第36話 その殺し屋、王都に立つ②
「え、ちょっと待って。八つって……そんなに前からだったの!?」
カーネリアンの発言に、思わず足が止まった。ゲームでも幼い頃から街に出ていた話はあったけれど、まさかそこまで小さい頃からだなんて。
カーネリアンは少し考えるように視線を上に向け、それから話を続ける。
「ああ。……そう言えば、ドライトと俺の関係、ちゃんと話してなかったな。アイツ、元々は王宮の勤めでさ。俺の家庭教師だったんだ」
「……へぇ、そうだったのね」
口ではそう言ってみるが、それも私が知っている情報だった。
ドライトは宮廷魔法士の家系の出で、魔導工学の分野で将来を嘱望されていた天才だ。
カーネリアンは幼い頃から知りたがりで、王宮の大人たちを困らせる問題児。そんな彼を唯一手懐けられたのが、ドライトだったとゲームでも語られていた。
「でも、そんな人がどうして街に?」
「クビになったんだよ」
短く言い切った声は、どこか自嘲めいていた。
「俺、ガキの頃から何に対しても、納得するまで調べないと気が済まないタイプでさ。しょっちゅうアイツに質問攻めしてたんだ」
ゆっくりと歩きながら話す横顔は、どこか遠いところを見ている。
「ドライトってお人好しだろ? アイツもアイツで俺に付き合ってくれてさ。……それが、オカーサマの逆鱗に触れちまったんだ」
そう言って、カーネリアンは指先で自身の三つ編みにそっと触れる。
「王宮を追い出されたアイツは、知り合いの伝手で街で魔導具屋を始めたんだ。本人は前より気楽で暮らしやすいなんて言ってるけど……実際のところは、どうなんだろうな」
他人事みたいな口調とは裏腹に、ハンチング帽の奥から覗く瞳は、どこか寂しげに見えた。
――フレイヤ様は、クォーツラント聖輝教会の庇護者という立場にあり、信仰と秩序を何よりも重んじる人物だ。
〝神の力〟の象徴である雷の魔力を神力として尊び、その理を人の手で組み替える魔導工学には否定的な考えを持っていた。
そんな彼女の目には、ドライトがカーネリアンに〝余計な知識〟を与え、しかも宗教的に忌避される思想を教え込んだように映ったのだ。
結果としてドライトは王宮を追われ、二度とその敷居を跨がせないよう、宮廷魔法士の資格も剥奪された。
そして今、彼は王都の片隅で魔導具屋を営んでいる。
情報としては知っていたはずなのに、こうして当事者の口から聞くと、胸の奥が少しざわつく。
「……なんだか、理不尽な話ね」
私がそう呟くと、カーネリアンは小さく笑った。
「だろ?」
それから、少しだけ間を置いて、続ける。
「ドライトが王宮を去るって聞いた時さ。俺、癇癪を起こしたんだ。俺のせいで、アイツの人生をめちゃくちゃにしてしまったって」
幼い王子が口にするには、あまりにも悲痛な言葉だった。その響きが胸に落ちて、じわりと痛みが広がる。
「俺があまりにもしつこく泣き喚くもんだからさ、観念したドライトが〝アレ〟をくれたんだ」
「〝アレ〟……? それってもしかして、空間転移の輝石のこと?」
王宮の東屋で彼が使った、つるんとした輝石が脳裏に浮かんだ。私がそう言うと、カーネリアンはパチンと指を鳴らした。
「ご明察! ……元々はな、有事の時だけ使えって言われてたんだ。でもさ、こんな面白いもの貰ったらすぐに試したくなるだろ?」
カーネリアンはニヤリと悪戯っぽく笑った。……その口ぶりから察するに、すぐに使ったのだろう。
「それがきっかけで、アイツの家に通うようになったんだ。初めて外に出たいって言った時は、さっきみたいなおっかない顔して怒られたな~」
口ではそうぼやきつつも、カーネリアンは懐かしそうに目を細める。
転移用の輝石。八歳の子どもに託すには、あまりにも物騒で、そして優しすぎた餞別だ。
(ドライトさんは、わかってたんじゃないかな。カーネリアンがすぐに使うって)
それに、自分の家に押しかけてくるだけならまだしも。
一国の王子様が「街に出たい」と言い出すだなんて、想像するだけで胃が痛くなる話だ。
それでも、ドライトはカーネリアンの意思を否定せず、彼に寄り添う道を選んだのだ。
「……優しい人なのね。ドライトさんって」
「そうだな。信頼できるやつだよ、本当」
ドライトのことを話すカーネリアンの表情は、驚くほど柔らかい。服装も相まって、本当にただの十三歳の少年にしか見えなかった。
(彼のこと、今までちょっと怖い人だと思ってたけど……)
そんなことを考えていた、その時だ。
――ぐううううう~~~~と、間抜けな音が響いた。
間違いなく、私のお腹から鳴った音だ。途端に、顔が一気に熱くなる。
カーネリアンはそんな私の様子を見ては、きょとんと目を瞬かせた。それから盛大に噴き出し、お腹を抱えながら笑った。
「あっははは! そうだよなあ! もう昼過ぎだし、腹だって減るよな。んじゃあ、飯でも食いにいくか」
「え、あ、……うん!」
その笑顔があまりに無邪気で、幼くて。ほんの一瞬だけ息を呑んでしまった。
上手く言葉が出なかったのはきっと、お腹が空いていたからだ。そういうことにしておこう。




