それは絶対の覇者たるか①
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結局、夕飯は『アルテミ』に囲まれて食べた。
いつもは近寄りがたい空気を纏い、鋭い眼光であたりを睨め付けている集団は、意外にもレリルにとても優しくしてくれる。
「次、一緒に【ダルアークの迷宮】に行くんだろ? 任せとけ、ちゃんと守ってやるぞ」
「えー、俺が任されたんだけどー?」
「ばぁか、レザ。お前だってまだまだ守られる立場だろうがよ」
「む、言うね? 絶対に負けないと思うなー俺!」
大きなテーブルを囲んだわいわいと賑やかな食卓を、レリルはあまり経験したことがない。
総勢十二名とレリルは、たくさん笑い、アルお手製の食事に舌鼓を打ち、多くの話をした。
理解しなくていいとアルは言った。
――それでも家族がいない寂しさは分かち合うことができるのかもしれないな。
穏やかな表情をした『アルテミ』たちに交ざりながら、レリルはそう思った。
◇◇◇
外に出ると、すでに空は真っ暗だった。
……とはいえ路地には建物からこぼれる明かりが満ちていて、往き来する人もまだまだ多い。
「ひとりで大丈夫? 女の子」
「うん。……レザ、えっと……ありがとう。楽しかった」
「ん、へへ。どういたしましてー! ところで、あいつが言ってたけんだけど……本読む約束があるって本当?」
「……あ……!」
レリルはレザの言葉に固まった。
彼女は今日の訓練のあと、クロートと【迷宮宝箱設置人】六級で解放された書庫に行く約束をしていたのだ。
さーっと青ざめたレリルに、レザはへらっと笑うとぽんと背中を押す。
「じゃ、早く帰ってあげなー? ……あんまり気にしなくていいと思うよ、俺。たぶん、俺もあいつも、女の子がいたらもっと戦えると思うしー。――じゃあ、また明日ね『レリル』」
「…………えっ?」
レリルが振り返ると、レザの体がするりと扉の向こうに消えるところだった。
レリルは彼がどう思ってそう言ったのかわからなかったが、なんだか悩んでいたのがおかしくなって口元に笑みを浮かべる。
名前を呼ばれたことも新鮮だった。
「うん。ありがとう、レザ!」
きっと扉の向こう、レザは笑っているだろう。
レリルは駆け足で『ノーティティア』へと戻った。
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クロートはひとり、部屋の中で行ったり来たりを繰り返していた。
ガルムは模擬戦を終えると再びどこかへ行ってしまい、もらった『魔装具』についての話もできていない。
レザはあっという間に帰ったし、レリルは気が付いたらいなくなっていて――ガルムが言うには別の用事があったとのことだが――ほかにやることがなかったのだ。
レリルがいないのに解禁された書庫に行くつもりはなかったし、クロートはレリルに別の用事があったというのも信じていなかった。
――きっと、具合が悪かったんだよな、レリルの奴。レザが来てからは模擬戦にも加わらなかったし、元気なかったし……。
そんなことを思いながら、彼はテーブルに載せた袋に目を向ける。
茶色い無地の紙袋は模擬戦を終えてすぐに買いに走ったもので、中には薬草を煎じた薬と、もうひとつ……思い立って用意したものが入っていた。
ただ、肝心のレリルが戻らないとあってはどうしようもない。
窓の向こうはすでに暗く、魔物の核を使ったランプの明かりとクロートの姿がくっきりと映し出されていた。
――どこかでひっくり返ってたりしないよな……?
クロートは眉間に皺を寄せ、唸る。
「……捜しに行くか……」
考えていても仕方がない。
テーブルの袋を掴み、クロートは部屋を出ると、迷わず『ノーティティア』本部の出口へと向かう。
そこで。
「クロートっ!」
「ん……あ」
廊下の向こうから、ちょうどレリルが駆けてきた。
どこから走ってきたのか、クロートの前まで来ると彼女は肩で息をしながら額の汗を拭う。
前屈みになって膝に手を突いた彼女の蜂蜜色の髪が、汗で首筋に張り付いていた。
「はーっ、はあ、はー……」
「どうした、なにかあったのか⁉」
クロートは必死な顔をしたレリルに慌てて問うと、とにかく部屋に戻ろうと促す。
けれど、彼女はぶんぶんと首を振って顔を上げ、クロートを真っ直ぐ見つめた。
――まずはちゃんと謝らなくちゃ。約束をすっぽかしちゃったこと……!
その思いが、レリルを突き動かしていたのだ。
「ごめんねクロートっ、書庫、行くって言ってたのに……!」
「……書庫? ああ、そんなのいいって! とりあえず戻るぞ」
「……え? あ、はい……」
呆気ない応えに、レリルは一瞬わけがわからなくなる。
レリルはぽかんと気の抜けた顔をしながら、もう一度額の汗を拭った。
――怒ってないのかな……? やっぱりガルムさんが、私が気まずくないようにうまく伝えてくれてたってことかな……?
彼女はそう思いながら、踵を返して前を行く濡羽色に艶めいた黒髪の少年をしげしげと眺める。
……いつも通りのクロートだった。
◇◇◇
……部屋に戻ると、クロートはレリルに椅子に座るよう言って、常備されたポットからお茶を入れた。
差し出されたお茶をありがたく口にしたレリルの前に、クロートは持っていた紙袋をそっと置く。
「……ん?」
首を傾げたレリルに、クロートは小さなテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座りながら困った顔をする。
「お前、具合悪かったんじゃないか? ……元気なかったからさ。それ飲んで」
「……あ」
レリルは驚いて目を丸くすると、そっと紙袋を覗く。
中には薬の小瓶と、もうひとつ小さな紙袋が入っていた。
薬は風邪をひいたときや元気がないときに飲むもので、レリルも何度となくお世話になったことがある。
ただ、この薬は薬草を煎じ詰めた液体で、即効性はあれど日持ちしないため、旅に持っていくには不向きなものだ。
だから、常備されたものではなかった。
「これ……もしかして買ってきてくれたの?」
「うん。父さんはレリルは別の用事があったって言ってたけど……」
クロートは言いながら、ちょっとだけ身動いだ。心配したのは本当だが、口にするには照れ臭い気がしたのだ。
レリルは手のひらで包めるくらいの小瓶を大事そうに手の上に載せると、こっちを見ていないクロートに向かって小さく「ありがとう」と言う。
――こんなに気に掛けてもらえていたなんて、信じられない。
胸がいっぱいになり、彼女はそれ以上言葉を発することができなくなる。
クロートは黙ってしまったレリルにちらと視線を向け、思わず口元を緩めた。
「ふ、そんな意外そうな顔しなくてもいいだろ」
「えぇっ? 違うよ! クロート、意外と見てくれてるんだなぁって……」
「意外って言っちゃってるじゃんか!」
「あ、あれ?」
レリルは笑い出したクロートに向けて首を傾げたが、楽しそうなその姿に、つられて笑ってしまう。
……彼女はもうひとつの紙袋を手に取った。
「こっちの袋は?」
「ん? あー、それはプレゼント」
「ぷれぜ……ええ?」
目をぱちぱちするレリルに、クロートは忙しい奴だなぁ、と微笑んで、開けるように言う。
レリルはそっと紙袋を開け、そろそろと手を差し入れた。
本日分です!
よろしくお願いします!




