獣は獣道を行かん①
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アルカ。
彼は狼々族――狼の血を宿すといわれる種族だ――の若い男である。
レリルよりは少し年上で、おそらく二十代前半だろう。
耳と尻尾と同じ灰色をした髪は、鬣のように背中へと伸びている。
引き締まった体を覆うのは蒼地に銀糸で刺繍が施されたチュニックで、腰のあたりに巻かれた革のベルトにはたくさんの小瓶が固定されていた。
背負っているのは矢筒と大きな弓であり、彼が中距離の戦闘に長けていることを物語っている。
……アルカは【迷宮宝箱設置人】となって二年……手練れと駆け出しの中間に位置しており、レリルもその姿は何度か見かけていた。
珍しい容姿ではあるが、ルディア王国ではエルフ同様それなりに見かける種族でもある。
「ごめんな、いきなり声かけて! お嬢ちゃんはレリル……だよな? もう四級なんだろ?」
口を開ければ、尖った犬歯が覗く。
見た目は少し恐いが、アルカはとても気さくだった。
レリルは自分の名前が知られていることに驚いてから、慌てて首を振る。
「あ……いえ、まだわからないんです。たぶん、そうじゃないかとは……思うんですけど……」
「それだよ、それ! レリルはまだ開示された情報を聞いていない……っと。だからそんな思い悩んでたんだろ? まあ、【迷宮宝箱設置人】の気持ちはわかるからな。その話を俺がする――代わりに、頼みがあるんだ! 俺の【監視人】が世界が暴走した日に怪我してまだしばらくは戻れない。でも俺、じっとしてらんない性分なんだよ! だから、あいつのために取りにいきたい核がある。それを助けてくれないか?」
一気に捲したてるアルカ。
レリルは目をぱちぱちと瞬かせ、彼女を覗き込むアルカの蒼い瞳に息を呑んだ。
「……か、核?」
「そうさ! マナ治療薬になるすごい核なんだ。それがあれば早く復帰できるからな! 俺の【監視人】のためにレリルの力を貸してくれよ」
アルカの尾が、ぱたりぱたりと揺れる。
レリルはそれを無意識に目で追いかけながら、胸のなかを満たす苦い気持ちにきゅっと唇を結んだ。
――もう、クロートは私を迷宮に同行させないかもしれない。
好きにすればいいとクロートは言っていたけれど、好きにするから連れていけとレリルが言えば、彼は困った顔をするに違いなかった。
――それなら。
レリルは耳をぴんと立てているアルカに小さく頷いてみせる。
「私で力になれますか?」
アルカはその言葉を聞くと、犬歯を覗かせた口元に大きな笑みを浮かべた。
「勿論さ! そうと決まれば、行こう!」
温かい手がレリルの手を取り、ぐいと引っ張る。
レリルは覚悟を決め、アルカに引かれるがままに踏み出した。
――自分が人型の魔物と戦えるってことを証明すれば、きっとクロートだって。
彼女の胸元には『マナ治療薬』の素となる白薔薇の核が揺れていたけれど、それはいざというときのために残しておくことにした。
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「そんで? あんたはなにをウジウジしてんのさー」
なぜか付いてきたレザがクロートの周りをちょろちょろと動き回る。
クロートは『ノーティティア』本部の屋上で草の上に大の字になりながら、視界をいったりきたりするレザに何度目かのため息をこぼした。
「はぁ……頼むから少しひとりにしてくれよレザ……」
「やだよー。俺だって女の子といたかったのに、あんたが変な顔してんのが悪いー」
「なんだよその理由……」
レザはやがてクロートの隣にどさりと腰を下ろすと、頭に花冠を載せ、白い雲が流れる空を見上げる。
……屋上には数人の人影があったが、ほとんどは建物の中――大きなガラスの向こうでお茶を飲んだりしていた。
「女の子がさぁ」
「……ん?」
「思い詰めた顔してただろー。あんたがそんな変な顔してるから」
「……それは、その」
煮え切らないクロートの態度に、レザは空を見上げたままツンと唇を尖らせる。
「あんたはあんたで思うことがあるんだろうけどー。悩んでるより口にしちゃえばいいのにさー」
「簡単に言うなよ……」
クロートは寝転がったままレザを見上げ、苦笑する。
――――口にしちゃえ、なんて言うのは簡単だろうけど。それを口にしてレリルが動いたとき――『教えなければよかった』って思っても遅いんだ。
「なあ、レザ」
「なに」
「言ってから後悔するのに、言う必要あるか?」
「あんた馬鹿だと思ってたけど、馬鹿だねー」
「は?」
――なんだこいつ。
クロートはむっとして顔を顰めたが、レザはいたって真面目だった。
「そんなの、言わなかったほうが絶対に後悔するね。『言っておけばよかった』は、思ったときにはもう遅いんだしー」
「……」
「言ったことを後悔しないように行動するほうが俺は好きだねー。……まあでも、なんか女の子に関わることだってのはわかった。女の子は俺に任せて、あんたはウジウジしてればー?」
「わぶっ」
レザはそれだけ言うとクロートの頭に花冠を載せ、立ち上がって草を払う。
そして、彼を見下ろしながらにーっと笑った。
「『レリル』を笑わせてあげるくらい、俺には簡単だからねー? 『クロート』」
「は? ……ふ、言ってろ! ……なんか、お前と話してたら馬鹿らしくなってきた」
クロートは思わず笑うと、勢いをつけて跳ね起きた。
……その手にはレリルの作った花冠。
「戻るぞレザ。なんかケーキでも買っていこうぜ」
「賛成ー」
彼らの周りを、草と花とハーブの香りが、ふわりと包んだ。
本日分です!
よろしくお願いします。




