〈王都動乱篇〉第4話 評議会の思惑
治安警察署の取調室、
硬化と耐性が組み込まれた魔法金属で作られていて、取調べを受けている犯罪者が簡単には逃げられ無いようになっている。
机は無く、椅子が一つ置いてあるだけの殺風景な部屋。
全面がマジックミラーになっていて、取調官は別室から質疑をする。
俺は今、その取調室で椅子に座っている。
(…さて、俺の推理だと…多分ここに王都の密偵である消息不明の近衛騎士達の手掛かりが掴める筈なんだけど…この中でどうやって情報を…)
『…変わったところじゃな?この部屋は、何をする処なのじゃ?』
(…此処は犯罪者かどうか調べる部屋ですよ、先生。)
『成る程のぉ、壁に数種類の感知魔法が付与されている様じゃし、壁の向こうには沢山の生命体もおるようじゃ。』
(…分かるんすか?俺には何も感じられないんすけど…)
『此処の結界魔法を破る事は、今の主では未だ出来ぬはずじゃ…が、5感を高め、感知能力を上げる事は可能の筈じゃ。』
(…5感を高める?)
『主が先程見せた〈波動〉を全身に行き渡らせた技を目や耳に集中させて見るが良い。』
先生に言われた通りにやってみる。
目と耳に〈波動〉を集中する…
マジックミラーの向う側に居る人影が見え…徐々に輪郭を成して行く。
耳も研ぎ澄まされ、隣の部屋の音や建物の外の小石が転がる音まで聞こえた。
『その〈波動〉は、我々の魂から紡ぎ出されている力の残影じゃからのぉ、流れ出す力に意識を集中し留めれば、全ての感覚は研ぎ澄まされる…これはその応用じゃな。」
(成る程、これは凄い…)
『魂から放たれている〈波動〉とは、強い〈意思の力〉が具現化した物。』
(…〈意思の力〉ですか?」
『そうじゃ、虚無より世界を創造したのも〈意思の力〉であり、世の全てを変える事が出来るのもその力なのじゃ…
揺るがぬ強固な意思は、何にも勝る力である事を忘れぬようにな。』
(…万物を生み、変革を齎らす力…)
その時、隣室の声が聞こえて来た。
良く見れば、さっきの年配の治安警察官と取調官らしき男だった。
「それで、どうであった?身元は特定出来たのか?」
「それが…ゼロと名乗った事以外、何も…」
「王国のデータバンクにも照会しましたし、各辺境のデータも全て洗ってみたのですが…何処にも…」
(…それは、無理だろね。俺がこの世界に転生したのは1年前だし、王都に来たのも最近だからなぁ。)
「あり得ん、あれ程の力を有している者が未登録な筈がない…これまで、投獄して来た王都の密偵共ですら何かしらの素性はあった。それが一切無いとは…」
(…やっぱり、牢に入れられてるのか…いや、それにしてはおかしいな…近衛騎士は、王都の精鋭部隊の筈、それが、そんなに簡単に捕まるわけが無い…)
壁越しに聞こえる声は明らかに動揺していた。
俺を密偵と決め付けていたのだろう。
「まさか、評議会絡みでは…帝国からの密使なんじゃ…そうなると、マズイですよね。」
もう一人の方はかなり動揺していて、色々口走ってくれた。
(評議会?…帝国が絡んでいる…)
「当たり前だ、俺達の首が飛ぶだけでは済まん。
もしかしたら、本当に辺境の片田舎で暮らしていたのかも知れん…だから、何処にも登録されていないのかも…」
その時、扉が開く音が聞こえる。
もう一人、入って来たのは、インテリ眼鏡を掛けた美女だった。
「何をしている?早く尋問を始めなさい。
何か問題でもあるの?」
「其れが…もしかしたら帝国の密使かも知れないと…」
「何ですって?貴方達一体何をしているんです。
それなら、早く取調べて素性を明らかにさせなさい!」
慌ててマイクを握り、尋問を始める。
[そ、それでは…今から聴取をおこなう。
先ずは、名前と出身地を教えてくれ…ください。]
「俺は、ゼロ。西域辺境地区のダルシム村出身です。」
俺は、〈果ての山脈〉の麓にあった村の名前を出した。
以前、魔物により荒廃し、人が住まなくなった村である。
しばらくの間沈黙が流れ、
[その村は過疎化して今は誰も住んでおらん様だが…此処へは、何をしに来たのかね?]
