マナリムは牙を剥かん④
「そのいきやよし――さすが我が『ノーティティア』の精鋭よの」
ハイアルムは血色のいい桃色の唇に笑みを浮かべ、ゆっくりと瞬きをする。
レリルは少しでも不安に思った自分を恥じるように身をすくめたが、ハイアルムは彼女に向かって首を振った。
「恥じることはないぞレリル。その不安に思う気持ちが、ときにお前を救うはずだからの。クロートにはクロートの、レリルにはレリルの感じかたがあってもよい。――これから伝える情報は、そなたらを混乱させる。そのとき、お互いを支えること――妾はそれを望む」
笑みこそ浮かべていたが、ハイアルムは真剣に見える。
クロートは知らずごくりと息を呑んで、レリルとふたり、彼女の『情報』を待った。
「ガルムは――おそらくアーケインとともにいる。生きてはおるだろうの。しかし安全かどうかは別問題。いまも迷宮奥深くで息を潜め、ときには凶悪な魔物を屠り、宝箱設置を行っているやもしれん――が」
「……」
クロートは黙ったまま、ハイアルムを見つめる。
果たしてハイアルムは唇の笑みを消し、顎を上げ、すっと目を細めた。
「その迷宮がどこか――妾はいまのそなたに教えるつもりはない」
「……っ」
クロートは目を剥いて、ひゅ、と息を吸った。
――どこにいるかもわからないんじゃ、なにもできないじゃんか……!
心のなかに焦りが生まれたが、クロートは自分を映す金色の双眸に、唇を引き結んで言葉が吐き出されるのを堪える。
そこにあるのは――人よりも長く長く生きるという『ノーティティア』を統べる者への畏れだろうか。
ハイアルムはぎゅっと拳を握り締めるクロートから視線を移さず、静かに――しかし有無を言わさぬ声で――言い切った。
「いまのままでは入った瞬間に喰い殺されるだろうの。それをわざわざ促すわけにはいかない……わかるであろう?」
「……」
……瞬間、クロートの脳裏には翼を広げた黒い龍が浮かんだ。
強大な力を持つ、迷宮の主。
――父さんなら、あの黒龍と戦えたのか……?
考えたが、クロートにもわからない。
どんなに強くとも、一瞬の迷いや小さなミスが命取りになる――それが迷宮だとクロートは知っている。
……ハイアルムはそこでようやく、声を和らげて先を紡いだ。
「――クランベルから先に報告を受けておる。『アルテミ』にも、そなたらにも、今回はつらい思いをさせてしまった。まさかここで世界が動くとは、妾にも予測できなかった」
彼女は黙ったままのクロートとレリルを順番に見ると、ソファから身を起こし、姿勢を正して真っ直ぐに座る。
「強くなってもらいたい――ガルムとアーケインのいる迷宮へ行けるほどにな。――しかしその前に、【迷宮宝箱設置人】クロートよ。そなたには五級を言い渡す。そして、これから開示する情報をもとに、【監視人】レリルと己の身の振りかたを考えよ」
「……五級」
レリルが小さく呟いて、ぐっと唇を引き結ぶ。
クロートは彼女がなにを思ったかわからなかったが、少し気になって眉をひそめた。
レリルはクロートの視線に気付くと、なんでもないとばかりに首を振る。
「此度の混乱――それは【迷宮宝箱設置人】に大きく関わってくる。妾が開示するのはふたつ……ひとつは、六級のおりに伝え忘れた内容で、ひとつは『宝箱を設置する理由』だの」
その間もハイアルムは話を進め、ふう、と息を吐いた。
クロートは伝え忘れていたという言葉に目を眇めたが、ハイアルムはまったく気にしていない。
「……まずは前者。レリル。此度の混乱において体の調子はどうだったかの?」
「!」
今度こそ、レリルの表情は目に見えて驚愕に満ちる。
クロートはレリルの綴った吐露を読んでいたので、彼女の答え――体調がよかったこと――は、すでにわかっていた。
レリルはそのとき、自分が元気だったことに吐き気がすると綴っていたはずだ。
「【監視人】たちは必ずマナ術を使えなければならぬ。それは報告書である本を収束させるためだ。レリルのように魔装具を収束させられる者は、そのなかでもさらに一握りだがの。……妾は身寄りのない者を『ノーティティア』に誘うが、条件がある――マナ術を使う条件とも言い換えられよう。それがなにか、わかるか?」
レリルの反応に、ハイアルムは顔色ひとつ変えず話を続けた。
クロートはだんだんと色を失うレリルの頬を気にしながら、ハイアルムに応える。
「……そんなの、わかるわけ……」
「――マナリムス生まれ」
その言葉に被せるように、レリルは苦しげに呟いた。
「一年の、最初の日。祝福の日。その日に……生まれたこと」
ハイアルムはそれを受け、しっかりと頷く。
「そうだ。お主らは、全員が『マナリムス』生まれ。そして本物の『マナの祝福』を授かっている」
レリルは、消え入るような声を絞り出す。
「だからほとんどの【監視人】は……誕生日、教えてくれなかったんですね……」
金曜に投稿できていなかったので!
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