第31話 その殺し屋、成果を見せる
「で? 大嫌いなニヤケ親父と大嫌いな王宮に出向くだなんて。どういう風の吹き回しなんだ。……なぁ、サフィラ?」
からかうような声音で、カーネリアンは目を細めて笑う。
その鋭い眼差しは、私を観察するみたいで――同時にどこか試すような挑発的な目線だった。
手段がどうであれ、公爵を追い払ってくれたのは、良しとしよう。
でもまさか、今度は彼に捕まるハメになるだなんて。一難去ってまた一難。背筋に冷たい汗が、じんわりと滲む。
一体、なんと答えたらいいのだろう。
カーネリアンは、公爵が王宮を訪ねて来ることを知っていたのだろうか。どうして私の背後を取れたのか、どう言うつもりで公爵から引き離したのか――ありとあらゆる疑問が、脳内をぐるぐる駆け巡る。
しかし、このまま沈黙を貫く訳にもいかない。せめて、何かアクションを起こさないと。
(これはもう……〝アレ〟をやるしかないか)
以前、カーネリアンに「及第点」と言われてから、地味に練習をし続けた〝あの口調〟を。
私は小さく咳払いを一つして、声を低く整える。そして、ふっと目を細めてカーネリアンを一瞥した。
カーネリアンは私の変化に気付いたのか、訝しげに片眉を上げる。
「……貴方、一体どういうつもりなのかしら?」
ピリ、と空気が張り詰める。よし、雰囲気は悪くない。
お嬢様らしい所作も、この半月でそこそこ板に付いてきた。このままの勢いで、押し切れる筈だ。
「あの人と一緒にここまで来たこと。……貴方みたいな愚王子に話す必要なんてないわ。放って置いて」
そのまま踵を返す私。
そして、内心決まった…! と拳を握る。
サフィラが悪態を吐き、カーネリアンが軽口で返す。ゲーム〈アルカナ∽クォーツ〉で何度も見たお約束の光景だ。
まさか自分がこれをやる日がくるだなんて。ゲームプレイ当時は夢にも思わなかったけど……以前より彼女らしく話せている筈だし、我ながら上々の出来。これは流石のカーネリアンも及第点以上の評価をくれるだろう。
なんて、自分で自分を褒め称えていると、ふとある違和感に気付く。妙に……ううん、嫌に静かじゃない?
(……あれ?)
不安になり、恐る恐る後ろを振り返る。
すると、そこにはジト~っとした目でこちらを見つめるカーネリアンの姿があった。
彼は、私と目が合うなりため息をひとつ吐いては「茶番は終わったのか?」と言いたげな表情を浮かべていた。もしかしてこれは――
「~~~っ!!」
頬が一気に熱くなる。
(すすすすすす、すべった………)
羞恥のあまり固まる私を前に、彼はもう一度ため息をつき、やれやれと肩を竦めた。
「ま、とりあえずだ。ここは人目がある。場所を変えるぞ……付いて来な」
それだけ言い残して、彼は踵を返す。歩く速度が、妙に早いのは気のせいだろうか。
「え、あっ……ちょっと待って! ねぇ!」
頬の熱を抑えながら、私はその遠ざかる背中を追いかけるのであった。
◇
カーネリアンの背中を追って歩くこと、数分。気が付けば、私たちは再び庭園の小径に戻っていた。
その間、お互いに口を開くことはなく、石畳を踏む靴音だけが私たちの間に響いていた。
そのおかげか、私の頬の赤みは随分と引いた。もしかしたら、彼なりの気遣いだったのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、視界の端に、古びた東屋が映った。
(あ、ここって……)
ゲームで何度か見た、カーネリアンのお気に入りの東屋だ。
絢爛豪華な王宮の庭園には似つかわしくないその東屋は、良く言えば趣きがあり、悪く言えば少し寂れている。
庭園の奥のそのまた外れ。しかも丁度、死角に建っていることもあり、この存在を知っているのは、王宮内でもほんの一握りの庭師だけだそうだ。
故にあまり手入れが行き届いていないようだが、伸びっぱなしの雑草や不揃いな小花たちが醸し出す、素朴であり〝異質〟な美しさに魅入ってしまう。
(ゲームのカーネリアンが『まるで、俺みたいだろ?』なんて言って笑ってたな。………あっ、そうか)
