第35話 その殺し屋、机上の会議
「貴女の胸騒ぎ。あながち、間違っていないかもしれませんよ?」
そう言いながらドライトは、眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。その鋭い閃きに、私は息をそっと呑み込んだ。
「……緋冠祭が近いでしょう? それに伴い、王都には諸外国から多くの観光客が訪れています。もちろん、ウパラからの来訪者も例外ではありません。その事で、義勇団の連中はここ数日ヤケにピリピリしていましてね。治安維持を称して、各地でウパラ人相手に難癖をつけているんです」
「難癖……?」
私が首を傾げると、ドライトが補足をするように言葉を継いだ。
「大した理由もなく絡んでくるだけなら、まだ〝マシ〟な方ですね。最近は身分証の強制提示に、路地裏での尋問まがいの行為。あとは、まあ……お嬢様の前で言う話じゃあないな」
語尾を濁したのは、私のことを〝どこぞのご令嬢〟だと見越して、配慮をしてくれたのだろう。
推測するに――私の知るところのチンピラや半グレ紛いの集団に近いのかもしれない。
(さっき濁した〝難癖〟の中には、私刑行為や暴力めいたものが含まれていそうね……)
そんなことを考えていると、隣で「へえ」と呟く声が聞こえた。
「そいつは、厄介だな。で、その行為だが……まさか都衛騎士団は見過ごしてる、なんてことはないよな?」
隣に座るカーネリアンが、声を低くしてドライトに尋ねた。
先ほどまでの砕けた様子と雰囲気がまるで違う。冷静に事の成り行きを探っているようだった。
カーネリアンの言葉に、ドライトは渋い顔を浮かべる。
「見過ごしてるどころか、手を焼いているくらいだとよ。……そもそもだ。都衛騎士団のやつらが〝ウパラ人問題〟を散々野放しにしていた結果だってのにな。皮肉なもんだよ」
都衛騎士団……? ウパラ人問題を野放し?
聞き慣れない単語が続き、私はそっと手を上げるようにして口を開いた。
「あ、あの! 都衛騎士団って一体……? 王宮騎士団とは違う組織なの?」
私の問いに、カーネリアンが首を横に振る。視線をこちらへ向け、軽く顎をしゃくった。
「ああ、違う。都衛騎士団は〝王都の治安維持〟を任された連中だよ。街中の巡回や揉め事の仲裁、犯罪者の拘束なんかはそちらさんの担当だ。王宮騎士団とは別物」
要は、警察のような組織ということだろうか。言われてみれば、ゲームのモブユニットでそんな人たちが居たような気がする。
「王宮騎士団はあくまで王族とその周辺の警護が仕事。んで、厄介なのは――都衛騎士団の総括が聖輝教会ってところだな」
「……あ、そうか。王都ってもともと女神様ご自身が繁栄を願って作った都だから……」
口にした瞬間、ハッとする。すると、案の定カーネリアンがニヤリと笑った。
「その通り。へえ、そう言うことは知ってるんだな?」
感心の声を上げては、目を細めて深く頷く。含みのある物言いにドキリと心臓が跳ね上がった。
ここは反応するより、黙っているのが無難だ。曖昧に笑って誤魔化そうとしていると――
「そりゃあお前、この国の常識だろうが。サフィラさんぐらいのお嬢さんなら、知ってて当然だろ」
私たちの様子を見ていたドライトが、呆れ口調でそう言う。本人にそんなつもりはないのだろうが、助け舟を出して貰った気分になり、心の中で彼に感謝の念を送った。
王都の成り立ちは私にとって、ゲームのプロローグで語られていた内容だったのだけど、クォーツラント王国の〝常識〟のようだ。
そして、都衛騎士団が教会の管轄だとわかった今。おのずとあの人の名前が脳裏に浮かび上がる。
「そ、そうですよね。えっと――だからつまり〝ウパラ人問題〟を野放しにしていたってことは、もしかして、その……フレイヤ様が噛んでいたりするの?」
その名を口にした瞬間。応接室の空気が、わずかに軋んだ。ドライトが、言葉の行き場を探すように視線を彷徨わせる。
