暗き地よりいたれりは②
「――ってわけで、【迷宮宝箱設置人】は辞めない。とりあえず強くなって『リスポーン』した魔物を狩りながら、先のことを考える」
「ふ、やはり親子だの。あいわかった。……レリルもそれでいいのかの?」
報告を済ませてからクロートが己の考えを述べると、『ノーティティア』を統べる者はしっかりと頷いた。
「はい。私は――やっぱり【監視人】として動きたいです。お願いします」
レリルも一言一句、はっきりと言葉を重ねて頭を下げる。
蜂蜜色の髪が彼女の動きに合わせて揺れるのを見ながら、ハイアルムは微笑んだ。
「そうか。では、新しい仕事の依頼をするかの。ガルムのこともあろう、早く強くなってもらわねばな」
――望むところだ!
クロートは胸の奥で意気込むと、姿勢を正してハイアルムの言葉を待った。
勿論クロートとてガルムのことが気にならないわけではないが、きっと大丈夫……そう信じているのだ。
そこでハイアルムは、金色の双眸をつ……と細める。
「実はな、ここまで短時間で階級を上げた者はそうおらぬ。――世界のこともあったのだろうが、クロートよ……お主が経験したことは非常に稀なことばかりだったのだ。経験としては、濃いものであったろうの」
「え……そうなのか? ……まあ、マナレイドは多かったけど……」
――それに、『イミティオ』もだ。
心のなかでそっと付け足して、クロートはハイアルムを窺った。
「うむ。……丁度良い。少し見せてもらおうかの」
彼女はどう思ったのか小さく頷くと、クロートへと右腕を伸ばし、手のひらを上に向けて人さし指をちょいちょいと動かした。
意味がわからずクロートが首を傾げたところで、彼の右手をレリルがさっと掴んでハイアルムの手に載せる。
クロートの手を包んだひやりとした白い肌は、幼子のように柔らかく滑らかな絹のようだ。
「……」
とはいえ、いきなり手を握られるのは居心地が悪い。
思わず顔をしかめたが、レリルが真面目な顔で首を振るのでクロートはおとなしく従った。
すると。
ぽう、と。
ハイアルムから淡い光が浮き上がる。
「おお……」
自分の体からもその光がふわりと舞い上がり、クロートは思わず声を上げた。
――レリルの収束させた本を読むときと同じだ!
ハイアルムは、クロートのマナを読んでいるのだろう。
クロートがその柔らかな光に見入っていると、やがて光は空気に溶け、消えていく。
そこには不思議な静寂が満ちていた。
「…………ふむ」
たっぷりと間を開け、ハイアルムは腕を下ろしてクロートを眺める。
「……?」
「いいだろう。【迷宮宝箱設置人】クロートよ。お主はこの先、迷宮で一日ふたつまで宝箱を設置してよいぞ。そして次に行ってもらう迷宮では、ふたつ以上の宝箱を設置してもらう」
「え……いいのか? 創造するのは消耗が激しいんだろ?」
ハイアルムは聞き返したクロートに、ころころと笑ってみせた。
「ふ、妾がいいと言っておるのに疑わずともよかろう。それだけの強さがいまのお主にある――とは思わぬのかの?」
「――」
クロートは息を詰め、言葉を探しながら唇を二、三度モゴモゴと動かして……結局、首を振った。
「――うーん、思えない。俺、【ダルアークの迷宮】でなにもできなかったし」
「クロート……」
レリルは思わず呟いて、そんなことはないと否定しようとして口を開く。
しかしクロートはレリルに向けて手のひらをかざし、彼女の言葉を止めると首を振った。
「レザとレリルと一緒に『ノーティティア』に戻ってくることはできたけど、俺はぶっ倒れたわけで――格好悪いじゃんか。本当はもっとレリルに頼らないと駄目だったなって思うんだ。たぶん、そっちのほうが格好よくて、強い――気がするっていうか」
「……」
レリルは吐き出しかけていた気持ちを全部呑み込んで、クロートをまじまじと見詰める。
クロートはこの前も『自分がもっと頼るべきだった』と言っていたなと思い出したのだ。
――なら私は、もっと頼られるようになればいいのかな……?
「体力が多少ついたところで、それだけじゃ駄目なんだよ……たぶん。まあ、黒龍を相手にするんなら、勿論もっと戦えるようにならないとだけどさ」
ハイアルムは黙ってクロートの言葉を聞き終えると、さらりと流れた冴えた月色の髪をかき上げて笑う。
「ふは……そう考えることができるのならば、強さもまた己にしっかりと積み重なっていよう。……お主のマナの具合であれば、宝箱をふたつ設置するくらいはなんともなかろうの。それは絶対だ、安心するといい」
濡羽色に艶めく黒い髪を揺らし、クロートは翠色の目をぱちぱちと瞬く。
真っ直ぐに肯定されるとは思っていなかったのだ。
「……そういうもん……かな?」
「そういうものよの。……さあ、次の仕事を伝えるぞ」
ハイアルムは胸の前でぽんと手を合わせると、次の迷宮の名を口にした。
投稿できてませんでした!
いつもありがとうございます。
次は迷宮です。
よろしくお願いします!