「村が無くなっちゃったんで、職を探してたら傭兵の募集やってたから志願しに来たんですよ。」
また、沈黙が流れる。
[登録者名簿に名前が記載されているのを確認した。]
「それは、良かった。それで…他に質問は?」
[もう一つあります。昨日貴方がこの街に来た時、女性が居ませんでしたか?長身で濃い紫の髪をした…]
(セシルさんの事だな…)
「…覚えて無いっすね、美人なら一度みたら忘れないんだけど?」
[そうですか…監視映像では、貴方の後ろで門から入る姿を捉えて居たのですが…門内には、その様な人物はいないのです…貴方が何か知っているのではないかと踏んでたんですが…]
(…中に入ってから〈幻影師〉を使ったんだ…にしても、監視カメラすら惑わせるとは…)
「その不審人物の側に居たから…俺も疑われたって事?」
「…そういう事になりますね。」
壁の向こうで取調官の美女は、冷たい目線で此方を見ている。
(…まだ、疑っているんだろうね。)
「それで、俺の容疑は晴れたのかな?」
[…]
返事が無い…
マイクが切られている様だ。
「どうしますか?何か容疑をでっち上げて拘留してしまいますか?」
若い治安警察官が、危険な事を口にする。
「…私は、反対ですな。此処に留めて置くのは余りにも危険です。彼は…」
年配の治安警察官は、腰が引けている。
「傭兵部隊に入る程の力があるか…それでも此処から出られるとは思え無いですね。
まぁ、今の処彼はグレーですからね…しばらく泳がせて見るのも良いでしょう。」
「じゃあ、俺は帰っても良いかな?」
3人はギョッとした。
音声マイクが切れている事を確認するが、間違いなく切れている。
此方の声が聞こえる筈が無い…
[…まだ、何も言っていない…が]
「あぁ、そうだった。しばらく泳がせるなら帰っても良いのかと思って(´∀`*)…それとも拘留します?」
[き、貴様、まさか全部聞こえているのか?!
いや、そんな事あり得無い、この壁は一切を遮断する魔法金属で造られているのですよ?」
インテリ眼鏡の美女の冷静さは消え、驚きの表情を浮かべている。
「お姉さん、驚いた顔も綺麗ですねぇ。
それと、年配のおじさんも口が開きっぱなしですよ?」
声だけでなく姿も見えていると分かると、
3人共、顔が青褪める。
「…な、何者なんだ…お前は…」
「…只の傭兵志願者ですよ?…まぁ、信じてくれ無いでしょうけど…
そろそろ、俺帰りますね、あと尾行付けるなりしてください。」
そう言って席を立ち、入って来た扉に向かうが、扉は固く閉ざされている。
俺は扉に軽く手で押すと、魔法金属性の扉は飴のように曲がり勢いよく吹き飛ぶ。
俺は、何事も無く扉が無くなった出入口から外に出て行った。
その光景に3人の取調官は只々立ち竦むしか無かった。
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評議会議会棟は、東地区の中央にあり幾何学的な造形をしている。敷地面積は東京ドーム3つ分はありそうだ。
最上階の議会室に4人の評議員が座り討論している。
「どうなっておるのだ?まだ、準備は整って無いのかね?」
質問している人物は、評議会最高議長、ドライセン侯爵である。
威厳のある黒髭を生やし、目付きの鋭さが印象的である。
「王都からの密偵が、此処最近では頻繁に来ていて表立って動けないんです。」
小太りの天辺禿げであるツーリング辺境伯が、反論する。
「其奴らは、裏の者達に始末させておるのだろう?何が問題なんだ?」
「其れが問題なんです!密偵を全て始末してしまっては、王都が不審を抱きます。それが、却って危険な状態を引き起こしているのですよ!」
「…まだ暫くは王都に知られては困るからな…じゃが、この街の事を知った密偵も始末しなくてはならんがな…
治安警察の取締りを強化させ、もっと活躍して貰わんとな。」
「…では、これまで通り秘密裏に帝国から物資を横流しさせるのであれば、あと1ヶ月は頂きたい。」
「あと2週間じゃ、それ以上の猶予はない!
