カーナビの誘い
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なんのことかわからない人もいるでしょうが、お気になさらず。
これは俺が遠くに行こうと、車を運転してA県S市までやって来たときの話。
初めて訪れた場所をドライブするのが好きだった俺は、山の中にある車道を通って、気ままにドライブを楽しんでいた。
窓を開けてタバコを吸いながら、風を感じつつ色々なことを思い出す。
実は今回のドライブの前に、半年ほど付き合っていた女と別れたのだ。理由は俺の浮気が原因だった。
「ばれなきゃいいだろうに、あの女、わざわざ興信所の人間に浮気調査とかさせてんだぜ? なにそれ、俺のこと信じてないの?」
そんな風に携帯電話を片手に、友人の牛碕と話しながらドライブを続ける。
開いた窓からタバコを投げ捨てると、車など1台も通らない道をかっ飛ばす。
「おまえ、何度目だよ。浮気がバレんの、マジでいい加減にしろよ」
1、2、3、……そこまで数えるとバカバカしくなり、数えるのを止める。
「5回くらいじゃね? 知らんけど」
牛碕はわざとらしいため息をつくと、俺に説教じみたことを言い始めた。
「おいおい、やめろよ。気晴らしにドライブしてるんだ。オマエの説教なんて聞きたかないぜ」
すると牛碕は急に怒気を強めて「そうか、わかった。もういいわ、好きにしな」そんな言い方をして、一方的に電話を切った。
あいつが急に怒り出す前に、何か……聞いたことのある女の名前を口にしていたような──
奴の態度に腹は立ったけど、確認しようと思い、牛碕に電話をかけることにした。すると──あいつは俺を着信拒否にしやがった。
「あのクソヤロウ! 帰ったらぶん殴ってやる!」
俺は車の中で喚いた。
そのときカーナビが、右への進路を取るように言ってくる。
対向車はいない。俺は派手な音を立てて道を右折した。
目的地に設定したラーメン屋。だいたいの住所を調べて登録したので、正確な位置はわからないが、たぶん店の近くにはたどり着くだろう。
「けっ、それにしても牛碕の奴、生意気になったよなぁ。彼女ができたからか? 人の恋愛に首を突っ込むなっつの。何様のつもりだ? あいつ」
ブウゥゥンと大きな音を立てて車を走らせる。
そのとき、カーナビから変な音と声が聞こえてきた。
「(ザザァッ)……ゅ、さな……ぃっ……(ザザッ)、ゅる、さ──なぃ、ぁアァぁあァ……」
「なんだぁ? もう壊れたのか? このカーナビ」
カーナビからの雑音がひどくなり、耳をおおうほどの大きな音が漏れ出た。
「ガァガガァ──ッ! ザザザァ────ッ!」
「うわぁっ⁉ なんだ……っ!」
片手でハンドルを握り、片手で耳をおおう。
ふと、バックミラーを見ると、後部座席に女が座っているのが見えて、俺は慌てて振り返る。誰かが乗っているはずはない。
後ろには誰もいなかった。
だがバックミラーには女が映り、だんだんと身を乗り出して来て、その姿がはっきりと見えた。
「おっ、おまえ……! 美佳か⁉」
確かにその顔は別れた女の1人、美佳だったが──黒い髪の間から覗くその表情は、見たことがないほど憎しみに歪み、怒りに満ちて俺に迫ってくる。
「ゅぅ、ゅるさな──ぃ、おまぇをぉ……ゆぅるさなぁぁぃいぃ!」
カーナビから女の声──殺意のこもった美佳の声が聞こえてきた。
その声の背後で、カーナビの機械的な声色が聞こえてきて「直進してください」と、何度も繰り返してくる。
車の進む先に、白いガードレールが見えてきた。
俺はブレーキを踏んでハンドルを切ろうとしたが、ブレーキは踏み込むことができず、ハンドルには長い黒髪が大量に絡み付き、がっちりと固定している。
「直進してください」
カーナビが繰り返す言葉が、はっきりと聞こえた。
「うわぁあぁぁぁあぁっ‼」
足下の狭い場所から美佳の上半身が現れて、両手でハンドルを握っている。
『おまエをゆルさなァあいィぃ』
不気味な美佳の声。
その顔は笑って見えた。
不気味に歪んだ口元から、血があふれている。殺意に満ち血走った目。狂喜したみたいな笑みを口元に浮かべている。
前を見ると、俺の車はガードレールを突き破り、崖の下へと落ちて行った。
* * *
事故の後、俺は人づてに牛碕に連絡を取り、電話で言っていたことを尋ねた。牛碕は俺が事故にあったことは聞いているはずだが、「大丈夫か」とも聞いてこない。それどころか、電話に出て俺と口を利くのもいやだ、と言わんばかりの口調でこう言った。
「あの日の前日に、清原美佳が死んだんだよ。飛び降り自殺だったらしい。遺書に、お前への恨みの言葉がびっしりと書かれていたそうだ。──じゃあな、もう二度と俺に関わらないでくれ」
美香は浮気されたことを苦にして、その恨みを募らせていたらしい。美佳は鬱病にかかり、俺への恨みを友人に吐露していたんだとか。
俺はあの事故で半身不随になってしまい、自力で立ち上がることもできなくなってしまった。
浮気をされたくらいでそこまで人を憎むなんて──俺は、動かなくなった脚を叩くと、美佳への恨み言をぶつぶつと呟きながら、横にあった大鏡を見る。
そこには、俺の背後に立ち──ぼうっと俺を見つめる、不気味な女の姿がそこにあった……




