より深きを知るなれば④
「レリルが……? マナの生命体……?」
クロートは口にしてみたが、まったくといっていいほどに実感は伴わない。
彼はハイアルムへと向けた翠の瞳に驚愕の色を浮かべ、首を振る。
「――いやいや、なんの冗談だよ。だってさ、見た目も全然、俺と変わらなくて……人そのものだし……そう、血だって赤くて……俺」
「妾がそう創ったのだから当たり前であろう? ……『我ら』は非マナ生命体とともに生きることを選び、世界のマナを調整し続けてきたのだから――それくらい、たやすいことよの」
クロートはますますわけがわからなくなり、こめかみを右手でぐりぐりした。
「ちょ、ちょっと待って。『我ら』……? ハイアルム、あんた……」
「そうだの。妾もマナの生命体というわけだ。このとおり、知能があることがよくわかるだろうの?」
「……」
クロートは軽く冗談めいたハイアルムの言葉にも反応できなかった。
――マナの生命体ってのは魔物のことで、非マナ生命体――人をはじめとしたそれらに牙を剥く存在じゃないのか?
――それが人と暮らしてる? ……じゃあ、俺が思ってた世界はいったいなんなんだ?
――レリルは……絶対このことを知らない。知ってたらきっと、魔物の命を奪うことにもっと難色を示したはずだ。そういうやつなんだ、あいつ――。
あれこれと考えを巡らせて、クロートは息苦しさを覚えた。
彼女が人型の魔物と戦うときに感じるらしい躊躇いは、彼女自身が同じ『マナの生命体』だったから……つまり、本能的に感じていたのではないか。
そしてホブゴブリンが彼女に歩み寄ったのは、彼女が自分たちに近い存在だとわかったから……なのではないか。
迷宮にマナが噴出したあの日……体の調子がいいと言っていたのは――彼女がマナの祝福を受けているだけでなく、マナの生命体だからで……。
すべてが、説明できてしまうような気がして。
ぎゅっと目を閉じ腕組みをして黙り込んだクロートに、ハイアルムはとある物語を――歌うように――紡ぎ始めた。
◇◇◇
昔々、遠い昔。
すべての源たるマナ満ちる世界……マナリムにはマナの生命体だけが暮らしておった。
彼らはマナが濃くなると生まれ、マナが薄くなると生きていけない存在での。
マナが薄くても生きていける非マナ生命体が誕生したのは、必然だったのだろう。
マナの生命体で高度な知能を持った種族は非マナ生命体とうまく折り合いをつけ、長い時を生きてきたのだ。
ところが、非マナ生命体が核を燃料とする技術を身に付けると……マナの生命体は身の危険を感じざるをえなかった。
実は、マナの生命体は寿命を全うすれば核とはならぬのだ。
核となるには若くして命を落とす必要があり――つまりは、狩りの対象となる可能性があった。
――そして実際に、狩られた者も出てしまっての……。
結果、高度な知能を持つその種族は非マナ生命体との共存は無理だと考えた者たちと可能だと考えた者たちに割れ、大規模な戦争が勃発してしまった。
彼らは同じ種族間で潰し合ったのだ。
勝ったのは共存派ではあったが、生き残ったのは、ほんの一握りの者だけ。
彼らはマナの生命体のなかでも膨大なマナを持つ種族であり、繁栄していたのに……そのほとんどが死んでしまったわけだの。
――そうして、どうなったか。
マナが一気に世界へと還ったせいで――世界が意図していないマナレイドが起きてしまったのだ。
……混沌の時代が訪れた。
急に増えたマナに対応するため、世界には数多の迷宮が生まれ、知能なき魔物があふれたわけだの。
――そのなかで若く美しいマナの生命体の姫君は、マナを循環させるための組織を創った。
そして非マナ生命体が世界の呼吸器官……迷宮へと赴くよう仕向けたのだ。
それはだんだんと形になった。
平和な時間が――妾が思うよりはるかに長い時間が過ぎていった。
そこで気付くのだ。今度は、マナが薄くなっていることに。
若くして組織を創った美しい姫君は、考えた。
少しずつ、マナを貯蓄できないか――と。
◇◇◇
「……その貯蓄が、レリルだなんて言うなよ」
いつしか聞き入っていたクロートは、ぎりっと歯を軋ませるほどに噛み締めた。
ハイアルムはその先を紡ぐのをやめ、ゆっくりとクロートの様子を眺める。
冴えた月の色をした髪がさらりと揺れ、肩からこぼれた。
「残念ながら否定する言葉を妾は持たぬ――しかし、勘違いしてもらっては困るの。妾はなにも、あやつを犠牲にしようなどとは思わぬ。先に述べたとおり……妾にとって、あやつは我が身も同然なのだ。すべては真実を知ったとき、レリルが決めることであろう? この先、お主がどうするかを決めるのと同じように」
「……ッ」
クロートはますます強く歯を喰い縛った。
――人の命を守るためなら、自分を顧みずに飛び込むレリルがそれを聞いてどうするかなんて……わかりきってるだろ……!
自分の隣に壁があるなら、クロートは拳を叩きつけていただろう。
すべて、なにもかも――ハイアルムの手のひらの上のような気がした。
――口では自分で決めろなんて言って――そんなの『そうやって育てた』んじゃないのかよ。
クロートは翠の眼に怒りを燃やして、ハイアルムを睨む。
――俺たち【迷宮宝箱設置人】は、マナを循環させるためにいる。
それは、わかった。
――迷宮には冨も名声もある。だから人は迷宮に挑む。その結果、命を落とす者がいることは確かだ。
それも、変わらない。
けれど――迷宮にレリルを連れていくことが、もし彼女を犠牲にするためなのだとしたら。
それは、あってはならない。
クロートの心は強くそう思っていた。
「ハイアルム」
「言うがよい」
「この事実、レリルに報せなくてもいいんだよな」
「……言ったろう。どうするかは、お主が決めるのだ」
「……人任せかよ」
吐き捨てたクロートは眼を眇めた。
しかしハイアルムはぴくりとも表情を崩さず、金色の双眸をクロートに向けたまま微動だにしない。
そして、まるで挑発するかのように微笑んですらみせたのである。
「人任せか……ふむ。そのとおりであるとも言えよう。……せっかくだ、いいことを教えるぞ、クロートよ。妾を殺せば、膨大なマナがあふれる。それがあれば世界は百年は長らえるであろう」
本日分です。
本格的な夏到来です。
皆さまご自愛ください。
いつもありがとうございます。




