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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第三章

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第36話 その殺し屋、王都に立つ①

 




 風が(ほお)を撫でた。


 通り沿いの建物には緋色(ひいろ)装飾(そうしょく)(ほどこ)され、複雑な刺繍(ししゅう)が描かれた旗や布が軒先(のきさき)から垂れている。


 薔薇(ばら)を模した意匠(いしょう)は至るところにあしらわれ、花弁の形をした飾りが石畳の上に淡い影を落としていた。


 甘い花の香りと、鼻の奥をくすぐる香辛料の匂い。


 子どもたちの甲高い笑い声、青年たちの談笑、年配の人々の落ち着いた会話。年齢も性別も違う声が幾重にも重なり、街全体が波打つようにざわめいている。


 この世界にやってきて、初めて目の当たりにする大都市。ここが、王都ソルディア。女神カンティヤの祝福を受けて生まれた、クォーツラント王国の中心地にして聖域だ。


 石造りの街並みはどこか東欧の都市を思わせるのに、漂う香りには中東の市場のような濃さがある。


 見上げれば、輝石の魔力を利用した昇降機が音もなく動き、見慣れない動物が荷を引いて人混みを進んでいた。


「……すごい」


 思わず、息が零れた。


 ゲームの中で何度も見てきた街並み。けれど、現実に立ってみると、その眩しさも、熱も、重さもまるで違う。


 王立植物公苑では、あまり味わえなかった〝異世界に来た〟という感覚が、じんわりと胸の奥を震わせていた。


 その光景を噛み締めていると、隣から小さく吹き出すような音が聞こえる。


「なんだ、それ。まるで初めてソルディアを見たみたいな反応だな」


 視線を向けると、ハンチング帽を目深に被った少年――カーネリアンが、肩を震わせて笑いを堪えていた。


 長い髪を三つ編みに結い、くしゃりと皺の寄ったシャツにサスペンダー。使い古されたズボンと革靴。街の喧騒に溶け込んだその姿は、どこにでもいそうな少年にしか見えなかった。


「え!? そ、そんな訳ないじゃない。だって、その……私、暫く屋敷に篭ってたし。それに、外に出るのも王宮や植物公苑とかだったから……」


 不意に図星を突かれ、しどろもどろに言い訳を口にする。


 箱入りのお嬢様であるサフィラが、こう言うのは不自然ではないはずだ。内心ひやひやしながら、彼の反応を窺う。


 するとカーネリアンは、「ふぅん」と気のない声を漏らした。帽子のつばの下で、朱い瞳が一瞬だけこちらを捉える。


「……確かに、サフィラって昔から外出制限されてたしな。まぁ、おかしくはないか」


 含みのある言い方だったが、それ以上踏み込む気はないらしい。私は内心、ほっと息を吐いた。


「にしても、すごい人だな。さすが緋冠祭の前ってところか」


 そう言って、カーネリアンは通りを行き交う人々を見渡した。


「ねえ、カーネリアン。私たち……ちゃんと馴染んでるかな」


「問題ないさ。ほら、周りのガキども見てみろよ。似たような服、着てるだろ」


「……でも、私たちの方が少しボロな気もするけど」


「それはしょうがない。古着だしな。でも、大丈夫だよ。街の人はそこまで気にしないし、市場の方に行けば、もっと馴染むさ」


 そう言われて視線を巡らせると、確かに私たちと同じような格好の子どもたちが、石畳を駆け回っている。そして、誰一人として私たちに視線を留めていなかった。


 その事実が、ようやく実感を伴って胸に落ちる。


 ――そう。私たちは今、変装をしている。


 どうしてこのようなことになったのか。経緯を思い返すと、自然と記憶は数十分前へと遡っていた。





「はぁ……カーネリアンが言い出したら聞かないのは、いつものことだが。まさかお嬢様まで怖いもの知らずとはな」


 頭を掻きながら、ドライトが溜め息を吐いた。


「ドライトさん、やっぱり私、ここまで来て引き下がれません。……王都が危険だって話はわかりました。でも、ちゃんと確かめたいんです」


「俺からも頼むよ、ドライト。……なぁに、大丈夫だって。俺も付いてるし、危ない所には近付かないからさ」


 私とカーネリアン。二人分の視線を受けて、ドライトはしばらく黙り込む。何かを考えている様子であったが、重くなっていた口を漸く開いては、とてつもなく大きなため息を吐いた。


