獣は獣道を行かん⑦
アルカの言葉はナイフのように彼女の奥深くへと突き刺さり、彼女の動きを完全に止めてしまった。
「……私が、魔物……?」
信じられなくて呟いたレリルの声があまりに乾いていたので、アルカは犬歯を覗かせ、くっくと笑ってしまう。
「そうさ。レリルが核になってくれれば世界は救われる。だからお前の【迷宮宝箱設置人】の代わりに、俺がやってやろうと思ったんだよ。なあレリル、お前が『人を守ろうとする』性格だってのはなんとなくわかった。だから死んでくれるだろ?」
キリリッ……
アルカが弦を軋ませ、再び弓を引く。
レリルはその動作を眉ひとつ動かさずに見つめ、ゆっくりと瞬きをした。
――マナを溜め込んだ魔物……私が? 私が死ねば……世界は消えない……?
「アルカ……教えて。アルカの【監視人】は無事ってこと? 私が死ぬことで世界が救われる……それは間違いないの?」
アルカがぴくりと耳を動かして、止まる。
「……ああ、そういやそんな話にしてたな。安心しろよ、俺は四級になったときから【監視人】は連れてないさ。――んで、この【ネスメイラ迷宮】は、かつて世界と繋がろうとして造られたって迷宮だ。だからお前がここで核になって世界と繋がればいい――俺はそう思う」
アルカは目の前の『魔物』が、突然落ち着いたように見えることに――顔には出さなかったが――少なからず驚いた。
死を前に、もっと怯え、震え、牙を剥くと思っていたのだ。
けれど、彼にとっては都合がいい。
自分の使命が、これほど容易く叶うとは――と、アルカは笑いが止まらない。
しかしレリルはアルカとはまったく別のことを考えていた。
――だからハイアルム様は魔物って言わなかったんだ……。
本当に自分が『マナの生命体』だとしたら、それが彼女の優しさだったのではないかと胸の奥が熱くなる。
――クロートが辛そうだったのは、私がそれを知ったらどう考えるのかわかっていたから――だった……?
今度は胸がぎゅっと痛くなって、レリルはゆるゆると腕を下ろし魔装具を消した。
――クランベルさんの言うとおりだ。私、クロートのこと、本当に信じてなかった……。
勿論、いまの話だけではそれが真実なのかわからない。
けれどレリルはクロートがそう考えたのだと、いまは素直に信じることができた。
――クロートは怒るかもしれないな。でも、私が世界を救えたら、クロートやレザは安心して生きていけるってことで……。
「……なんだ、観念したのか?」
黙ったまま動かないレリルに、アルカは尾を振ってみせる。
レリルは新芽のような黄みがかった翠の目で、まっすぐにアルカを見据えた。
――なら、私が選ぶ道はひとつだ。
「……どうせ死ぬなら知っておきたい。アルカ……私はまた『リスポーン』するの?」
その瞳の力強さに、アルカは蒼い目を眇め思わず息を呑んだ。
ここでその目ができるのは、やはり『特別』だからか――彼はそう思った。
「……は! いいぜ、その『自己犠牲の精神』に免じて答えてやろうか。お前が膨大なマナでできているなら、おそらくしないさ。……また『リスポーン』するだけのマナは放出されやしないはずだからな」
レリルはそれを聞いて俯き、目を閉じる。
「そう……。何度も死ねばいいんじゃないかなって思ったけど……それは駄目なんだね。なら、私は……世界の寿命を延ばすだけになるよね?」
「――それでも世界は救われる。少なくとも数十年、もしかしたら百年は。その間に誰かがなんとかするだろ、きっと。【迷宮宝箱設置人】はそのためにいるんだからな」
アルカはきっぱり言い切ると、目の前で俯いたままの少女に情けをかけた。
「……なにか言い残すことは」
魔物だと思っていても、やはりどこか情がわいたのかもしれない。アルカは少しだけ自嘲する。
レリルはそんなアルカに向けて、苦笑してみせた。
「……じゃあクロートに……私が監視してる【迷宮宝箱設置人】に……『勝手してごめんね』って。彼と一緒にいるレザには、『生きて』って」
「了解。……せめて痛みなく送ってやるよ。――心臓を射貫く」
「…………」
――ああ、本当に終わりなんだ。
レリルはその瞬間を、とても長く感じた。
――もう少しクロートやレザといたかったな、なんて……いまさらだけど。
つらくて悲しくて恐いこともあった。
それでも……短い時間でもともに歩んできたことが、確かにレリルの胸に火を灯している。
――誰かに必要とされたいって思ってたけど……本当は私が必要としていたんだ――。
「――動くなよ」
レリルは頷いて、閉じた瞼に涙が滲むのを感じた。
――やっぱり、死ぬのは……嫌だなぁ……。
アルカの腕が、しっかりと弦を引き絞り矢を放つ――瞬間。
「させるかあぁぁッ!」
「……ッ、な! しまっ……!」
アルカは弓を弾かれ、結果、すでに放たれようとしていた矢の軌道が僅かに逸れたのを感じた。
突如現れた濡羽色に艶めく黒髪の少年が、後ろからアルカの弓を斬り上げたのである。
本日分です!
夏休みのかたも多いかな、おやすみのおともに、逆鱗のハルトもいかがでしょうか!
よろしくお願いします。




