マナリムは牙を剥かん⑤
レリルはずっとほかの【監視人】とともに過ごしてきたのだから、お互いの誕生日を知っていても不思議ではない。
最初のひとりは、素敵な偶然と思った。ふたりめは、小さな奇跡だと思った。
けれど多くの【監視人】たちは五級になった【迷宮宝箱設置人】とともにその情報を聞き、まだ五級に満たない者たちに知られないよう守ろうとするがゆえに、気軽に誕生日について話さなくなっていく。
これが【監視人】たちが何年も……何度もたどってきた道程なのだ。
プレゼントなんて何年ぶりかなぁとこぼしていたレリルは己の誕生日を祝うことが減っていたのではないか……クロートはそう思い当たり、自分の首にぶら下がっているマナの祝福を施した御守りに触れた。
「ハイアルム。本物の『マナの祝福』ってなんだ?」
彼が聞くと、ハイアルムは肩に流れる髪を耳にかけながら答える。
「本来『マナの祝福』は祈祷師による祈りではなく、マナ術を使うための才能のようなものでな――個人差はあれど、マナが満ちる『マナリムス』生まれであれば、ほとんどが祝福されていると言えよう」
「……」
レリルは真っ青を通り越し、白い顔で呆然と立ち尽くしていた。
本物の『マナの祝福』があろうとなかろうと、レリルにはその真実は『家族ではない』と斬り捨てられたように思えたのだ。
――もし『マナリムス』生まれでなかったら、私は拾われてすらいなかったんだ……。
レザを家族のように思っていたアルたちの姿を思い浮かべ、レリルはぎゅっと手を握る。
――『マナの祝福』のためだけに選ばれた……それだけ。家族になろうとしたのではなく、【監視人】に育てるために。
ハイアルムへの感謝はあった。きっと、拾われなければレリルは生きてはいなかったろう。
けれど彼女の胸のなかに積もるのは、どうしようもなく切ない、寂しい気持ちだ。
ハイアルムはレリルの様子に気付いているはずだが、触れることはせずに続きを口にする。
「此度の混乱において急激に湧き出したマナによって、お主の体の調子はよかったはず。いま世界の各地で異常なマナが満ちているが、『マナの祝福』を受けたお前たち【監視人】は、そのなかで動くには最適の人材だ」
人材という言葉にレリルはとうとう俯いた。
クロートはその姿に、翠色の目を伏せる。
これまで、自分にはガルムがいた。レザにはアルたちがいた。
レリルにはハイアルムがいたと、クロートは思っていた。
――でも、これじゃ……レリルは……。
「――そしてクロート。お前は宝箱を創造する。『マナリムス』生まれではないお前が、なぜ【迷宮宝箱設置人】となれるのか。なんの意味があるのか。これが五級で開示される情報だの。――それは」
「……ハイアルム」
そこで、クロートが『ノーティティア』を統べる者を遮った。
先ほどは畏れに口を噤み、なにも言わなかったというのに。
ハイアルムは面白そうに唇の端を持ち上げ、話せとばかりに顎をつんと上げてみせる。
「あんたはレリルのこと、なんだと思ってるんだよ? ……最適な人材? ただ『マナリムス』生まれだから? ――そんな理由なら、俺はレリルを【監視人】から外す」
「……!」
びくんと、レリルの体が跳ねた。
彼女は血の気の失せた顔を上げ、信じられないものを見るかのようにクロートを見詰める。
「は、外す……? な、なん……で……?」
レリルの絞り出した言葉を、クロートは鼻先で一蹴した。
「ふん。お前そんなんでいいのかよ? 俺だったら嫌だ。元気だったことに吐き気なんか感じる必要あるか? あれは俺の自己管理ができてなかっただけ! 使えるものは使え、働かざる者、食うべからず! ……もっと頼るべきだったんだ、俺が。俺は俺がやりたいから【迷宮宝箱設置人】やってるけど、お前が【監視人】になりたくてなったんじゃないなら、【監視人】じゃなくたっていいよ。レザだって好きで来てるんだし、それならお前も好きに俺とレザと来ればいい」
「えっ……ええっ?」
レリルは混乱に混乱を重ね、瞳を泳がせる。
捲し立てたクロートは面白くなさそうにハイアルムを見ると、唸るように言った。
「アルはレザを家族だと思ってた。そうありたいと考えてた。……あんたがレリルにそう思ってないとは言わせない。【監視人】じゃないレリルでも、あんたは受け入れる。――違うのか?」
「クロート……!」
レリルはクロートの意図を悟り、目を見開く。
そのとき。
「ぶふっ、はは! やはり親子だの! 急にガルムみたいに噛み付いてきおって!」
ハイアルムがからからと笑い出した。
彼女は体を折って腹を抱え、ひーひーと苦しそうに呻く。
……レリルが白い顔のまま、ぽかんとそれを眺めていた。
やがてその笑いが収まると、ハイアルムは目元を拭いながら姿勢を正す。
「……レリル。いまのはただの『過程』である。妾は『ノーティティア』のために『マナリムス』生まれが必要だ。……しかし、生半可な覚悟で育てることなどできぬ。確かに、『マナリムス』生まれでなければまた違った結果だったかもしれん。けれどいま妾にとってお主は我が身同然……それは間違いないのだ。――お主が求めるなら、【監視人】を辞めることもまた、選択肢だの」
「ハイアルム様……」
こぼしたレリルに、ハイアルムは慈愛に満ちた優しい微笑みを浮かべて頷いてみせる。
「……最初からそう言えばいいのに」
クロートは不満げに吐き出したが、ハイアルムは「それではお主の活躍の場がなかろう?」と言い出す始末。
面倒臭くなったので、クロートは肩をすくめてそれ以上話すのをやめた。
――よくわからないけど、ハイアルムがこれから話すことは、レリルや俺にとって重要な話なんだろうな。
そのために自分たちの立場を一度見直す必要があった……クロートはそんな気がしていた。
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