「はぁぁぁぁぁ……あー、はいはい。わかったよ! 好きにしろ!」


 やや投げやりな言い方ではあったが、その言葉を聞いて、胸の奥がパッと明るくなる。


「あ、ありがとうございます!」


「ただし!」


 お礼を言うと、ドライトは間髪を入れず私の眼前に人差し指を突き付ける。


「……サフィラさん。このド派手なドレス姿じゃあ、貴方をそのまま外に出す訳には行きません」


 深い臙脂色のドレスに、薔薇のコサージュを携えたボンネット。改めて自分の姿を見て、確かに……と頷く私。この如何にも「私は貴族のお嬢様です」と語っているようなドレス姿で、街を歩くわけにはいかない。


「うっ……確かに。でも、一体どうしたら?」


 そう問いかけると、ドライトは眼鏡の奥で目を細めては「おまかせください」と、小さく頷いた。


 そして、次の瞬間。どこからか取り出した輝石(クォーツ)が彼の手の中で淡く光り――ドサッ!と大きな音を立てて、大量の()()()が床に現れる。


「え、これって……?」


 状況が飲み込めず、唖然とする私とは裏腹にドライトの表情はどこか楽しげだ。

 口角をわずかに上げ、眼鏡を押し上げては――


「では、身支度と参りましょうか」


 そのニヤリとした笑みを合図に、凄まじい手際で変装の準備が始まったのであった。





「――にしてもさ、凄い変わりようだな。まさか、アンタがこんな風になるだなんて思わなかったよ」


 カーネリアンにそう言われ、記憶の旅から意識が戻る。


 ハッとした私などお構いなく、彼は私の姿を頭の先から足元まで、ゆっくりと見やる。


 感心したような視線につられて、私も自分の服装へと目を落とした。


 生成りのチュニックとくたびれたクロップド丈のズボン。濃紺のウェーブの長い髪は、髪紐で束ねてキャスケット帽の中へ押し込んである。


 使い込まれた革靴に白いソックス。そうして出来上がった私の姿は、まるで街角を駆けまわる少年のようであった。


「本当よね。私もびっくりした」


 まさか、あの〝お嬢様然としたサフィラ()〟が、ここまで化けるだなんて。前世でも変装をすることは多々あったけれど、ここまでの変化と完成度の高さには、思わず舌を巻いた。


「ドライトが掛けた、認識阻害魔法も効いてるな。(はた)から見たら、ただの下町の子どもにしか見えないぜ」


 安心しな、と言いたげに肩を竦めるカーネリアン。


「……それにしても。まさか、ドライトさんの家にこんな服があるだなんて。驚いたわ」


 私はそう言いながら、ドライトが召喚した大量の古着の山を思い出す。男性用に女性用。子ども服もあれば、普段着から、使い古されたフォーマルウェアまでと様々であった。


 私が知る限り、ドライトは独身のはずだ。

 どうしてあんなにも大量に、年齢も性別もばらばらな衣服が揃っていたのだろう。


「ああ、そのことか。アイツ、魔導工学の技師でさ。あの家で、魔導具屋をやってるんだ。んで、街の人から雑巾用にって古着を譲って貰うんだと」


「街の人から? なるほど、だから色んな種類の服があったのね」


 私はそう言いながら、服の裾を掴みまじまじと眺める。


 通りで、こんなにもくたびれていて、袖がほつれていたのかと納得がいく。


「あぁ、でも安心しな。この服はまだ雑巾として使っちゃいないやつだよ」


 頷いていると、カーネリアンが少しだけ苦笑いを浮かべてそう付け加える。


「街の人が古着を次々持ってきてくれるから、雑巾に回すのが追いつかないんだよ。だからあんな山になる。んで、この俺が有効活用してやってるってワケ」


「有効活用って、この変装のこと?」


 私が尋ねると、カーネリアンは深く頷いた。

 そして、どこか遠くを見つめながら、懐かしげにその瞳を細める。


「そう。こうやって街に出るのは、俺が八つの頃からやってるからな。それでアイツも準備に手慣れてるんだよ」






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