それで、国境警備兵団の方はどうなっておる?戦力になる人材確保は出来ておるのか?」
「上層部は、抱き込みましたが、一部反抗している者達がいます…ですが、傘下に加わるのも時間の問題でしょう。
傭兵部隊の方は、順調に精鋭部隊として育成と人材確保を進めています。」
体躯ががっしりしている金髪のエルマーノ伯爵が答える。
「ふむ、それで、王都内の内通者の方はどうじゃ?」
「計画通りに事を進めておる。亜人種共の暴動が起こるのも時間の問題であろう。」
背の高い偉丈夫、キリング子爵が返答する。
「もうすぐじゃ…もうすぐ機は熟す…腐敗しきった王政を払拭する為に、王都を陥落させ、今の王家を滅ぼし、この国を改革する…それが我等の悲願、この大義の決行は、2週間後とする!」
ドライセン侯爵がクーデターを宣言し、評議会は閉会となった。
評議員達が退出し、後に侯爵が一人残っている。
「…メリーナ、控えておるか?」
ドライセン侯爵は、誰も居ない影の方へ声を掛ける。
「はっ、此方に。」
影の中から人影が現れる。
仮面を付けているが女性のようだった。
「他の評議員達は、どうしておる?」
「現在、治安警察の方で身柄を確保し、拘留させております。」
「相変わらず、反対しておるのか?」
「はい、その様です。」
「そうか、決行の日迄に心変わりせぬ様なら始末致せ。」
「畏まりました…」
仮面の女性が、何か含みのある間を持つ。
それを察したドライセン侯爵は、
「どうした?何かあるのか?」
「王都からの密偵と思われる者が、街に潜入しております。」
「またか…今回は何名じゃ?」
「街に潜入した者は、男女2名の様です。
女の方は、かなりの手練れで全く消息が掴めませんが…男の方は、治安警察で取調べを受けた後、釈放された様です。」
「治安警察も緩いな…疑わしきは、滅せよじゃ。
密偵であろうがなかろうが、即刻その二人を始末致せ。」
「畏まりました、排除致します。」
そう言って、後ろに下がる…
「…」
が、何かに気付く…気配を消しながら、再び影の中に消えて行った。
「…もうすぐじゃ、奴隷制度撤廃に反対した我が侯爵家を衛星都市なんぞに左遷したあの忌まわしきカルージャを断罪してやる…
待っていろ、愚王カルージャ!王家の血筋を根絶やしにし、貴様に代わって儂がこの国の王になってやる!」
ドライセン侯爵の高らかな笑い声が議会室内に木霊する。
不意に部屋の光景が歪む。
「ん?何じゃ…」
歪みは大きくなり、光景が変わる。
会議室の中に居たはずなのに、今は中庭に居た。
「こ、これは一体…なっ?なにがどうなっておるのじゃ?!」
ドライセン侯爵は、起こっていることが理解出来ないでいた。
「此れは、〈幻影〉で御座います。」
いつの間にか、ドライセン侯爵の背後に立っているメリーナが答える。
「…〈幻影〉?まさか…」
「あの者は…多分最後の生き残りでしょう。」
木洩れ陽の中のベンチに座っている濃い紫色の髪の女性。
「…私の幻を見破れる方がいらっしゃるとは、少し誤算でしたね…ですが、情報は手に入れられました。」
「な?!き、貴様…」
メリーナが一瞬にしてベンチの背後に現れ、大鎌を振り抜きベンチも女性も真っ二つにした。
…が、陽炎の様に消えてしまう。
メリーナは背後に大鎌を振り、左に走り抜けながら大鎌を振り回す。
背後に陽炎が揺らぐが、一瞬にして切り捨てる。
しかし、其処でメリーナの動きが止まる。
大鎌に血痕が付いていた。