「〈サートゥルヌス〉だろ、それ」
「えっ」
私がハッとしたと同時に、胸元で揺れるペンダントの話を振られて肩が跳ねた。
「ルベルのやつ、本当にこれにしたんだな。パライバさんの形見だし、やめとけって言ったのに。……あの頑固者め」
頭を掻きながら、呆れたようにぼやくカーネリアン。
「その口ぶり…まるで、知ってるみたいに言うのね」
「ああ。お礼をした方がいいぜって言ったの、俺だからな。……で、この間のデートは楽しかったか? ルベルのやつ、帰って来てからアンタの話ばっかしてたよ」
彼がデートと言う単語を出した瞬間、先ほどとは別の意味で顔が熱くなった。
「デ、デ!? そ、そんなんじゃ……!」
私がごにょごにょ言ってると、カーネリアンは「アハハ」と無邪気に声を出して笑う。
笑いながらも、ベンチやテーブルに落ちた葉っぱや薔薇の花びらたちを払い除ける。彼に促されるまま、私はそこへ腰を下ろした。
私の隣に腰掛けたカーネリアンは、ペンダントをチラッと見てはうん、と頷く。
「わざわざ身に付けて来るくらいだもんな。……にしても、いい仕立てだ。――似合ってるよ。今度ルベルに見せてやりな。喜ぶぜ、アイツ」
そう言っては、目元を細め弧を描くカーネリアン。
優しく微笑む彼があまりにも綺麗で、思わずときめいてしまう。そして同時に、おのれ天然タラシ……なんて思うが、ルベルが喜ぶなんて言われたら悪い気はしない。
彼の喜ぶ顔を想像したら、じんわりと胸の内が暖かくなった。……見せて、あげたいな。
「ははっ、その顔! デートは大成功だったようだな。で、やっぱりルベルに会いに来たって訳か。アンタ、わかりやすいんだな」
そう言って、カーネリアンはテーブルに肘を付き、しなやかに身を預ける。まるで猫のような仕草で、ゆったりと私の顔を見上げてきた。
茶化されたような気分になって、ムッとしてしまう。
「……私って、そんなにわかりやすい?」
見上げてくる彼の顔を、私は見下ろすように睨む。しかしカーネリアンは、面白そうに更にその笑みを深めた。
「ああ、とっても。さっきのもさ、あのまま歩いてどっか行っちまえば百点だったよ。そこで振り返って、不安げな顔したのがなあ~。あそこでマイナス百点。で、結果零点。惜しかったな」
さっきの……とは王宮内で私が行った〝オリジナルサフィラ風ムーブ〟のことだろう。ここでその話を蒸し返す!?
てっきり気を遣ってくれていると思ったのに。
何だかカーネリアンが小憎たらしく見えてきた。ぐぬぬ…と彼を睨みつける目に力が入る。だが、カーネリアンは特に気にした様子もなく、さらりと言葉を繋いだ。
「それで、だ。アンタにゃ悪いが、その肝心のルベル……今日は城に居ないぞ」
「……えっ?」
「ベリロスのおっさんとこの長男――エメルドだっけか? そいつと一緒に裏山で剣の鍛錬三昧だとよ。夕方までは帰ってこない筈だぜ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の内に灯っていた小さな希望の光に、ふっと翳りが差した。
必死に手繰り寄せてきた〝可能性の糸〟が、指の隙間から滑り落ちていく。
……嘘でしょ? ルベルだけではなく、エメルドまで居ないだなんて。彼らを頼って、やっとの思いでここまで来たと言うのに。
庭の陽射しとは裏腹に、不意に冷たい北風が吹き抜けたような感覚が走った。
ほんの一瞬だけ、息が乱れる。だが、カーネリアンはその瞬き程の乱れを見逃してはくれなかった。ふっと目を細め、追い打ちを掛けるように言葉を重ねる。
「にしても……神聖のゆらぎ、ねぇ。ここまで人が変わるだなんて、驚きだな」
〝ここまで人が変わるだなんて〟その言葉に、胸がわずかに跳ねる。
冗談めかした軽い口調。けれど、笑っている口元とは裏腹に――朱い瞳だけが、刺すように私を見ていた。
彼の呼吸、間、目の動き。前世で染みついた勘が、静かに警鐘を鳴らす。
やっぱり、この人は気付いている。どこかで、私の〝何か〟を疑っている。
焔の残光を宿した朱い瞳が、全てを見透かすように――静かにゆらめていた。




