廃屋の住人
ぼくは映画監督のアシスタントをしている──かなり長い間、この仕事をつづけながらチャンスを待っていた。
もちろん自分で映画を撮るために日々の勉強を重ね、人脈を作り、そうした活動をしながら、今回の映画撮影のために古びた建物を探し出した。
監督が求めていたイメージにあう、その建物があった場所は──都市部から少し離れた森の中にある一軒家。
大きさは2階建ての建物としては、そこそこ大きな間取りの建物。
事前確認をおこなうためにぼくは、もう1人のアシスタントである田中をつれて、その建物を見学に行った。
案内を請け負った不動産屋は、中年の──いかにも業界に通じた、という感じの男だ。
「この建物は──築8年。以前の住人はK県に引っ越されたということです。すぐにでも人が住めるよう、定期的に清掃されており、状態は維持されています」
おすすめですよ、と不動産屋は言う。別に居住するつもりではないので、ぼくは「撮影のため」と正直に話した。
「さ、撮影ですか⁉」
そう中年男は驚いた表情をしてみせる。……しかし、なにか様子が変だ。こういうとき、「撮影で使われるなんてすごい、どういった撮影ですか?」そんなふうに尋ねてくるものだが──その不動産屋は、なにか気まずそうな、落ち着きがない様子をしはじめた。
そのことを尋ねると、彼は慌てて首を横に振る。
「いえいえいえ、そんなこと、ありませんよ?」
すると1階の廊下を歩いていた僕らの頭上から、板がきしんだみたいな音が聞こえてきた。
「……上に誰かいるんですか?」
田中が上を見上げながら中年の不動産屋に尋ねる。不動産屋は乾いた笑いを口元に浮かべ、ひきつった笑いをしたまま「そんなわけ……ありませんよ」と答える。
しかし、足音のような物音が上から聞こえている。ぎしっ、ぎしっ、と音が聞こえているのだ。
「やっぱり誰か入り込んでいるんじゃないですか?」
田中は2階に向かう階段を上がって行く。
ぼくもあとを追って2階へ上がった。
ぎしぎしと小さな音を立てる階段を上がって廊下の左右を見ると、田中が左側を進み、手近なドアを開けて部屋の中を確認する。
こちらも田中と反対側の部屋を確認して回ることにした。
1部屋1部屋を確認したが、誰もいなかった。
さっきの音は建てつけのせいだと不動産屋は説明したが、どうにも腑に落ちない。
建てつけが悪いというレベルではなかった。明らかに人が歩く足音だったはずだ。
ともかく2階にある部屋もすべて見て回ってみたが異常はない、撮影で使用するにはじゅうぶんな物件だろう。
すると1階の方からまた音が聞こえてきた。それは玄関のドアが開く音だった。
「誰か入ってきたのかな?」
ぼくは不動産屋の男にそう言ったが、彼は「さあ……?」と首をかしげただけだ。階段を降りて1階に行くと、玄関のドアが開け放たれている。
「ばたん」と音を立ててドアが閉まった。
気味が悪い、閉じ込められたような気がしたのだ。
「田中ぁもういいよ、下に降りてこい」
そう2階に向かって声をかける。……ところがなんの反応もない。
部屋に入っていて聞こえなかったのかな?
そう思ったぼくは不動産屋と2階の部屋をすべて調べたが、田中はいなかったのである。
「どういうことだ?」
監督のほうに連絡すると、物件を訪問中に田中がいなくなったと告げ、警察に事情を話しているところだと説明した。
「まいったな……」
監督のつぶやきは、警察沙汰になんかしたくない、という気持ちがありありと感じられた。
警察には2階の部屋を見ているときに、1階の玄関から田中が出て行っただけかと思ったことを説明した。
実際にそうとしか考えられない。
田中がいなくなってから数週間がたった。アシスタントにすぎない田中がいなくても映画の撮影は予定どおりクランクイン。
撮影中も問題なく収録がすすみ、半年後にはクランクアップした。
その数ヶ月後に無事、映画の公開となったわけなのだが──問題が起こった。
編集の時点ではなにも問題がなかった映像に、不可解な人物が映り込んでいると話題になったのだ。
「そんなばかなことがあるもんか!」
編集には監督も参加しているし、気づかなかったはすがない。
だいたい初日には映画館で見ているのだ。
そんなものが映り込んでいるはずがなかった。
監督らと共に映画館のスクリーンの前で、改めて映画を見ることになった。
上映してしばらくするとぼくと田中が借りにいった建物が見えてくる。
「あっ」
とアシスタントディレクターが声をあげた。
「なんだ、どうした」
「2階の窓に……人影が映っていたような」
そんなはずは……監督が指示を出し巻き戻す。
──建物の窓ガラスには、たしかに男の姿が映り込んでいる。
つづけてその先を見ると、もっとはっきりと人影が映っている場面が何ヶ所もでてきたのだ。
俳優たちがイスに座ってしゃべっている場面で、その背後に立ち尽くすズボンをはいた男の下半身。
庭から撮った映像には、曇りガラスの向こうに立つ男の影。
そして極めつけが俳優が電話にでているシーン。
「田中!」
携帯を耳に当てている俳優の後ろに田中が立っているのだ。
その表情はうつろで、口をだらしなく開けたまま白目をむいて立ち尽くしている。肌の色が悪く、血の気がないみたいだ。
田中の、まるで──死人みたいな表情。
映画は公開を中止せざるをえなかった。
あの建物の中で、田中はいまだにさまよっているのだろうか……




