より深きを知るなれば⑦
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「おーい、女の子ー!」
「あ、レザ! おかえり、もう報告は終わったの?」
部屋に戻る途中でレザが合流。
すっかり『ノーティティア』にいることが当たり前になったような振る舞いは、周りの職員たちも黙認するほど堂々としている。
クロートはぼーっとレザの顔を眺めながら、あんなふうにできたら楽だよなと思って……いやいやと首を振った。
――あいつだってつらくないわけない。なに考えてんだ俺。
するとレザが大きな翠色の目をぱっとクロートに合わせ、訝しげに首を傾げた。
「なんだよ、俺の顔になんかついてるー?」
「あ、いや……そうじゃないけど……」
自分の愚かしい気持ちを見透かされたような気がして、クロートは曖昧に返事をする。
レリルはそんなクロートをちらりと見ると、レザの頭に花冠をぽんと載せた。
「うん? なにこれー?」
「花冠作ったんだ。レザにあげる」
「おおー! 女の子すごいね! へへー似合うー?」
花冠を頭の上で押さえて顔を綻ばせたレザに、レリルが笑う。
クロートはレリルに気遣われたことを感じ取り、これじゃ駄目だとぎゅっと手を握った。
考えたいことは山ほどある。しかしこのままでは、考えをまとめるのは難しいだろう。
クロートは小さく息を吸って、それならばと口を開いた。
「――レリル。俺、ちょっと頭冷やしてくる」
「えっ? 頭?」
「レザ、レリル頼んだ。夕飯の時間には戻る!」
「は? あんたなに言って……おーい」
クロートはレザの声が聞こえていたのか、いないのか……急にくるりと反転して振り返らずに廊下を駆け抜けていく。
途中、彼とぶつかりそうになった『ノーティティア』の職員が飛び退くのを眺めてから、レリルとレザは顔を見合わせた。
彼ら三人が『ノーティティア』に帰ってきたのは昼過ぎで、夕飯まではまだしばらくはある。
「……あいつ、なんかあったのー?」
「私にもよくわからないんだ……ハイアルム様とふたりでなにか話したみたいなんだけど」
レリルがレザに答えると、彼は思い切り顔をしかめた。
「俺、あのちまっこいのは嫌いだ。……うーん。女の子、ひとりでも大丈夫?」
「え? うん、それは大丈夫だけど……」
「じゃあ俺があいつのこと見てくるよー。ちょっと気になることもあるしねー」
言うが早いがレザはぴょんと小さく跳ねると、驚くほど俊敏に廊下を駆け出した。
彼は職員が飛び退く前に――文字通り風のように――横を抜けていったが、その手にはしっかりと花冠を携えている。
花とハーブの残り香が漂う廊下にひとり残されたレリルは、ぽかんと口を開けたまましばらく立ち尽くしていたが……やがて肩を落とした。
「……私、お役御免かなぁ……」
ハイアルムと話したことを、クロートが言いたくないのは明白だ。
――それとも、もしかしたらガルムさんになにかあったとか……。
ガルムは仮にも『ノーティティア』の精鋭、一級の【迷宮宝箱設置人】である。
その力を疑いたくはなかったが、クロートの悲しそうな……つらそうな、痛々しい表情がレリルの脳裏に浮かぶ。
当然、気にならないわけはなく、本当はいますぐにでも問いただしたいと思っているけれど……そんなクロートの顔を見たら、それもできなかったのである。
――とりあえず、私は部屋に戻っておこう。
レリルは追いかけるのを諦め、部屋へと向かうために俯きながら右足を踏み出して――視界の端を掠めたピンク色の塊に――自分でも驚くほどの速度でぱっと顔を上げた。
「クランベルさん!」
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ピンク色の髪のエルフは、そのすらりと長い耳をむにむにと触りながら目の前に困った顔で座する少女を眺めた。
蜂蜜色の美しい髪は頭の後ろ――高い位置でひとつに結われており、新芽のような黄みがかった翠の瞳は明るい彼女の性格を物語っている。
……レリルが誕生したとき、クランベルはすでに大人であり【監視人】であった。
大人といってもエルフのなかではまだまだひよこ。経験も思慮も浅かったクランベルだったが……レリルが『そう』だと気付くのに時間はかからなかった。
そもそも、ある日突然現れた赤子に疑問を抱かぬわけもない。
――いつかこんな日がくるのかなと漠然と考えていたけれど。
『ノーティティア』の食堂でふたり分のお茶を頼んでから、クランベルはそっとため息をこぼした。
「クロートがハイアルム様となにか話して、そのあとからおかしいのね?」
「はい……」
クランベルは右手で頬杖を突き、しゅんと肩を落とすレリルになんと答えようか思案する。
――十中八九、クロートは四級になったと推測できるわね……彼はレリルに話すかを迷っているってところか。
すると、レリルはぽつんと言葉を吐き出した。
「クランベルさん、クロート、四級になったのでしょうか」
「へっ? あれ? なんで?」
「――四級になったら【監視人】がいなくても迷宮に行けます……だから、私をお役御免にしようとしてるのかなぁって……。あのね、この前の【メルゴモル迷宮】で、知能のあるホブゴブリンと一緒に戦ったんです。けど、クロートもレザも、次にホブゴブリンと出会ったとき、私が戦えるか心配していたみたいで」
「ホブゴブリンと……一緒に戦った……?」
クランベルはルビー色の大きな目をこぼれ落ちそうなほどに見開いて、反芻する。
こくりとレリルが頷いたが、胸のなかは信じられない思いでいっぱいだった。
――知能があっても生物見たら飛び掛かってきそうなものだけど……もしかして、レリルが『そう』だから……?
「……えぇっと、レリル。あなた、自分が戦えないと思ってるの?」
とにかく話を続けようと決め、クランベルは質問を重ねる。
今度は、レリルは首を振った。
「ううん……戦えるって答えたんです。クロートやレザが傷付くのは、戦わないことより恐いと思うから――」
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