「…逃したか…」
辺りの景色が虚い崩れて行き、元の会議室になる。
「ど、どうなったのだ?」
「申し訳ありません、取り逃がした様です。
直ちに追っ手を差し向けます。」
「必ず見付け出せ、王都の密偵は生かして返す訳にはいかん…それに、あの忌まわしき村の生き残りならなおさらじゃ!」
「…心得ております。」
メリーナは一礼し、影の中に姿を消していった。
北部衛星都市ノースの中央に流れる川の西側地区は、居住区になっていて宿屋や飲食店が数多く建ち並んでいる。
宿屋はチェックインし、夕飯を食べに…食事は取る必要もないが、情報収集がてら飲食店に入る。
時間帯も少し遅いので仕事上がりの警備隊や、傭兵が多い様だ。
「しっかし、スッゲェのが現れたもんだぜ。
聞いたか?昼の志願兵審査の噂をよ。」
「おぉよ、噂の新人だろ?何でも王国衛士長クラスらしいぞ。有り得ない位強いらしい。」
「俺も聞いたぜ、何でも北辺境でも武勇で有名な奴らが手も足も出なかったらしいじゃねぇーか。」
昼の噂がかなり広がっている様だった。
(うっわぁ、こんな所でもウワサになってる( ̄▽ ̄;))
俺は、1番奥の席で食事をしていたが、頭を下げて顔がばれない様にする。
「それにしても、その新人どんな奴なんだ?アンドロイドとか機械化人とかなのか?」
「何でも右腕以外生身の人間らしいぜ?」
「まじか?!どんな豪傑だよ?」
「何でも身長2m位あって巨大な機械のアームを持つ巨漢の大男らしいぜ。」
(…なんだ、ゴルドスの事か。)
と思った矢先、
「オメェ等、間違ってるぞ。そいつは、全身生身の痩せた男だぜ。」
なんか聞き覚えのある声だと思い、伏せていた頭を上げると…
ゴルドスが、扉から入って来てカウンターに向かっているのが見えた。
噂していた男が現れて、店の中は静まり返っていた。
(うっわぁ、タイミングワル!こんなとこで会うか普通?どんだけ、縁があんだよ?)
「あ、あんた…今噂の…」
「俺は、その場に居合わせただけだがな…俺の名はゴルドス。その噂の新人はゼロって名だ。」
ゴルドスが、名前までバラしてる…まぁ、明日になれば、合格者が一同に会するから嫌でも分かるんだけどね。
「そういや、今回の傭兵募集は、北の魔竜退治だって話だが…あんた等命知らずだな。」
国境警備兵団の連中が、話し掛けて来た。
「ふん、魔竜を倒しゃあ、一躍国の英雄になれるんだぜ?
それによぉ、褒賞金は思いのままだって話だ。
こんなチャンス滅多にあるもんじゃねぇからよぉ、
命を賭ける価値があるってもんだ!」
ゴルドスが意気揚々と話している後ろの席から、
国境警備兵団の連中が野次る。
「金の為なら親兄弟どころか、自国も売る様な下賤の輩だ。お前等がどれだけ死のうが、しがない傭兵風情の替えなどいくらでも居るからよぉ。」
国境警備兵団の連中がゴルドスを見下して話す。
ゴルドスは、挑発されても起こる事なく、
「金で雇われんのが、俺達傭兵だ。
金さえ貰えりゃあ、列強諸国や帝国だろうが、この王国だろうが関係ねぇ、どんな奴とだって戦ってやるさ。」
そう言い切る。
喧嘩をふっかけたのに肩透かしをされ、興が冷めたのか、国境警備兵団の連中は、ブツクサ言いながら店を出て行った。
(…ゴルドスって、根っからの傭兵なんだなぁ、…にしても、魔竜?退治って初耳なんだけど…)
バーテンが、ゴルドスに話し掛ける。
「いくら歴戦の傭兵とは言っても、今回は勝手が違うんじゃないかね?
