手軽で、気軽に、死んでいく。
今年入社したばかりの新人、うちの課では有名だ。親のコネで入社して来たという若造。このご時世で、未だにそんなことが行われているのかと──絶望的な気持ちになる。
いまそいつが目の前で、スマホをいじりながら昼食を食べている。
「スマホを置いて飯を食え」
私が言うと、そいつ──茨司はちらりとこちらを鬱陶しそうに見て、「へぇ──ぃ」と声を上げる。
一昔前ならこんな馬鹿なガキは、ぶん殴られて首にされて当然だったと、上役の1人が嘆いているのを耳にした。それがいまでは、パワハラだのなんだのと……そうしてできあがったのが、この若造というわけか。
日本は終わったな。
そんなふうに思う。
こんな連中がのさばるくらいなら、無くなった方がマシというものだ。愚かな政治家と愚かな人道主義には反吐が出る。
いつからこの国は社会性の無い動物を、人として認めるようになったんだ?
「何を見ているんだ?」
私は茨司に尋ねた。別に興味があったわけではない。何となく気が向いたのだ。
「ああ……これは、小説投稿サイト? っていうんですか。それを見ているんス」
小説なんて読むのか、私はそう率直な意見を口にした。
こいつが読んでいる物と言えばマンガ。見るテレビ番組と言えばお笑い芸人が出ているバラエティーのみ、そんな奴だ。
すると茨司は「いや、ほとんど読まねえっス」と口にした。
「ここ投稿している奴ら、マジ笑えますわ。しょうもねぇ物を書いてそれを晒して。……そんな連中の書いた物に低評価を付けて、馬鹿にする感想を送って、遊んでるんス」
私は正直、腹の底からこの若造が気持ち悪くなった。手を付けていたうどんが、もうこれ以上のどを通らない。それくらいに吐き気がする。
自分では何もしない奴が、ろくに仕事もできない奴が、他人に評価を下せると思っているのか。
「いやほんと、バカな連中ですわ」
マジうける──とか言いながら、カレーライスを食う茨司。
こいつは自分を客観的に見ることができないのだろう。思考をしない連中はみなそうだ、動物だ。人間以外では象だけが「自分」というものを認識できると言うが、この茨司という男は象にも劣る。
うちの息子がこんな正真正銘のクズに育ったら……そう思うと怖気が走る。
この新人をベテランが交代で受け持って仕事を教えているのだが、誰からもこの茨司という若造は嫌悪されていた。
中にははっきりと上司に向かって「あんな奴とは一緒に仕事をしたくない!」と吠えた同僚もいる。
私は家に帰ると、その新人の話を中学2年の息子に聞かせ、「そんな奴には絶対になるな」と強く言い含めておいた。
その後も交代交代で茨司の面倒を見ていたのだが……どうしたことだろう。
茨司は日に日に弱々しく、大人しくなっていくのだ。
まるで水を与えられない雑草が萎び、枯れていくみたいな──そんなふうに。
同僚たちもいぶかしんでいたが、誰も心の底から心配したりはしなかった。……当然だろう、誰がこんなクズの身を案じるというのだ。
ある日社員食堂で、スマホを手にしながら食事も食べずに、指でスマホにぽちぽちと触れて、虚ろな表情で画面を見ている茨司を見かけた。
その姿を最後に、奴は会社にも来なくなった。
数日後、私のスマホに1通のメールが届いていた。
それは茨司からのメールで、それを開くと──まるであいつらしからぬ文章で、こう書かれていた。
「宮野さん。突然のメール、申し訳ありません。
ずっと会社を休んだことも、本当に申し訳なく思っています。
いえ、それ以前にも、私は多くの人に迷惑をかけ、不快な思いをさせていたことでしょう。いままで自分がスマホを使って書いてきた文章を読み返し、自らが発言してきた言葉を思い返すと、私は恥ずかしくて、申し訳なくて、この気持ちを言葉で言い表すこともできません。
そう、私は多くの人々に悪意を持って接し、相手を見下し、馬鹿にすることで──そうすることでしか自分を肯定できない、優越感を感じていたいだけの化け物になっていたのです。
私はもう、死のうと思います。
死んで、真人間に生まれ変わってやり直そう、そう決心しました。
いままでご迷惑をおかけし、まことに申し訳ありませんでした」
そんなことが書かれていたのだ。
私は茨司にすぐ電話をかけたが繋がらない。
もう夜中だ。明日、会社に行ってこのメールを上司に見せよう。そう考えた。
翌日、朝礼で上司が話したのは、茨司令次が自殺したという報告だった。
私や私の同僚にメールを送った直後に、首を包丁で切り裂いて自殺したらしい。
警察からも任意での事情聴取を受けたのだが、そのとき、警察官がこんなことを言っていた。
「スマホが見つからないんですよね。確かに自殺する直前までスマホを操作していたはずなんですが、不思議です」
* * *
もやもやとした気持ちを抱えたまま、その日は仕事を終え──すぐに帰宅することにした。同僚たちも(嫌な奴とはいえ)仕事仲間であった者の死に、飲みに行こうとは言いづらかったのだろう。
家に帰ると、息子が話しかけてきた。
「あの件、どうなったの?」
「あの件って、何のことだ?」
「ほら、新人のろくでもない──奴のこと」
「ああ、茨司……あいつは──」
ふと、息子にだいぶ前に話した話した茨司のことを、なぜ今頃、このタイミングで尋ねてきたのかと不思議に思った。
「まあいいや」
息子はこちらの表情を見て静かに笑うと、背中を向けてリビングの方へ入って行った。
私はそのときの息子の笑顔に、なぜか恐ろしいものを感じ、背筋に冷たいものが走るのを感じた……




