それは絶対の覇者たるか②
中から出てきたのは、革紐のペンダントだった。
先端にぶら下がっているのは白い薔薇。
【シュテルンホルン迷宮】の塔で戦った、白薔薇の女王の核である。
白い革紐は細いものを何本か使って編んであり、ちょっとやそっとじゃ千切れそうにない。
決して煌びやかではないが、しっかり作られていて、とても可愛らしかった。
「……」
無言でまじまじと魅入っているレリル。
クロートはだんだん不安になってきて、眉を寄せて窺うような表情をみせる。
レリルはそれでもなにも言わず、ぼうっとペンダントを見つめたままだ。
「――御守りだよ。マナの祝福を込めたやつ。いざってときにもその核があればとりあえずの資金にはなるだろうし」
耐えきれなくなったクロートが言葉を紡ぐと、レリルは呆けたまま視線をクロートへと移した。
「ちょうど『祈祷祭』で、祈祷師がたくさん来てるんだ。レリルも知ってるだろ?」
クロートはぽかんと口を開けているレリルに向けて、さらに言い募る。
祈祷師とは、この世界――マナリムから祝福を受け、世界に感謝の祈りを捧げる巫女や神官のような存在だ。
その祈祷師がマナの祝福と呼ばれる祈りを捧げた装飾品には世界からの加護があり、身に付けた者を守ると言われている。
そのため装飾品の作成や加工を行うことができる祈祷師は多く――勿論タダではなく、彼らの大半はそれで生計を立てている――依頼すればその場で作ってくれるので、クロートはこのプレゼントを思い付いたのだった。
「『薔薇の女王』の核は結構あったし装飾品として売れるって聞いたから、ちょうどいいかなって――聞いてるか?」
反応を示さないレリルに、クロートはとうとう問い掛けた。
レリルはそこでゆっくりと頷くと、心底嬉しそうな、それでいて優しい声でこぼす。
「プレゼントなんて、何年ぶりかなぁ……」
クロートはそれを聞いて、ようやく安堵の息を吐く。どうやら、気に入ってはもらえたようだ。
「よし、じゃあ薬飲んで寝ちゃえよ。明日もまた模擬戦やるつもりだし、次は一緒に連携の練習しような。……あ、夕飯が先か。食欲ある?」
クロートがさらさらと言葉を募ると、レリルはぴくりと反応して我に返り、ばつが悪そうな顔で言った。
「――あ、ごめん。夕飯は食べちゃったんだ……」
「あ、そうなのか? じゃあ俺、食べてくるよ。――おやすみ!」
クロートは気にする様子もなく、立ち上がる。
レリルは、彼はもう少し気にするかと思ったけど……という気持ちと、申し訳ないようなそうでもないような気持ちで、思わず渋い顔をしてしまった。
とはいえ、このまま貰いっぱなしというのも気が引けてしまう性格だ。
「ねぇクロート。クロートも、ペンダントだったら身に付ける?」
レリルが聞くと、扉のほうへ踏み出していたクロートは唇の端をにやりと吊り上げて、懐からなにかを引っ張り出した。
黒と、赤と、茶の革紐が、クロートの指先に引っ掛けられてゆらゆらと揺れる。
「…………!」
レリルはそれを見て絶句した。
「薬ができるまでの時間で、祈祷師に頼んで作れるだけ作ってもらったんだ。レリルのと合わせて四本できた! せっかくだから俺と父さんと……あと一本はいざってときの収入源だな!」
クロートはそう言うと、三本のペンダントをくるくると回しながら上機嫌で部屋を出ていった。
「…………」
残されたレリルは無言で薬の小瓶を開けると、少しだけ苦いけれど果物のような甘酸っぱさで飲みやすくなっていた中身を一気飲みにする。
そして空になった瓶をタァン! とテーブルに置くと、真っ赤になって突っ伏した。
――特別に作ってくれたんだと思った自分が浅ましい。恥ずかしい。最悪! もう絶対に騙されないんだから!
こうして、彼女はさっさと浴場で汗を流し、クロートやガルムが戻るよりも早くにベッドに潜り込む。
飲みやすくされた薬こそがレリルのために特別に作られたものなのに……残念ながら、彼女は気付かなかった。
******
その晩、遅くに帰ってきたガルムはレリルがいることをベッドのカーテン越しに確認して安堵の吐息を漏らした。
安心したようにすやすやと寝息を立てているレリルに、もう大丈夫だろうかと考える。
クロートはどうかと思えば、彼はガルムを待っていたらしくカーテンの隙間から顔を覗かせた。
(まだ起きてたのか?)
(うん。ちょっと話があってさ)
ガルムがレリルを起こさないように小声で言うと、クロートも同じように返す。
彼はクロートに手招きすると、場所を変えた。
やって来たのは、昼間に模擬戦をした屋上だ。
「……それで、なんだ?」
王都の明かりは少なくなっていたが、それでも真っ暗とまではいかない。
静かではあれど喧騒が遠く聞こえていて、心地よい風がクロートの髪を揺らし、眠っている草花を優しく撫でていく。
「これ」
クロートは腰に差していた魔装具をすらりと抜き放つ。
闇のなかでは蒼白い光を纏う刀身が浮き上がって見え、幻想的だ。
「……魔装具か。ハイアルムからもらったのか?」
ガルムは自分が創造したことがバレていないと思っていたため、とりあえず当たり障りなく返す。
クロートは笑いを噛み殺すと、ひゅんと一振り刃を閃かせる。
「ハイアルムは報酬って言ってたし、かなりの業物だって褒めてた」
「ん、そうか……」
「軽くて羽みたいだ。振っても全然疲れない気がするのに、どんなものでも斬れるような感じ」
「……」
クロートは懐から白い薔薇の形の核が付いたペンダントを取り出すと、なんでもないふうを装うガルムにぽんと投げて寄越した。
「御守り! 祈祷師に作ってもらったんだ。レリルにもあげたし、俺も持ってる」
「ほお、レリルにもか? ……やるなお前」
「父さんにはこの剣のお礼として渡すんだけどな。俺が父さんの宝箱に気付かないと思ったら大間違いだぞ」
ガルムは本気で感心して言ったが、クロートの言葉にすべて吹き飛んでしまった。
「ぶっは! んだよ! 気付いてたなら最初から言いやがれ!」
クロートはそこで堪えていたものを弾けさせると、剣を収め、腹を抱えて笑う。
懸命に知らないふりを決め込んでいたガルムがおかしかったのだ。
当のガルムは仏頂面で腕を組み、唸る。
クロートはひーひー言いながらひとしきり笑うと、笑みを浮かべたまま言った。
「父さんがどこ行くか知らないけど、もしモウリスに会ったら伝えといてよ。あんたの物語、これから楽しませてもらうって」
ガルムはそれを聞くと苦笑して、頬の傷を擦った。
「……もし会ったらな」
物語がクロートにどんな思いを抱かせるのか、ガルムにはわからない。
アーケイン――モウリスへの気持ちも変化するだろう。
ガルムは思いを馳せながら、この先に進むクロートの助けになるようにと――自分が創造した魔装具へと念を送っておいた。
……効果があるかは、不明だけれど。
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