暗き地よりいたれりは③
【メルゴモル迷宮】
そこは、小さな村が点在する地域にある人工迷宮だ。
その領土を任された領主『メルゴモル』が住んでいた場所で、残された文献によると、ある日突然魔物が『リスポーン』して一気に迷宮化したという。
とはいえ、それも遠い昔の話。
広い敷地の真ん中には大きな建物があり、かつては美しい庭園を持つ煌びやかな館だったのだろうが、いまや訪れる者は冒険者しかない。
荒れ果てた庭は草木が生い茂り、壁は朽ちて剥がれ、ときおり敷地内を徘徊する魔物の姿を見ることもあるそうだ。
勿論、都市ひとつがまるまる迷宮化した【シュテルンホルン迷宮】――白薔薇の女王と戦った迷宮だ――に比べればはるかに狭いのだが、マナが濃く『リスポーン』する魔物の脅威度が高いため、『ノーティティア』では五級から解禁となる。
今回はその【メルゴモル迷宮】の調査および宝箱設置が仕事であり、どうやら近隣の村から依頼を受けたものらしい。
――いまはとくに、近くに迷宮があったら不安だよな……各地の惨状だって耳に入るだろうし……。
クロートはそう思い、危険な状況の人々を放っておけないレリルと、当然のように一緒に行くというレザを伴って、すぐにルディア王国の王都を発った。
その道中、クロートはレザと『アルテミ』の現状について話をしておく。
もともと無法者を狩ろうとしていたアルやレザたち『アルテミ』は【シュテルンホルン迷宮】で獲物の遺体を確認できず、なにがあったかの情報を得ようとしていた。
【ダルアークの迷宮】に赴いたのは情報の対価とされた『イミティオ』の核――それを取りに行くためだ。
――『ノーティティア』が――父さんが恨まれても仕方ないのかもしれない。
クロートはどこかでそう思っていた。
けれどレザはそんなことは微塵も思っておらず、俺は『アルテミ』だから。……そう返しただけ。
そんなレザの潔さに、クロートは少しだけ尊敬の念を抱く。
……黙ったクロートになにを思ったのだろうか。
レザは頭の後ろで両手を組みながら、飄々と続けた。
「難しいことはわかんないんだけどさー。『アルテミ』の長に報告したときに核は渡しちゃったんだよね。でも、それだけでなにかわかったみたい。国には報告してくれてると思うよ。だからもういいんじゃないかなー」
なんとも適当なことを言っているが、彼にとって情報はどうでもよかったのだろう。
――もっと大切だったのは、きっと……。
クロートはそう思い、唇を結んだままレザを窺う。
一瞬だけどこか遠くを見つめたレザはすぐに目を閉じて首を振り、ぱっと笑顔を浮かべた。
「ねぇ女の子! 見てよこれ! お揃いだねー」
首から下げた白薔薇のペンダントを摘まんで揺らすレザに、レリルは思わず苦笑を返す。
「その話、もう何回も聞いてるよレザ……」
……とりあえず、『アルテミ』は各地で爆発的に増えた魔物を狩るために奔走しているところだとわかった。
レザいわく――人を狩るための部隊もすぐに再編成されるはずだけど、いまはそれどころじゃないだろうねー、とのこと。
――レザには俺たちみたいなのが必要だってアルも言ってたからな。飽きるまでは一緒に来ればいい。
クロートはそう思いながら、心のなかで「宝箱を創造するにはちょっと危ないけどな……」と付け足した。
******
そうして【メルゴモル迷宮】にたどり着いたのはニーネス――九の月も半ばに差し掛かった頃。
空には厚く重い雲が立ち込めて、まだ昼間にも関わらず薄暗い。
湿った空気には草と泥の臭いが混ざっていて、どこか生臭い気がした。
クロートは少し先に見える門の跡――蔦が絡みつき、ぼうぼうに生える草に埋もれている――と、そのさらに奥に見え隠れする館をじっと見据える。
迷宮内にもマナレイドが発生している場所があるかもしれない。
できうるかぎりの情報は手に入れて帰りたいが、クロートは無理はしないと決めていた。
「さっさと入ろうよー、雨降ってきそうだー」
そのとき、レザが垂れ込めた雲を見上げながら声を上げる。
「さっさとって……迷宮だよ? 警戒してねレザ……」
レリルは呆れたように返しながらも、黒い雲を不安そうに見ていた。
そしてこのような場合、たいていは不安は形となる。
ポッ……
クロートの鼻先を掠め、大粒の雫がひとつ。
ポッ――
「ほらー! 早く行こう、濡れると体力も持ってかれるしー!」
「ひゃっ! ちょっと、レザ――!」
レザがレリルの右腕を取り、駆け出す。
「あーもう! 警戒しろよ!」
クロートは周りの草にも自分の頭にも雫が跳ね出したのを感じながら、慌ててふたりを追いかけた。
……ほどなくして雨は本降りとなり、彼らは荒れ放題の庭を転げるように駆け抜けて屋敷の玄関――しっかりと閉じられていた――にたどり着く。
玄関の前は、おそらく馬車が停まれるようになっていたのだろう……屋根が張りだし、その先の部分を二本の柱が支えていたようだ。
すでに一本は朽ちて崩れ、もう一本の表面もぼろぼろとひび割れている。
それでも三人を雨から守るくらいの範囲は屋根が残っており、彼らは身を寄せた。
「――結構濡れちゃったねー」
レザが呑気なことを言っているが、レリルはあたりを警戒して身構えている。
……すでにここは迷宮内だ。
クロートは髪から滴る水滴をがしがしと払って、すぐに玄関の様子を調べた。
しばらくのあいだ、誰かが入ったような痕跡はない。
扉は金属製。ノックするための丸い取っ手のようなものがぶら下がっていた痕跡はあるが、なくなって久しいようだ。
外側にかんぬきがあるところを見るに、魔物が出てこないようにしてあるものと考えられる。
見渡せる範囲の窓という窓にも外から板が打ち付けられていて、その大半は相当古く、だいぶ朽ちていた。
いまのところ庭園に魔物の姿はないが、じっとしていても埒が明かない。
「中に入るぞ」
クロートが言うと、レザは大きく頷いた。
「賛成ー。大丈夫だよ女の子! いまはなにも感じないしー」
「そういえばお前、魔物の気配とかわかるのか?」
「んー、なんか嫌な感じがするだけだけどね。あんただって『臭いがする』とか言ってたよねー? 一緒でしょ?」
レザに聞いたクロートは、反対に聞き返されて唸った。
「俺の場合、普通の魔物は臭わないんだよ……たぶん、なんか強い魔物とか、危険な魔物とか……そういうのが臭うんじゃないかな……と」
「ふーん? よくわかんないけどまあいいや。じゃ、入ろうかー!」
「れ、レザ!」
いきなりかんぬきを引っこ抜いたレザに、レリルがギョッとして声をかける。
クロートは彼女の右肩をぽんと叩くと、剣の柄に手をかける。
「……行こう。どっちにしても入らなきゃならないしな」
祝日ですがせっかくなので更新!
迷宮です。
よろしくお願いします!