北の霊峰のあの【魔竜】が相手では、分が悪過ぎる…今迄何度となく討伐隊が編成され、退治に向かったが、戻って来た兵士は、誰一人いない…
それどころか、【魔竜】の怒りを買って滅ぼされた国もある…天災クラスの脅威だ…」
「…そいつは、分かってるさ…あれは、人が手を出して良い存在じゃあ無いって事もな…だがよ、
退治出来なくても参加するだけで破格の報酬が出るんだぜ?そんなうまい話ほっとけないじゃねぇか!なぁ?」
ゴルドスは、周りの傭兵に賛同を求めた。
呑んでいた傭兵達が一斉に賛同する。
「そんなもんすかねぇ…」
バーテンもグラスを拭きながら半ば呆れていた。
(…傭兵は、王都攻略の為の戦力集めだと踏んでたんだけどなぁ…どうやら、見当違いだったかな…)
店の中は、【魔竜】退治の話や昼間の驚異の新人の話で盛り上がり、傭兵達は皆浴びる様に酒を呑みまくっていた。しばらく、付き合っていたが、余りにも新人の話が誇張し過ぎてて、恥ずかしくなって来たので、
俺は、こっそり店を抜け出そうと出口に向かう。
見つかる事なく出口にたどり着き、扉を開けようと手を出す…が、先に扉が開いた。
「おっ?!ゼロ殿ではないか?もう、帰るところか?」
「あ、フェルナンデスさん?!」
つい大きい声が出た。
俺の声で店の中が騒つき始める…
「フェルナンデスって…あの〈北の白狼〉…だぞ。」
「まじかよ…かつての大戦で、5千もの帝国軍を一夜で退けた英雄…」
騒ついていた店が静まり返る。
目の前の人が、〈北の白狼〉と呼ばれる【英雄】。
「あぁっ!おい、ゼロじゃねぇか、何だよ居たなら声くらい掛けてくれよな。」
ゴルドスが、俺に気付き大声で俺の名前を呼ぶ。
俺が肩を竦めながら振り向き、
「あ、ど、どうも…」
店中の視線が一斉に俺に注がれ、一瞬間を置いてから…
「エェェッ?!」
店中が驚きの反応だった。
(…そりゃそうだろうね(ーー;))
その後は、大変な騒ぎだった。
全員が、酔い潰れて倒れる迄帰して貰えなかった。
「ふぅ、やっと、帰れるな…」
辺り一面酔い潰れた傭兵が倒れている中に、ゴルドスも大イビキをかいて寝ている。
「とんだ歓迎会になったなぁ…
まぁ、君も彼等の仲間になれた様だし、良かったじゃないか。」
フェルナンデスさんは、酔い潰れなかった様だ。
「あはは…そうですねぇ、良かったのかは分かりませんけどねぇ…まぁ、何にせよ、俺はそろそろ帰りますよ。」
「そうだな、明日は任命式だから遅れるなよ。」
「それは、そっちで寝てる人達に言ってあげた方が良いっすよ?」
俺は、酔い潰れている傭兵達を指差す。
「わはは…、それもそうだな。」
宿屋に戻って来たのは、深夜をかなり回った頃だった。
宿屋というよりホテルに近いのだが、広い部屋は最上階しか無かったので仕方無く借りたけど、
ノースで1番大きなホテルらしく見晴らしは素晴らしい。
ベランダの椅子に座り、ゆっくり背凭れを倒す。
「ふぅ、全く…初日から色々あり過ぎだよ…」
目を瞑り、気を全身に沁み渡らせて行く。
室内に知っている気配と血の匂いがする…
「…セシルさん?」
立ち上がり、部屋に入ると床に血だらけのセシルが倒れていた。
「セシルさん?!」
俺は、意識を失っているセシルを抱きかかえ、ベッドルームに運び、急いで傷の手当てをする。
服を脱がせると背中に炎を連想する大きな痣があったが、
気にせず血を拭いベッドに寝かせた。
出血は多かったが、命に関わる様なキズでは無かった。
数箇所に刃物で付けられた傷があり、
失血で失神したのだろう。
(なんで、こんな事に…セシルさんに手傷を負わせる程の敵がいるという事か…)
止血し終わり、俺の生体エネルギーを分け与える。
一時的に生命力を活性化させることは出来るが、失った血液は増やせないので、自然に治癒するのを待つしかない。
「う…ん…」
セシルが、気が付いた様だ。
「大丈夫…じゃないですよね、何があったんですか?」
「ゼロ…か…」
起き上がろうとするが、痛みで起き上がれなかった。
「応急処置しか出来ていないので、まだ暫くは安静にしておいて下さい。」
セシルをもう一度ベッドに寝かせる。
「お前が、手当てをしてくれたのか?
