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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第三章

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第34話 その殺し屋、巻き込まれる




「わああああああ!!!!?」

「ひゃああああああ!!!!!」


 ほぼ同時に、二人分の叫びが室内に響いた。


 灰色掛かった、薄水色の髪。クタクタの白衣に、無精髭。そして、縁なしレンズの眼鏡。――間違いない。この人は……!


「よぉ、ドライト。来たぜ」


 カーネリアンはフッと笑い、さも当然のように片手を上げる。


「来たぜ、じゃねぇよ!! 心臓止まるかと思ったわ!!」


 ドライト、と呼ばれた男は胸を押さえながら再び怒鳴った。それから私を見て、瞬時に固まる。


「……なんだこの、めちゃくちゃ育ちが良さそうなお嬢さんは? どっから掻っ攫ってきたんだ?」


 わなわなと唇を震わせつつも、視線はつま先から頭の先まで抜かりなく走っていく。動揺している割に、妙に慎重な視線運びだ。


 そんなドライトの様子を見たカーネリアンは、頭の後ろで手を組みながらなんてことない調子で答えた。


「掻っ攫ってなんかいないさ。ちゃんと父親の了承も得てる」


「嘘付くんじゃねえ! 俺が父親だったら絶対許可しねーよ? どうせまた上手いこと丸め込んだか、適当なこと言ったんだろう?」


 ドライトのツッコミが鋭く飛ぶ。だがカーネリアンは怯む様子もなく、肩を竦めて曖昧に笑っていた。


 そんな二人のやり取りを眺めながら――私は興奮を抑えられずにいた。


(ド、ドライトさんだあ~!! って事は、もしかしてここって彼のラボなの?)


 ドライト・ラブラドル。それが彼の名前だ。


 例にも漏れず〈アルカナ∽クォーツ〉に登場するユニットキャラクターだ。

 ルベルにとってのヘリオドール卿に当たる立ち位置の人物で、カーネリアンの恩師にして後見人。


 〈黒ルート〉の頼れる大人だ。


 もとは王宮魔法士の名家の生まれで、〝魔導工学士界のホープ〟と呼ばれたほどの天才魔導工学士。もしかしたら、先ほどの転移用の輝石(クォーツ)は彼の発明品だったのかもしれない。


 確か、彼は元々カーネリアンの家庭教師で……。


「――なあ、ドライト。なんでコイツが〝育ちが良さそうなお嬢さん〟だなんてわかったんだ?」


「お前なあ。……こんな良い格好してる子見たら、誰だってそう思うに決まっているだろうが」


 ドライトは呆れたようにため息を吐く。


 そんなドライトの指摘に、私はびくりと肩を震わせた。

 いや、興奮してる場合じゃない。まずは、自己紹介をしないと。私は慌てて姿勢を正す。


「あ、あの……はじめまして。私、サフィラ・フォ──」

「ストップ!!」


 鋭い声とともに、ドライトの手が目の前に突き出された。反射的に口をつぐんだ私に、彼は険のある表情をわずかに緩め、ゆっくりと言葉を続けた。


「悪いが、それ以上は言わんでくれ」


「え……?」


「サフィラさん、ね。名乗りを遮って申し訳ない。このお騒がせ〝王子様〟が連れて来るぐらいだ。そこそこなご身分かとお見受けします。……貴女の生家によっちゃあ、俺の正気が保てなくなりますんでね」


 先ほどまでの怒声とは違う、低いが落ち着いた声音。


 けれどそのまなざしには困惑の色が滲み、同時に何かを推し測るような冷静な光も宿っていた。


「それと――俺はドライト・ラブラドルと言います。カーネリアンとは昔馴染みでね。とりあえず、貴女みたいな子をこんな汚いところに、置いとく訳にもいかないな。……場所を変えましょうか」