「……まあ、その言い方も、あながち間違いじゃありませんが」
曖昧に濁した声で呟いたドライトよりも先に、カーネリアンが低く笑った。
「噛んでいる、というより――〝繋がっている〟と言ったほうが正しいな。あの人はあくまで庇護者と言う立場だからな。都衛騎士団そのものを動かす力はない。だが……上が配慮をしているのさ」
「配慮?」
「都衛騎士団の上層は、教会からいい思いをさせてもらってるんだとよ。だから、あの人の出身国であるウパラに強く出れない。――まったく、どうかしてるよ」
カーネリアンは小さく鼻を鳴らす。
「恩恵をもらった相手には逆らえない。都衛騎士団の上にとっちゃ、オカーサマの顔色ひとつのほうが〝治安〟より大事ってわけだ」
その言葉に、ドライトが渋い顔で頷いた。
「……そして、その体たらくな都衛騎士団に代わって台頭したのが、例の義勇団という訳だな」
つまり、治安維持がロクに機能していないということか。
治安組織が腐れば、真っ先にほころぶのは街の空気。治安維持に穴が開けば、その隙間に別の勢力が入り込みやすくなる。……でも、誰もが皆〝正義を掲げた者〟たちとは限らないだろう。
街の安全が保たれなければ、民衆の不安は募る。
そして、その矛先が向くのは、そうした原因を放置してきた中枢組織。つまり、この世界で言うところの貴族や王家、それに教会だ。
やはり、戦火に繋がる火種はもう既に撒かれているようだ。
ゲーム〈アルカナ∽クォーツ〉で描かれていた未来が脳裏に過り、唇を噛み締めてしまう。
「……大丈夫かい? サフィラさん。怖い話をしてしまいましたね」
私の様子に気付いたのか、ドライトが声を掛けてくれた。
「だ、大丈夫です。ただ……状況を聞いて、少し驚いただけで」
そう言いながら、私は首を横に振る。胸のざわめきを悟られないように、笑顔を取り繕った。
「――よし、じゃあ情報の整理も粗方済んだことだし……そろそろ行くかあ」
そう言いながら、カーネリアンはソファから立ち上がった。
両腕を上げ、あくび混じりに大きく伸びをする。まるで散歩にでも繰り出すような、気楽な物言いに私とドライトは顔を見合わせた。
「……え?」
治安の崩壊や、半グレ紛いの義勇団や腐った都衛騎士団。どう考えても、危険な匂いしかしない。どうしてそんな結論に至れるのか。
「おい、カーネリアン」
先に我に返ったのはドライトだった。苛立ちが混じった声音で、彼を呼び止める。
「お前、さっきまでの話をちゃんと聞いてたのか? 今の状況で〝行く〟って。……ふざけるのも大概にしろ」
「ふざける? この俺が? そんな訳ないだろう」
カーネリアンは、いつもの調子で肩を竦める。だがその眼光には一切の笑いもふざけもなく、静かに研ぎ澄まされていた。
「話を聞いたからこそ、行かない理由がないね。……机の上で話しているだけじゃあ、実際の街の空気はわからないだろう? 見て、感じて、確かめる。それが一番手っ取り早い。それに――」
その視線が、ふっと私に向けられる。
「なあ、アンタも本当は気になってるんだろ?」
声を掛けられてハッとする。そんなはずは……と首を横に振り掛けたが、ふと思いとどまる。
ドライトの話を聞いて、王都で今何が起きているのかは分かった。けれども、これはあくまで事実確認だ。話を聞いただけでは、解決の糸口は見えてこない。
私は緋冠祭で起きる事件を防ぎたくて、ここまでやって来たんだ。
街に出て、何かを掴める可能性があるのなら――それを見逃さない理由はない。
「サフィラさん、せめてあなたはここに残って――」
私はドライトの言葉を、首を横に振って遮った。
「いいえ。行きます」
「……え?」
ドライトは、呆気に取られ目を丸くする。
「そうこなくちゃ」
にんまりと口元を歪め、したり顔のカーネリアン。私は彼の瞳を一瞥し、一度深く息を吸ってから、ゆっくりと頷いた。
「……そうね。アナタの言う通り、私にも気になることがある。行きましょう、外へ」