すまんな…任務を遂行中に…私情を挟んでしまい、この始末だ…」
「私情…ですか?それでもセシルさんに手傷を負わせる相手って、相当強いんじゃ…」
「…あれは、【背徳の死神】と呼ばれる【召喚者】だと思います。噂に聞く大鎌も持っていたし…」
「えっ?!この街にも【召喚者】が居るって事ですか?」
「その様ね…私の得た情報では、行方知れずの王都の諜報部の者達は、治安警察に拘留され…た後、始末されている…【背徳の死神】は、暗殺を生業にしていると聞いています。」
「【召喚者】って、何処にでも居るものなんすか?」
「何処にでも…は、流石にありませんけど、召喚紋とある程度の力を持つ召喚魔導士が数人いれば【召喚者】を呼び出す事は可能です。」
「…となると、この街にも何人かいるかも知れないって事か…少し厄介ですね。
それに、治安警察に密偵が捕まっているのは、俺の方でも掴んでいたんですけど、既に王都の諜報部が始末されていたとは…ね。」
俺は、暫く考え込む…
相手が【召喚者】ならば、気を引き締めて掛からないといけない…
セシルが、話を続ける。
「この都市で起こっている一連の事件の首謀者は、評議会員のドライセン侯爵です…彼と3人の評議会のメンバーが王都に対しクーデターを計画しています。
帝国から武器や装備を密輸し、傭兵も集めている…」
「やはり、クーデターですか!而も帝国も関与しているとなると、かなり不味い状況ですね…」
(…【魔竜】討伐は、カモフラージュなのか?それとも、他に意味があるのか…)
「それに…王都にも内通者がいて、暴動の手筈を整えている…これは、かなり周到に計画されていると見るべきでしょうね。」
静かに話すセシルさんの眼に激しい怒りと殺意が宿っているのが分かる。
「…しかし、評議会と言えばこの都市のトップですよね?なんで、そんな地位も名誉もある様な人達が、クーデターを起こそうとするんですか?動機は何なんでしょう…?」
セシルは、暫し沈黙していたが、
「ゼロ、君はまだ純粋なのだな…
人の世とは…〈欲や我〉と言った闇を抱えている者が多くいるのさ…いや、其れこそが人の本質かも知れないがな…地位や名誉を持っていようがそれ以上の〈欲〉を持ち、人を妬み、嫌悪する…そんな心の貧しい人間は、世に溢れているよ。」
セシルは、哀しい表情をしていた。
「…それじゃあ、今度の一件は…」
「…根底にあるのは、怨恨…
数年前に奴隷解放宣言を発令した現国王陛下に対する逆恨みによるものです。
解放に反対した者達は、国王陛下の計らいで、視野を広く国を見るようにと、遠方の地に派遣されたのですが…其れを左遷や都落ちなどと逆恨みし、叛逆した…のでしょうね。」
セシルは、話ながらゆっくりと傷付いている体を起こす。
「…たったそれだけの理由ですか?そんな理由で他人の命を奪い去ったって言うんですか?そんな…」
「…あの男は…あのドライセン侯爵は、気に入らないと言う理由だけで…ある村を焼き滅ぼし村人を皆殺しにした…
アイツはそんな非人道的な外道なのさ!
