より深きを知るなれば⑧
クランベルは、テーブルの上で手を組み落ち着かない様子で指を動かすレリルに苦笑してみせた。
そこに琥珀色の冷たいお茶が運ばれてきて、どこか甘く渋みのある香りをふわりと舞い上がらせる。
「――戦えるなら、問題ないと思うわよ?」
「……でも、クロートは信じてないのかも」
「あら、そんなに頭悪くはないと思うけど……レリルは彼を信じていないのね」
さらりと答えたクランベルに、レリルは驚いて瞬きを三回返す。
――信じてない……私が、クロートを?
まさかそう言われるとは思っていなかったレリルは、眉を寄せて唸った。
クランベルはお茶を一口飲んでから彼女の様子に大袈裟に肩をすくめると、続けて言った。
「あの子は真っ直ぐよ。レリルならわかるはずでしょ。大丈夫よ、あなたのためを思って話さないだけだもの」
レリルはその瞬間、ぴくりと眉を動かした。
「――クランベルさん」
「ん?」
「クロートとハイアルム様がなにを話したのか、知っているんですか?」
「うっ……」
「知っているんですね?」
「し、知っているわけじゃないわ。予想しているだけよ。……それに私からは話せない……話せるのはハイアルム様とクロートだけよ」
「…………」
レリルはなにか考えたあとで、お茶を一気に飲み干した。
汗を掻いたコップのふちに、琥珀色の雫がちらりと光る。
「……うん。そうですよね。ありがとうクランベルさん」
「え……あ、ちょっと……レリル!」
レリルはお茶代をクランベルの前に置くと、ぱっと立ち上がって足早に出て行ってしまった。
残されたクランベルは、顔を顰め、どうしようと呟く。
――変なことにならないといいんだけど……。
ピンク髪のエルフは、己の言葉がお礼を言われるものだったのか……どうしても自信が持てなかった。
だから、かもしれない。
深い蒼の瞳がレリルをじっと見ていたことに、彼女は気付くことができなかったのである。
******
「……入るがよい」
白い大きな扉が開き中に入ってきた彼女の姿に、ハイアルムは思わず苦笑してしまった。
意気込んできたのだろう。
ぎこちなく固い動作がレリルの思いを表している。
「――クロートからは話を聞いておらぬようだの」
柔らかな声で聞いたハイアルムに、レリルは扉の傍でこっくりと頷いた。
「はい。……でも、ハイアルム様。私はクロートがなにか苦悩しているのがわかります。だから彼が無理に話さなくていいように自分で聞きに来ました」
強張った表情のとおり、彼女の声も固い。
ハイアルムは逡巡すると、肩をすくめてみせた。
「――妾とて話したい内容ではないかもしれぬぞ?」
レリルはそれを聞いて困惑した顔になったが、すぐにかぶりを振って顎を引き、言い切る。
「ハイアルム様は――話してくれます」
「ほう、なにゆえそう思うのかの」
「【監視人】でいるかどうか自分で決めさせてくれたから……今度も、私が自分で決めたことに反対しないと思います」
ハイアルムはその言葉に、む……と唸った。
痛いところを突いてくるレリルは、だいぶ思い詰めているようだ。
とはいえ【迷宮宝箱設置人】のクロートを差し置いて、教えるわけにもいかない。
人任せかよ、と、当のクロートには言われたばかりだが、そもそも自分から告げるならレリルに席を外させたりはしなかった。
……勿論、ハイアルム自ら真実を教えたことがないわけではない。いい結果になったためしがなかったのだ。
これは【迷宮宝箱設置人】と【監視人】の絆も関わってくるとハイアルムは考えている。
レリルが『マナの生命体』であるということは、ほかの【迷宮宝箱設置人】にはない情報だ。
クロートが彼女にどのような対応をするのか――それは、この先に大きく関わってくる。
黙ったままのハイアルムを、レリルは目線を外すことなくしっかりと見据えていたが、やがてごくりと息を呑んでから言った。
「……本当に話せないのなら……ひとつだけ教えてください。それは『ガルムさんに関わること』ですか、それとも『私に関わること』ですか?」
「……」
ハイアルムはなおも答えず、レリルを見た。
彼女が創った『マナの生命体』のなかで、レリルはとても優しく生命を重んじるよい子に育った。
しかし自分の存在意義を自己犠牲のなかに求める節がある。
それが果たしてよいことなのかは、また別問題であろう。
――本来であれば、レリルのような者が『歯車』となるのが望ましいのだがの……。
ハイアルムはため息混じりに肩を落とすと両手で髪を背に払い、ようやく言葉を発した。
「……ガルムは無事だの。クロートにも、その旨はしかと伝えてある。悪いが妾からはそれしか答えられん。クロートと話をするがよいぞ、レリル。それが大切なことなのだ」
「……ガルムさんは、無事……」
レリルはほっと安堵の息をこぼすと、強張っていた肩の力を少しだけ抜いた。
――なら、やっぱり私……ここでお役御免なんだろうな。
安心したのもあるが、彼女の胸の奥……苦い思いは濃くなった。
――【監視人】としてじゃなくても一緒に来ていいってクロートは言ってたけど……。やっぱり人型の魔物と戦えない可能性があるって思われたのかもしれない。
レリルは小さく数回頷くと、ハイアルムに深々と頭を下げる。
「ありがとうございますハイアルム様。……次の仕事のときはお声がけください」
レリルは踵を返すと、ハイアルムの部屋を出ていった。
◇◇◇
「なあ、お嬢ちゃん」
白い柱が突き立つ中庭に面した廊下で、レリルは声をかけられた。
沈んだ気持ちのまま顔を上げれば、狼々族の男性が目に入る。
見た目こそ容姿端麗だが、灰色をしたふわふわの大きな三角の耳とふさふさの尻尾が彼の種族を物語っていた。
切れ長の少し吊り上がった目は深い蒼。
彼が【迷宮宝箱設置人】だとレリルは知っている。
「俺はアルカ。三級の【迷宮宝箱設置人】だ。お嬢ちゃんは【監視人】だろ? ――思い悩んでるのは一目瞭然。俺でよければ、知りたいことを話すよ。だから、手伝ってくれないか?」
金曜投稿できませんでした……
すみません。
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