悲鳴の聞こえる「鉄の処女」
有名なアイアンメイデン(ロックバンドのことじゃありません)のお話。
ファラリスの雄牛の残虐さと、どっこいどっこいな器具ですね。
これは大学の友人から聞いた話。
ある博物館でバイトをしていたHくんは、その少し変わった博物館に届けられた、アイアンメイデンについての逸話を聞いたのだという。
「あれ? こんなの、いつ届いたんですか?」
バックヤードに置かれた木箱に気づいたHくんは、博物館の館長を呼び止めた。
「うん、昨日の夕方に届いてね、さっそく展示したいんだが──重いからね、注意して運ばないと」
そう言って台車を持ってくる館長。
「妙に大きな箱ですね、まるで棺桶みたいだ」
「当たらずとも遠からず、といったところだね」
Hくんの言葉に館長はニヤリと笑いながら、木箱の蓋をバールでこじ開けようとする。
「これはね、アイアンメイデンだよ」
歴史資料館という名の、さまざまな器具を展示する博物館。その中でも特に大きな展示物になるであろうそれは、簡単に言えば拷問器具だった。
若い女の血を集めるために、バートリ・エルジェーベト(エリザベート・バートリ)が生み出したという、おぞましい装置。
釘で止められた木箱の蓋を強引にはずすと、その中に女性の姿をした鉄棺が納められていた。
「なんですか? これは」
「知らないのか、これは拷問器具だよ」
嬉しそうに言いながら、それを台車に乗せるよう言い、館長も重いその鉄棺を持って、展示場所まで運ぶ。
「拷問器具って……まさか、実際に使ったやつですか⁉」
「いやいや、これはレプリカだよ。──本物のほうはには、いろいろな言い伝えがあってね。夜になるとこの鉄棺から女性の泣き声が聞こえたり、蓋を閉めると、中から女性の悲鳴が聞こえたりするんだとか」
館長は笑いながらその鉄棺の蓋を開ける。
中には鋭く尖った鉄の棘が無数に突き出ており、蓋の内側にも棘がついていた。
「ぐわぁぁ……」
痛そうだとHくんがつぶやくと、館長はこともなげに言う。
「そうだろうねぇ。なにしろすぐに死なないように、中で串刺しにされた女性が血を出し切るまで苦しめる。そんな器具だから」
中を見ていた館長が不思議そうな顔をしていたらしい、Hくんはそのことに気づき、何かあったんですかと尋ねた。
「いや……そんな、まさかな」
館長は言葉を濁し、そそくさとその場をあとにしたという。
そして──よせばいいのに、その夜にこっそりと博物館を訪れたHくんは、彼女のSさんを連れて博物館に忍び込んだらしい。
合い鍵を使って裏口から入った彼は、彼女にそのアイアンメイデンを見せて、昼間に聞いた「アイアンメイデンにまつわる噂」を披露しようと考えたのだ。
暗い博物館の一角だけ明かりをつけると、目的の場所まで彼女を連れて行く。
「夜の博物館って、こわいね……」
と、怯えるSさんの反応を楽しみながら、Hくんは展示場所に置かれたアイアンメイデンに近づいた。
「え……ちょっと、誰かいるよ」
彼女がHくんの袖をひっぱりながらそんなことを口にした。
「はぁ? 誰もいるわけないだろ。鍵がかかってんだぞ、ここは」
いいから行くぞ、そんなふうに言って、サディスティックな笑みを浮かべるHくん。
彼女は小声で「女の人の泣き声が聞こえる」そうつぶやいていたらしい。
彼はその言葉を無視して、アイアンメイデンの前に彼女をひっぱって行くと、光の差す下に──うす汚れた鉄の棺桶が置かれていた。
「これはアイアンメイデンといって──」
と、得意げにその拷問器具の説明をしようとしたHくんをさえぎって、Sさんはこう言った。
「知ってるよ、拷問器具でしょ。『鉄の処女』っていう名前の」
