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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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暗き地よりいたれりは⑨

 ズ、ドンッ!


 弓を離れた一撃は勢いを保ったまま、ゴム玉のような頭を一気に貫き爆ぜさせた。


 それを確認することなく床へと這いつくばったレリルの頭上をぶおんと鉄球が行き過ぎ、少し先の壁面を粉砕する。


「おおおッ!」

「はーッ!」


 向こう側ではクロートとレザが剣を閃かせ、左右からファンブリールの胴体に刃を突き込むと、まるで鏡合わせの如く似通った動作で薙ぎ払う。


 はたして――レリルの一撃で頭をなくし、クロートとレザの刃にゆらりと体を揺らしたファンブリールは――大きな核となって床にゴトリと落下した。


 ……残っていたホブゴブリンは二体。


 彼らはマナとなって溶けたファンブリールの胴体から投げ出されて床に転げると、一瞬なにが起きたのかわからなかったのか、四つん這いになってキョロキョロとあたりを見回す。


 レリルは弓をマナに還し上体を起こすと、散らばったホブゴブリンたちの核に目を留めて項垂れる。


 頭の後ろ、高い位置で結われた蜂蜜色の髪――雨に濡れ、まだ乾ききっていない――が彼女の頬に流れ、張り付く。


 ……すべてが、呆気ない最期であった。


 クロートとレザはちらと目配せすると、ホブゴブリンとレリルへと歩み寄る。


『ギャギャ』


 二体のホブゴブリンはようやく状況を理解したのか、跳ね起きるとファンブリールの核を拾い上げ、頭上に掲げながらレリルの元へと駆け寄った。


 歪な楕円形の深い緑色の核で、茶色いまだら模様が入っている。


『キャキャーッ!』


 歓喜の声を上げ、躍るようにくるくると回ってみせるホブゴブリンたち。


 無邪気にも見えるその光景に、レリルはなんとも言えない気持ちが胸を焼くのを感じた。


 ……彼らは、レリルを励まそうとしているようだ。


「……いったん、さっきの部屋に戻ろう」


 クロートが剣を収めて切り出すと、レザが双剣をシャンッと打ち鳴らす。


「そうだねー。ファンブリールがすぐ『リスポーン』するかもしれないしー」


 ……勿論、『リスポーン』するならホブゴブリンたちも同じだ。


 それでもレザが『ファンブリール』と言ったのは、レリルを気遣ったからだろう。


 クロートはそれを感じ取って、唇を引き結び悲痛な顔をしている己の【監視人】に手を差し出した。


「立てるか」


「……うん」


 レリルは懸命に笑みを浮かべようとして失敗し、頬を引き攣らせたままその手を取って立ち上がる。


 クロートはぎゅっと胸が痛んだが、なにも言うことができずにただ頷いてみせた。


 その間にレザがホブゴブリンたちの核――六個ともだ――を拾い、レリルの手にそっと載せる。


「……」


 レリルは両手に転がる核に目を落とす。


 ――なんて小さくて、軽いんだろう。


 ひとつひとつは彼女の人さし指と親指で円を作ったのと同じくらいの大きさ。丸でも四角でもないごつごつした核は、ホブゴブリンだったものなのに――信じられないほどに軽い。


 レリルはそう考えながら、『ノーティティア』を統べる者……ハイアルムが『マナの生命体』と言っていたことを思い出した。


 ――マナの生命体とは、魔物のことではないのですか。


 自分が口にした質問を、今度は己に問い掛ける。


 レリルはかぶりを振って、その核を目の前のホブゴブリンたちに差し出した。


 ホブゴブリンたちはルビーのような目を細めると、代わりにファンブリールの核をレリルに渡す。


『キャ』


 一番小さなホブゴブリン――彼は生き残っていた――が、レリルの手をそっと撫でる。


 レリルは思い切り息を吸い込むと、大きく頷いた。


「もう平気だよ。行こう」


******


【メルゴモル迷宮 三階】


 ……クロートはひとり、廊下を慎重に進んでいた。


 甘ったるい臭いもなければ、なんの気配もしない。


 廊下は二階と違って粉砕されたような痕跡はないが、蜘蛛の巣や埃でみっちりと被われた空間の空気は、お世辞にも深呼吸したいとは思えなかった。


 誰かが三階を訪れたのははるか昔のように見えるが、飛べる魔物だっているし、蜘蛛のように壁や天井を這う魔物だっている。


 油断はできない。


 ……ひとりで行動するのが危険なことは、百も承知だった。


 しかし、宝箱設置のためにはレザがいては困るわけで――クロートはレリルにレザを任せ、二階を見回ると告げてこっそり三階に上がった。


 レリルは不安そうな素振りを見せたものの、クロートの意図を汲む。


 レザが「もうなにも感じないから、大丈夫だろうけどねー。おなか空いたから、なんか食べようー」と飄々と言ったことが、彼女の決断を助けたはずだ。


 勿論、クロートが「いましかない」と判断するいい材料にもなったが。


 ――あいつを処刑するなんて、ぞっとしないな。


 クロートは、アルに頼まれたのだ――レザのことを。それを自分の手で処刑するなど、どうしてできようか。


「……いっそあいつも……」


 小さな部屋で思わず口にしかけて、クロートは窓から見えた空に心を奪われる。


 ……厚い雲が割れ、光のカーテンが煌めいていた。


 雨は止み、【メルゴモル迷宮】はこれから静けさを取り戻すだろう。


 クロートは吐息をこぼし、あたりに気配がないことを確認すると両手を前に出した。


「……『創造クリエイト』」


 宝箱は形を成し――まだ木製だが、金属でしっかり角が固定され、一部にほんの少しの細工も施されていた――窓の下に鎮座する。


 ……中身には、ホブゴブリンたちのきらきらした瞳……それによく似た、ルビーを思った。


「よし、もうひとつ――」


 クロートは少し悩んでから、そっと手を伸ばす。


 脳裏をよぎったのは、アルを失ったときのレザ……そして、ホブゴブリンの核を見つめていたレリルの姿。


 ――ここは――迷宮は……暗い場所だ。――それでも。


 マナの光が収束し、ふたつめの宝箱がその姿を現す。


 ……中には、なんの変哲もない――つまり魔装具とは呼べない――ただのランプが入っているはずだ。


 けれど、それは暗き地にあって光を灯す者が魅了される――安心するような煌めきを放つはずだ。


 これを見つけた者が、光が差し込む場所へといたれるようにと……クロートはそう思った。

 



本日分です!

よろしくお願いします。

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