マナリムは牙を剥かん③
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シャーッとベッドを囲むカーテンが引かれ、レザが飛び込んできた。
「そろそろ昼だし食べに――あ! 起きたんだな!」
クロートとレリルはお互い少し距離を開けており、思わず苦笑を交わしている。
レリルの決意は聞けずじまいだが、驚いたせいかクロートの涙は引っ込んでいた。
「……起きたけど……お前、なんでそんな元気なんだよ……というか、ここ『ノーティティア』だろ……なんでいるんだよ」
ぱっと顔を綻ばせたレザに、クロートが呆れた声を返す。
あんなことがあって一番つらいはずのレザが一番笑顔なのが、クロートには素直に不思議だった。
「――んー。俺、アルにあんたらを補助するよう指示されたから――アルや皆のためにもそれを守ろうと思って。なんかさ、どこもかしこもヤバイことになってるしさぁ。『アルテミ』にも報告終えたから、しばらくはあんたらの面倒見ることにしたんだー! ね、女の子?」
「あー……えっとね。クロート、もう三日も眠ってて……」
ニコニコと捲したてるレザに、レリルが説明をしようと口を開く。
クロートは右手の親指と中指でこめかみを挟み、ぐりぐりしながら左手で彼女を制した。
「ん……自分が何日か寝てたのも、世界が大変なことになったのもわかってる。帰ってきたとき『ノーティティア』に異様に人がいたのも思い出してきたけど――その異常事態のせいだったんだな……。けど、レザ。お前、その指示って……」
「アルに……最後に言われた指示だから。しばらくは好きにさせてって『アルテミ』に言ったら、緊急時の招集には応えるって条件で『いいよ』って言ってくれたんだ。それに――俺、泣くのは疲れたから。あんたらと一緒なら、ちょっとだけ楽かなー? ってさ!」
レザはクロートにそう言って、少しだけ寂しそうにへへ、と笑う。
クロートはぽかんと開けていた口を引き結んで、そっか、と頷いた。
――乗り越えようとしているんだ、レザは。それなら、協力しないわけにはいかないな。
しかしそこで、レリルがものすごい形相でクロートのほうに身を乗り出した。
「――く、クロートッ! な、なん……なんで知ってるの⁉ ま、まさか――」
彼女の腕には古めかしい本が掻き抱かれている。
「あ、ごめん。置いてあったから」
「――!」
「え、なになにー? なんの本ー?」
レザが楽しそうに声をかけてきたのを、レリルはキッと睨んだ。
「なんでもない!」
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三日寝ていたところで、クロートの体はまったく弱っていなかった。
『ノーティティア』に所属する治癒士がちゃんと面倒を見ていてくれたらしく、不調もない――というか、おそらくは帰ってきたときより調子がいい。
クロートは顔を洗って着替えると、レリルとレザと一緒に『ノーティティア』の食堂へと向かう。
すれ違う職員たちは皆どこか険しい表情で、いまの状況がいかに厳しいのかを物語っていた。
……食堂でもそれは同じで、ぴりぴりした空気が肌をちくちくと刺激する。
クロートたちは各々食事を注文すると、空いている席に座った。
「……とにかく、マナリムはいま、酷い有様みたい。各地の迷宮でマナレイドが起こったりして……」
レリルがこの三日で得た情報を教えてくれる。
クロートは難しい顔で、口にするか迷っていた言葉をこぼした。
「……父さん……は?」
「――わからない。情報は集めてみたんだけど……皆知らないって。でも、ハイアルム様に報告に上がれば、きっとなにかわかるよ」
レリルは少しだけ間を開けてから答えると、力強い目でクロートを見ながら大きく頷いてみせる。
その向こうでレザが鼻の上に皺を寄せ、心底嫌そうな顔をした。
「えー、俺やだー行かないよー」
「いや、むしろ来たいって言われてもお前は無理だよ……」
クロートはレザが普通にしているので、自分も変わらない対応をしようと決めていた。
気を遣われたところでレザは喜ばないだろう。
「そしたら私たちが報告するあいだ、レザはどうする?」
「じゃあ俺、『アルテミ』に行って使えるもの回収してくるよー」
「わかった。もし早く終わったら『部屋』に戻っててね」
レリルとレザがさっさと話を進めたので、クロートは口に入れようとしていたパンを――ありがたいことに食欲もちゃんと回復していた――止めた。
「……部屋? 戻る?」
「んー? そうだよー。俺、いまあんたらと同じ部屋だしー」
「……は?」
――いやいや、お前『アルテミ』だろ。
クロートは呆気に取られ、レリルを見る。
彼女は苦笑いを浮かべ、肩をすくめてみせた。
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『【迷宮宝箱設置人】クロート、その【監視人】レリルよ。入るがよい』
ずらりと並ぶ報告待ちの同業者のなかで、今日もクロートは先に呼ばれた。
全員が刺々しい空気を纏っており、向けられるのは前回よりも強い眼光ばかり。
クロートとレリルは逃げるようにして真っ白な扉をくぐり、自分たちで閉めた。
「そんなに怯えなくともよかろう?」
はーっとため息をつくふたりの後ろから、ハイアルムの声がする。
澄んだ鈴の音のような、綺麗なせせらぎのような――幼いようでもあり、凛としてもいるようでもあるその声は、今日も変わらなかった。
「……ハイアルム。父さんは?」
クロートは振り返りざまにそう言うと、すたすたと慣れた足取りで毛足の長い紅い絨毯の上を進んでいく。
レリルは慌ててその後ろに続いた。
……ハイアルムは今日も大きなソファにゆったりともたれかかり、冴えた月の色をした髪を右手でくるりくるりと弄んでいる。
クロートとレリルが自分のすぐ前まで来るのを待って、彼女は目を細めた。
「開口一番、ガルムのこととは……本当にあやつが好きなんだろうの」
「軽口はいいから。早く」
「む……つまらんことを言うでない。まあ、そんな場合ではなくなってしまったか。――では【迷宮宝箱設置人】クロート、答えよ。お前の求める『情報』がどのような結果でも、聞き届ける覚悟はあるか?」
ハイアルムの言葉に、レリルの表情が曇る。
けれど、クロートは真っ直ぐにハイアルムの金色の双眸を見詰めて頷いた。
「当たり前だろ。俺も、父さんも――【迷宮宝箱設置人】で『ノーティティア』だからな」
――レリルも、レザも、前に進もうとしてるのに。俺がこんなところで、顔を背けてたまるか。
クロートはふん、と鼻を鳴らした。
本日分です。
よろしくお願いします!




