より深きを知るなれば③
レリルは一瞬だけ呆気に取られたような顔で瞬きをしたが、詳細は後ほどクロートに聞くようにとハイアルムに言われて頷いた。
彼女が出ていくと、ハイアルムは「なにから話したものか」とひとりで呟いてクロートをじっと見つめる。
「やはり、まずはよい報せからよの。――ガルムからは手紙が来たぞ。とある町に留まり迷宮に挑み続けておる。クロート、お主のことをいたく気にかけておったのでな、無事だと伝えた」
「!」
クロートはその内容にぱっと目を輝かせる。
ハイアルムはその表情に満足そうな笑みを浮かべると、次の話を始めた。
「……通常、五級から四級に上がるには少なくとも数回、迷宮へと赴いてもらっておる――前にも話したが、そもそもお主の昇級の早さは異例。それほどの経験をお主はしているのだ。それをしかと胸に刻んだうえで聞くがよい。五級と同じく、この先もお主が決めればよいのだからの」
「……決める?」
クロートが首を傾げると、ハイアルムはクロートへと右手を向け、なにか――光の玉のようなものを収束させた。
「とりあえず先に、妾の好奇心を満たしてもらう」
「うっ、ぐ!」
瞬間、クロートは口元を被い顔を歪める。
――甘ったるい臭い……⁉
彼の鼻が捉えた吐き気を催す臭いは、どうやらハイアルムの手の上に浮かぶ光から発生しているらしい。
甘ったるく、目にも染みるその臭い。
クロートの体が毒に侵されたような――実際に盛られたことはないのだが――怠さを訴える。
「おえ……」
あまりの強烈さに彼が後退ると、ハイアルムはマナを散らした。
途端に臭いは消えたものの、クロートは嘔吐きながら何度も生唾を呑み込み堪えなければならなかった。
「やはりな――報告から予想はしていたが、クロート。お主は『歪んだマナ』を嗅ぎ取るようだの。レイドボスや異常発生したもの、変異種などは少々マナが歪んでおるのだ。それはお主特有の才能であり、その理由は――」
「げほっ……」
「――刺激的すぎたかの……?」
クロートは恨めしそうにハイアルムを見たが、涙目で首を振った。
彼自身もよくわからないものだったので、理由がわかればそれはそれでありがたい――もっと別の方法であれば、なおよかったが。
ハイアルムは彼の様子に、なにがおかしいのかくつくつと喉を鳴らすと、ソファの上で悠々と座り直す。
その表情が真剣なものに変わり、クロートはごくりと息を呑んだ。
「……では【迷宮宝箱設置人】クロートよ。四級を言い渡す。――この先、お主はひとりで迷宮へと挑み、宝箱を設置することを許される。しかし、レリルやほかの【監視人】を同行させることになんら問題はない」
ようやく治まった吐き気に安堵の息をこぼし、クロートは背筋を伸ばす。
――四級か。
彼の脳裏には黒い宝箱の姿がはっきりと思い起こされ、次の階級でその情報が得られるのだ……と、気持ちばかりが逸る。
ハイアルムはそれをじっと凝視したあとで、金色の目をそっと伏せた。
「――よいか、クロートよ。お主が決めるのだ」
「……さっきから、決めるってなんの……」
クロートが質問しようとしたとき、ハイアルムはそれを遮って言葉を重ねた。
「マナ生命体には、知識ある者がいる」
「……は?」
思わず聞き返したクロートは【メルゴモル迷宮】で出会ったホブゴブリンのことを考えた。
彼らをマナの生命体と呼ぶのであれば、ハイアルムの言っていることはわかる。
……けれど。ハイアルムはいつもと同じく、まったく斜め上の言葉を吐き出した。
「【監視人】の一部はマナの生命体での……。妾は数年から数十年に一度『創る』のだ」
「……は⁉ な、なに言ってるんだよ? だってマナの生命体って、魔物ってこと、じゃ……」
反論しようとするクロートだが、言葉は尻つぼみになって途絶えてしまう。
『お前たちのいう魔物の定義がなんなのか、興味はない』
モウリス――アーケインが言っていたことが、頭の奥に何度も何度も繰り返されたからだ。
『核のために狩られるマナの生命体たちも、理由なく殺されているということだな』
――それは、でも……。
「――そしてな」
さらにハイアルムが紡いだ音は、混乱したクロートの頭の奥を一気に貫いた。
「レリル――あれは、妾の創ったマナの生命体だ」
物語がさらに動くところまでやってきました。
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