…許さない…あの男を私は絶対許しはしない!!」
セシルさんの眼に尋常では無い怒りの炎が宿り、全身から殺気を放っている。
「セシルさん…?もしかして…その村って…」
「…私の村です。」
「そ、そんな、それじゃあ…」
「私があの村の最後の生き残り…貴方が手当てしてくれた時、私の身体に炎の痣を見たのでしょう?…あれは証なのです、私が復讐を忘れない為の…」
「…セシルさんだけが生き残った…」
「…そうです。ドライセン侯爵と言う男は、己の欲望の為なら他者を喜んで踏み付ける…悪党です。」
セシルさんの感情が流れ込んでくる。
怒りや殺意の中に哀しみが混じっている…
(…セシルさん、貴女は全てを失ったんですね。家族や友人、恋人…想い出の場所を…)
「…ですが、やはり、任務に私情を挟むのはプロ失格ですよね…
御蔭でこの様ですから…傷が癒えるまで暫く反省する事にします。」
セシルが、再び布団を被って横になる。
俺は、小刻みに震えている布団を静かに見つめながら、俺の内に込み上げてくる感情を抑えるのに苦労した。
「俺、傭兵団に潜入してるんですけど、何か少しおかしいんですよ…【魔竜】討伐が、表向きの名目何ですけど、何か別の思惑がありそうで…暫くは、様子を見ようかと思ってます。」
「…そうですか、充分気を付けなさい。
霊峰の魔竜は、原初の時代から生きていると言われている伝説の竜種の一体です、討伐は一筋縄ではいかないでしょう。それに、何かの策略だとしたら警戒も怠らないようにしなさい。」
布団の中から俺の身を案じて指示をくれる。
「了解です( ̄^ ̄)ゞ
傷が癒えるまで、セシルさんは安静にしてて下さいね。」
そう言って俺はベランダに出て夜空を見上げる。
紅い月がいつもより紅く大きく見えていた。
俺は、内容を整理して見る。
(…まだ、わからない事が多いけどこれまでの情報の整理をしておこうと思うんですけど…ちょっと、先生手伝って下さい。)
『何をすれば良いのじゃ?』
(これまでの情報を整理して、先生の意見が聞きたいんです。)
『…ふむ。』
(じゃあ、整理してみましょう。
まず、事の発端は、国王からの依頼でした。
帝国との繋がりを調査に派遣した王都の近衛騎士団…いわゆる諜報部隊が消息不明になったというものでした。)
『消息不明の者達は、治安警察により拘留されているが、既に評議会の暗殺部隊に始末されておるかも知れん…じゃったな。』
(そうです、裏で糸を引いていたのは評議会のメンバーで、首謀者は、ドライセン侯爵…と言う男です。
王都に対しクーデターを企て着実に準備をしている。)
『ふむ、敵国である帝国から物資を密輸し、傭兵部隊を刈り集めていると言ったところじゃな。』
(…そうなんですよね、クーデターを起こすのに傭兵を集めているなら何故、【魔竜】討伐なんてする必要があるんでしょうか?
それに、帝国からの物資を密輸するにしても、その方法も分からない…)
『この状況で【魔竜】討伐は、何か意味がある筈じゃのぉ、…考えられるのは…
【魔竜】討伐とは名目で、国境付近迄遠征し、帝国から物資を受取る事が真の目的か…
もしくは、傭兵部隊の選別じゃな。』
(傭兵の選別…ですか?)
『そうじゃな、国境警備団が管理統制するとは言え、従順に従う傭兵がどの位いるのかは分からぬ。それに国境警備団が全て評議会の言い成りになっているのかも疑問じゃしな。』
(…成る程、一枚岩では無いのかもしれないと言う事ですね。)
『しかし、その辺りの見極めは急がなくてはならん。この地の内情を把握し、早急に王都に戻る必要がある。』
(…亜人種の暴動を事前に止めないとですね。)
『そうじゃ、あれだけ人族に対し不平や不満を抱いて居れば、暴動を起こす事など容易く出来るでな。』
どうやらやる事が決まったようだ。
(先ずは近衛騎士達の安否確認をし、生存者が居れば救出する事、傭兵部隊と帝国の動向を調べ一刻も早く王都に帰還する。)
ベランダから夜景を見ながら新たに決意をする。
天空には尚も紅く大きな月が浮かんでいた。