出鼻をくじかれたHくんだったが、めげずにその鉄棺について語られる噂話を──館長から聞いた言葉を思い出しながら──語った。
「このアイアンメイデンには噂があって、蓋を閉めると拷問で死んだ女性の悲鳴が聞こえたり、この棺桶から夜な夜な女性の泣き声が聞こえたりするらしいぜ」
そう言われたSさんと同時に、Hくんも顔が青ざめた。──さっき彼女の口から、「女の人の泣き声が聞こえる」と聞いていたのを思い出したのだ。
「ま、まあ噂だよ噂」
彼女はそう言いながらアイアンメイデンのほうに振り向き、蓋を少々乱暴に閉めた。
すると──
「キャアァアァァァ──────‼」
鉄棺の中からくぐもった、それでいて鋭い悲鳴があがったのだ。
「うわあぁあぁぁっ⁉」
思わず恐怖から足がすくみ、Sさんがいた後ろに倒れ込んだHくん。──ところがそこにSさんはいなくて、彼は冷たい床に尻から倒れ込んだのだ。
「S? おい、どこ行った? 待ってくれよぉおぉぉ──────!」
HくんはSさんが一目散に博物館の裏口に逃げ、バックヤードのほうに向かったのだと思った。
ところがバックヤードにも彼女の姿はない。
恐怖にかられた彼は、裏口から外に出てSさんの姿を探したが、どこにもいなかったのである……
まさかまだ博物館の中にいるのか? そんなふうにも考えただろうが、彼は先ほどの悲鳴を聞いてすっかり怯えきっていたので、その日は家に帰ったのだという。
その日の夜にも、次の日の朝にもSさんの携帯に電話をかけつづけたが、ぜんぜんつながらない。
「怒らせたかな……」
そう思いながら博物館に行くと、鍵を閉め忘れていたことを思い出し、慌てて裏口から建物の中に入って行く。
思ったとおり鍵は開いていて、しかも館内の一ヶ所の電気がつけっぱなしになっていた。
昨夜のことを思い出しつつ、アイアンメイデンのところに近寄ろうとすると、どこからか、シクシク、シクシクと──女の泣き声が聞こえてくる。
それは消え入りそうな声で、「いたい……いたい……」と泣いているのだ。
彼はまた恐怖にかられてその場を逃げ出すと、今度は裏口の鍵も閉めて、館長に今日はバイトを休みますとメールした。
彼は家に帰ると、何度もSさんの携帯に電話したり、メールを送ったりしていたが、なんの反応もない。
すっかり意気消沈し、恐怖と彼女を怒らせてしまった罪悪感から逃げるように、彼は普段は口にしない酒を飲んで眠ってしまう。
彼が起きたのは、その日の夜だった。
部屋の中は真っ暗で、ベランダ側の窓ガラスの外も、異様に暗くなっている。
部屋の明かりをつけると、彼は窓を開けて空気を入れ換えようとした。
すると──窓ガラスに誰かが映り込んでいる。
Hくんの背後に立っているのは、体中を血まみれにした女。
「うわぁあぁぁぁっ‼」
彼は絶叫しながら振り向いたが、そこには誰もいない。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんだ、錯覚かよ──」
そう言って窓のほうを見ると、そこには先ほどよりも近く、彼のすぐ後ろに立つ、女の姿が映っていた。
それは体中を赤く染めていたが、Sさんだったと、ようやく気づいたH。
なんとも恨めしそうな表情で彼をにらみつけ、頭からも首からも血を流した彼女は、血を吐きながら、こう口にする。
「なんで、私を置いて帰ったのよ──なんで、すぐに助けてくれなかったのぉおぉぉォオぉァアぁァッ‼」
その絶叫を聞いてHくんは思い出した。
アイアンメイデンの中から聞こえた悲鳴は、Sさんのものだったということを……
また新しいアイデアが閃いたら書きますね~