「は、はい……」


 私が頷くと、ドライトは踵を返し退出を促す。彼の背を追うように慌てて歩き出すと、その隣でカーネリアンが肩を揺らし、笑いを堪えていた。





 研究室を出て石造りの階段を登ると、先ほどの雑然とした空間とは打って変わって、片付けられた簡素な一室が現れた。


 小さな応接室らしく、磨き込まれた机とソファが整然と置かれている。窓から差し込む柔らかな日差しが、室内の埃さえも金色に染めていた。


 ドライトはソファを手で示しては、軽く肩を竦めてみせる。


「お茶の一つも用意できませんが……まあ、座ってください。んで、どうしてここに?」


 言われた通りに腰を下ろすと、質問の矛先が私に向けられる。


「え、えっと……それは……」


 どう説明すればいいのか分からず、言葉が詰まる。


 カーネリアンに連れて来られただけです、と正直に言うべきなのだろうか。


 悩んでいると、私の隣に腰掛けたカーネリアンがひょいと身を乗り出した。


「俺が誘ったんだよ。ちょっと、外で確かめたいことがあってさ」


「……は?」


 ドライトの眉が訝しげに歪む。


「おい、外って……まさか、サフィラさんと一緒にじゃないよな!?」


 眼鏡の奥の視線が鋭く光る。だがその視線を向けられている本人は、ちっとも動じておらずケロッとした様子で、


「そうだけど?」


「そうだけど? じゃねぇよ!!」


 カーネリアンが頷くと同時に、ドライトの突っ込みが入る。机をバンッと叩いたことにより、その振動でソファがわずかに揺れた。


 そして改めて明かされた事実に、私の心臓も跳ね上がる。


(えええ!? やっぱり〝確かめに行く〟って、そういう意味だったの!?)


 思わず心の中で絶叫してしまう。だが、動揺している私とドライトとは裏腹に、カーネリアンだけは平然としていた。


 その姿を見るや、ドライトは天を仰ぎながら深々とため息を吐く。


「はぁ……マジかよ。まあ、そうだよな。お前、昔からそういう奴だもんなあ」


 そう言って、ガクッと肩を落とし項垂れる。その諦めを含んだ呆れ声を聞くに、二人にとってこう言ったやり取りは別に珍しいことではないようだ。


「で? その〝確かめたいこと〟って一体なんなんだ? 嫌な予感しかしないけど、聞いてやるよ」


 ドライトの投げやりな問いに、カーネリアンは片肘をつきながら軽く笑う。


「義勇団の連中についてだよ。お前も、この前言ってただろ? 最近街の中でよく見かけるようになったって」


「……はあ!? 義勇団だぁ?」


 ドライトは素っ頓狂な声を上げた。だが当の本人、カーネリアンはまたしても動じていない。


「サフィラがさ、義勇団に付いて気になることがあるって言ってきたんだ。それで、その実態を確かめに来たって訳」


 そう言って、カーネリアンがちらりと私の方へ視線を向ける。突然話を振られて、肩がビクッと跳ね上がる。


 そして、ドライトもこちらへ顔を向けてきた。先ほどまでとは打って代わり、冷静な表情だ。警戒と興味。その両方が入り混じった眼差しを向けてくる。


「あ、えっと……そう、なんです。その……」


 二人から視線を向けられ、緊張で喉が強張る。


 けれどこの状況で、何も言わない訳にはいかない。私は両手を膝の上でぎゅっと握った。


「私の父が話していたんです。最近、義勇団の動きが活発になっているって。緋冠祭(ひかんさい)にはウパラから来賓の方も多くいらっしゃいますし、当日なにか危険なことが起こるかもしれない、って……」


 そこで一度言葉を切り、指先にほんの少し力が入る。


「そ、そんな訳ないとは思っているんです。でも……なんだか胸騒ぎがして。そのことを、彼――カーネリアンに相談したら……この場に連れて来られて。それで、今に至ります」


 言い終えると、視線をそっと隣へ向ける。


 するとカーネリアンは私と目が合うなり、満足げに口元を綻ばせた。まるで「よくできました」と言わんばかりの表情に、少しだけムカッとしたが、気にしないことにしよう。


 ドライトは数秒沈黙し、じっと私を見つめ――そして深々と重い溜息を吐いた。


「そりゃあ、サフィラさん。こう言っちゃなんだが、相談する相手を間違ってますよ……」


「……ですよね。あっ!」


 思わず漏れた言葉に自分で驚き、慌てて口を塞ぐ。


 その様子を見て、ドライトは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、苦笑を浮かべる。


「なるほど。……まあ、貴女(あなた)のお父上が何者かってのはひとまず置いておくとして――義勇団の動きが活発になっているのは事実ですよ。しかも、その理由が〝緋冠祭絡み〟ってのも、ね」


 ドライトの声音がわずかに低く沈む。応接室の空気が、ひと呼吸ぶんだけ張り詰めたように感じられた。


 カーネリアンも変化に気付いたのか、調子はそのままに視線だけを鋭く細める。


 胸の奥がじわりとざわつき、私は無意識に息を呑む。そんな私へ、ドライトは静かに視線を向ける。


「お父上が言っていた、義勇団の動き……そして貴女の胸騒ぎ。――あながち、間違っていないかもしれませんよ?」






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