より深きを知るなれば⑥
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――クロートは受け入れた……か。
ハイアルムは細く白い腕を頭上へと伸ばし、思った以上に強張っていた体をほぐした。
誰もいなくなった白い部屋で、心地よい静寂を感じながら彼女はソファへと体をもたせる。
――クロートの言うとおり、レリルは己がなんたるかを知れば、自らを捧げにいくであろうの……。
かつて袂を分かった【迷宮宝箱設置人】たちは、ハイアルムの行動に嫌悪を顕わにしたか、そもそも彼女が『魔物』と知って憤慨したか――それがほとんどである。
今回のようにクロートが犠牲――いわば生贄だ――を前提としたやり方に怒りを顕わにしたのは、やはり親子だなと彼女はひとりごちた。
ガルムに付けていた【監視人】ローティ……彼女もまたマナの生命体であったからだ。
親子二代に渡りマナの生命体と行動をともにした【迷宮宝箱設置人】はいくつか例がある。
――大半はそれ以降、【監視人】を伴って迷宮には赴かなくなったが……さて。クロートはどの道を行くのかの。
ガルムが選んだ道と、その息子が選ぶ道――行き着く先まで似てしまうのだろうか。
ハイアルムは自嘲すると、ソファの背もたれに頭を預け、深くため息を付いた。
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ハイアルムとの謁見が終わり部屋を出たクロートは、廊下に面した中庭でしゃがみ込み草と花を編んでいるレリルを見つけた。
器用なもので、彼女は茎や葉をうまく絡ませながら色取り取りの蔓の鎖のようなものを作っていく。
廊下に並ぶ白い柱には、翼を持つ美しい女性の像が核を抱き佇んでいて……クロートはなんとなく見上げることができずに目を伏せた。
――これが動き出すのは恐いなって思ってたけど……レリルみたいな人たちだったのかもしれない……。
そう思うと恐くはなかった。……むしろ、胸が潰れそうなほど苦しく、悲しくなるだけだ。
クロートは知らず唇を引き結び、レリルに向かって踏み出した。
「……あ、クロート。終わったの?」
気付いたレリルが立ち上がると、その手にはすっかり編み終えて円になった花冠が載っている。
クロートはぎこちなく――うまくはいかなかった――笑うと、「なにやってるんだよ」と苦し紛れに口にした。
「ふふ、花冠作ってたんだ! はい」
レリルは笑うとクロートの頭にぽんとそれを載せる。
柔らかな花の香りと爽やかなハーブの香りが混ざり合って、彼の鼻先を掠めていった。
「……俺に花冠が似合うとは思わないけど」
花の冠が載って喜ぶような歳ではなく、クロートは思わず本音をこぼす。
レリルはころころと笑うと、蜂蜜色の髪を揺らした。
「じゃあレザにあげようかな。……それで、どうだったの?」
「……えっ⁉ あ、えっと」
いきなり核心を突いてくるレリル。
クロートが花冠を頭に載せたままどう答えようか迷っていると、レリルは眉尻を少しだけ下げて困ったように笑う。
「――なにか、話しにくいこと?」
「いや……その」
新芽のような黄みがかった翠の眼がクロートに向けられ、彼は思わず目を逸らしてしまった。
その拍子に花冠がぽとりと草の上に落ちてしまい、クロートは慌ててそれを拾い上げる。
白やピンク、黄色の――大きかったり小さかったりする花々が散らされたその冠は、とても可愛らしい。
咲き誇る花々は儚く、それでも力強い生命を煌めかせているようで。
「……」
クロートは黙ったまま――不安そうではあるが――待っていてくれるレリルの頭に、それを載せる。
「……お前のほうが似合うよ」
「……えっ⁉」
急に言われてレリルが目を見開いたときには、クロートは空を見上げていた。
――レリルに教えたらどうなるか。……わかってるのに、教えるのか?
本来なら異性に使うにはいささか照れくさいはずの言葉なのだが、いまのクロートにそんな余裕はない。
レリルはどこか悩んでいるようなクロートに気付くと、瞬きをひとつして「はあ……」とため息をついた。
「クロート。無理には聞かないから部屋で少し休もう? 私たち、迷宮から帰ったばっかりだもん」
「……あ、あぁ。……ごめん、ちょっと考えさせて」
「――うん」
レリルは頭の上の花冠を手に取ると先に踵を返す。
頭の後ろで結われた髪が、彼女の動きに合わせて跳ねる。
「……」
クロートは黙ってそれを見詰めながら、心のなかでもう一度ごめんと呟いた。
より深くを知ったいま、クロートは自分がどうするのかを選ばなければならないのだ。
ぎりぎり本日分です!
よろしくお願いします。




