なんだクマ! アンタに怪我をされたら、オレたちのプライドが……じゃなくて、勝負にならないクマ!」
二人はツンデレな言い訳をまくし立てる。バルトスの命令で公式勝負を仕掛けたものの、レントが怪我をするのではないかと本気で心配して、夜遅くにわざわざ弱点や特徴を教えにきてくれたのだ。二人のその職人としての優しさに触れ、俺のトリマーとしての血が再び激しく沸騰し始める。
「ありがとう二人とも。本当に優しいな。だけど、シャロンさんにクゥマさん……そんなに夜遅くまで俺たちの心配(無自覚)をしてくれたせいで、二人の身体は冷え切ってボロボロじゃないか!」
俺の目は、すでにギラギラとした純粋すぎるプロの目に切り替わっていた。
「シャロンさん、夜風のせいで肩の筋肉がさらにガチガチになって、美しい毛並みが泣いている! クゥマさんも、気疲れのせいで背中の剛毛の絡まりが限界突破しているよ! 職人として絶対に放っておけない! 今すぐ俺のクシで最高美に整えさせてくれ!」
俺は特製クシを構え、ギラギラとした純粋すぎる職人の目を輝かせて窓際の二人にじりじりと迫る。
「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! アンタにそんな真剣な目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に夜這い(求婚)になっちゃうじゃないのよぉぉ!」
シャロンは顔を耳まで真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的な職人オーラ(快感の予感)に身体がすくんで escape(逃げる)できない。
「ク、クシの輝きが夜でも反則クマ……! だ、ダメクマ、ここでヘタレ込んだら本当に嫁入りになっちゃうクマ……うぅぅ❤」
クゥマも必死に腕で防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。
「マスター、ストーーーーップですぅ!!」
ズサアアアアッ!
そこへ、寝間着姿のまま驚異的な反応速度でベッドから飛び出してきたメリンが、巨大な冬用のぬくぬく毛布を俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。
「シャロンちゃん、クゥマちゃん! 夜中にうちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」
「そうです! 夜這いは厳禁です! マスター、あいつらは果たし状をダシにした、ただの不器用なツンデレ常習犯です! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」
フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、奥の部屋から出てきたカルラが笑顔のまま「夜更かしはめっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で窓の外へ押し戻していく。
「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」
「ダメなものはダメですぅー!」
結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間の奥へ引きずられていくのだった。
決戦前夜の、いつもの可愛い修羅場。
しかし、ライバルたちのツンデレなアドバイスによって、俺はブリザード・ウルフの骨格とツボの配置を完全に把握した。
いよいよ三日後、王都の住民全員が注目する中央広場にて、運命の『公式お世話決戦』の幕が上がる――。
第17話をお読みいただき、ありがとうございます!
公式お世話決戦のお題が、誰も言うことを聞かない最難関魔獣「ブリザード・ウルフ」に決定しました。
レントの身を案じて、夜遅くにツンデレ監視がてらアドバイス(弱点暴露)をしに来てくれるシャロンとクゥマの優しさが光る一話です。
後半は、寝間着姿のメイン3人によるお約束の高速阻止&ライバルたちの悶絶ツンデレ劇をたっぷりお届けしました。
次回、いよいよ王都中央広場にて「公式お世話決戦」が開幕!
悪徳ギルドのバルトスが見守る中、レントのゴッドハンドが衆人環視の前で炸裂します!
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