狩人たちはかくありき⑧
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アルは自分の部隊の夕飯をひとりで作っていたらしい。
なぜこうなったのかはわからないが、レリルはその傍らで料理を手伝っていた。
レザは大きなテーブルの周りに並ぶ椅子のひとつに後ろ向きに座り、せっせと動き回るレリルとアルを眺めながら楽しそうに話しかけてくる。
「そんでさ! おっさんと戦わせてもらってさー!」
「……レザが押し掛けたようですまないな」
「あ、いえ……」
流れるような動きで大量の野菜を刻んでいくアル。
その手にあるのは料理包丁ではなくナイフだが、おそらくそのほうが楽なのだろう。
感心していたレリルに、後ろからレザが笑った。
「俺とあいつ、結局おっさんに一回も勝てなくてさぁ! 結構本気だったんだけどなー、俺。……そういえば、女の子はなんか用ができて、先に出てったんだよな? おっさんが教えてくれたー」
「え?」
レリルは思わず聞き返し、自分があの場から離れたことにガルムが気付いていたのだと渋い顔をした。
――たぶん、私が気まずくないように、ふたりに一声かけてくれたんだ……。
虫のいい話かもしれないが、ガルムなら本当にそうしてくれているかもしれない。
ぼんやりとそう思ったレリルの横で、アルは鍋にさっと油を入れると、切った野菜を炒め始めた。
「あ、お肉切れました」
「ああ、助かる。……せっかくだ、お前の家族が許すなら、ここで夕飯食べていくか?」
アルは大きな鍋を軽々と振りながら、手際よく野菜をひっくり返す。
大きく燃える火が鍋の下で煌々と揺れる。
レリルは一瞬だけ動きを止めて、困った顔をした。
「私、家族はいないので……」
「……なに?」
「私、身寄りがなくて……『ノーティティア』で育ったんですよ。だから――」
「そうか。それなら、ガルムとクロートが問題なければ、夕飯食べていけ」
「……」
レリルは、アルがさらりと言うのに驚いた。
彼に悪びれる様子はなく、かといって気を遣われているわけでもないらしい。
決して嫌な気持ちにはならなかったが、初めての反応だったので、レリルはぽかんと間抜けな顔をした。
アルはちらりと深い紅色の瞳を向けると、ああ、と呟く。
「――俺たちも、身寄りがない。特に、俺の部隊はそういう集まりだ」
「!」
レリルは驚きにますます目を見開く。
レザが後ろから、くすりと笑った。
「俺たちさ、大半は家族を殺されたんだよね。――『人』に。だから一緒に狩りに出るんだ」
「……え」
振り返るレリルに、レザは獲物を狙う獣のような瞳を光らせる。
そこでアルが、レザの言葉を引き継ぎながら少ししんなりした野菜に肉を投入した。
「『アルテミ』は、法の下に無法者を裁くことができる。『リスポーン』待ちしている奴らだけじゃない、あらゆる無法者が俺たちの獲物だ」
じゅわっと音がして、肉の焼ける匂いが広がっていく。
「……当然、自分たちの家族を奪った奴らもその対象になる。だから復讐のためにここに集まってきた奴らも多い。それが俺の部隊だ」
「――」
言葉を失うレリルは、レザの体――いまは黒いぴったりとした服に見える魔装具に覆われている――に刻まれたいくつもの傷痕を思い出し、息を呑んだ。
――レザは家族を奪われた――それなら、あの傷は……?
レリルの考えを正しく読み取ったレザは、口元を歪め、獰猛な笑みを浮かべる。
「俺は玩具だったんだよ。倒れた家族の真ん前に吊されて、皮とほんの少しの肉を切り裂いて、苦痛を与え続けて遊ぶ玩具。血があふれて、体中が真っ赤に染まるんだ。悲鳴を上げたらまたひとつ。涙が出たら、もうひとつ――。でもあいつら、笑うんだよね。楽しそうに」
「……」
アルは黙ったまま、鍋を振った。
野菜と肉が絡み合って宙を舞い、また鍋に収まると、彼は並べられていた香辛料を手際よく加えていく。
調理器具に填め込まれているのは魔物の核で、燃える火の下、ぼんやりと光を放っていた。
レリルはレザの瞳に囚われ、身動きひとつ取ることができない。
彼のぎらぎらした眼に映るのは、過去の悍ましい記憶なのだろうか。
「――治りかけた傷の上から、また剣でなぞられる。かさぶたが剥がれて、肌が引き攣れて、すっげー痛いんだ。――それで」
「レザ。もうやめろ」
「……ん、あー……ごめん、女の子」
アルに止められて、レザはばつが悪そうに首をすくめ、目を逸らす。
弛緩した空気に、レリルは首を振った。
「ううん……」
そんな残忍な者がこの世にいることが、レリルには信じられなかった。
そして、それを味わったレザの『狩人』たる瞳に戦慄した。
けれど――命を狩るために生きているその様が正しいのか、レリルにはどうしてもわからない。
「よし、できたぞ。レザ、皆を呼んでこい」
「はーい」
アルが火を止め、ふう、と息を吐く。
レザはいつものようにへらっと笑うと、広間の奥、扉の向こうへと軽い足取りで消えていった。
「……理解しなくていい。むしろ、しないほうがいい。俺たち『狩人』は狩りをやめない。それだけだ」
閉まった扉を見つめていたレリルに、棚から皿を出しながらアルが呟いて――レリルはそっと頷いてみせる。
自分の感じていた不安など、いまはすっかり消え去っていた。
本日分です。
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