表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/58

第30話 その殺し屋、貸し出される




 ――ガタンと、車輪が揺れ、重厚な鉄の門が開く音が聞こえる。


 前世の記憶が蘇り、お茶会に出席したあの日から約一ヶ月経つか経たないか。月日が過ぎ去るのは早いと思うが、同時に私がこの世界にやってきて、まだそれしか経っていないとも言える。


 馬車から降りると、相変わらずの絢爛豪華な庭園が広がっていた。幾何学模様の石畳も、翼の生えた女神像を抱いた噴水も、当たり前だけど、あの日のままだ。


 けれど、どことなく雰囲気が違って見えるのは、あの日の私は〝招かれる側〟だったのに対し、今回は〝訪れる側〟だからだ。立場が変わるだけで、見える世界はこうも違う。


 公爵に手を引かれ、長い回廊を進む。白い大理石の床は磨き上げられ、外の陽光を映して眩しいほどに光っていた。


 やがて、天井の高いアーチの先に金細工の扉が見えてくる。ここから先が、王宮の正殿へと続く入り口。謂わば、外界と王宮とを隔てる壮麗な〝境界線〟だ。


「ではサフィラ、私はこのまま陛下と妃殿下にご挨拶をしてくるよ。……キミはどうする?」


 手を繋ぎながら、公爵が柔らかい声音でそう尋ねる。


 陛下と妃殿下。その言葉を聞いて、ゲーム画面で見た彼らの顔が脳裏に思い浮かぶ。


 てっきり王宮内でも公爵と共に行動をすると思っていたが、まさか向こうから別行動を示唆(しさ)されるだなんて。これは絶好のチャンスだ。


 別行動が許されるのであれば、このままルベルやエメルドを探しだし、例の事件の話が出来る。――でも。


(……いや、待てよ。これまでの公爵の言動を思うに、これも〝罠〟の可能性がある)


 ここは素直に「ご一緒します」と、言った方がいいのかも知れない。確かに〝父親に着いて王宮へやってきた公爵令嬢〟としては、そちらの方が自然ではある。


 でもやっぱり、このチャンスは活かしたい。けれど、怪しまれたくもない。それに、陛下や王妃様にお会いしといた方がいい気もする。


 いつもは即断即決が多い私だが、公爵が何枚も上手な相手だと分かった今、柄にもなく考え込んでしまう。どう答えようかと思った、その時だった。


「――サフィラ」


 ふわりと、背後から柔らかな気配と共に、私の名前を呼ぶ声がした。足音もなく、突如現れた〝何か〟に、心臓が大きく跳ね上がる。


(嘘っ!? 誰、この私の背後を取るだなんて――ッ)


 そう思い、反射的に振り返った瞬間、言葉を失った。


 まず飛び込んできたのは、長い漆黒の睫毛に縁どられた朱い瞳。そして、視界いっぱいに広がる整った(かんばせ)だった。


 滑らかな褐色の肌。光を受けてさらりと揺れる長い黒髪。

 幼さを残しながらも鼻梁はすっと通り、子どもと大人の(あわい)に立つような、危うくも神秘的な美しさを帯びていた。


 その至近距離で浴びる〝美貌の暴力〟に呼吸が止まる。


「……カ、カーネリアン!?」


 私は咄嗟にその名を呼んでしまう。

 私の反応を見た、彼――カーネリアン・フォン・カルブンクルスは、悪戯っ子のような笑みを一瞬だけ浮かべては、すぐに私から視線を逸らし、公爵へ向き直る。


「これはこれは! カーネリアン殿下ではありませんか。ご機嫌お麗しゅう」


 カーネリアンと目が合うなり、恭しく礼をする公爵。


 元よりテンションが高い人ではあるが、心なしか声が弾んでいるような気がするのは気のせいだろうか。


 カーネリアンは、私の側から離れず、その場で優美な笑みを浮かべては、


「お久しぶりです、パパラチア公。ウパラよりお戻りになったと、母から聞いております。長期に渡るご視察、ご苦労様です」


 そう言って、澱みのない完璧な所作で深々と頭を下げる。絹のような長い髪が揺れ、貴金属のアクセサリーが擦れるシャランという音が、耳元をかすめた。


「貴方にお会いできるのが楽しみなようで……今朝から上機嫌でいらっしゃいました。早く、故郷の話が聞きたいのでしょう」


「はは、それは光栄です。今日は確か――大聖堂で祈祷の儀がありましたね? 伺うとしたら、そちらが終わってからがよろしいでしょうか」


「はい。用事が終わり次第、執務室で待っているように――と仰っておりました。……最初から公をお待たせするおつもりのようです」


「それまた、あのお方らしいですね。構いませんよ。事付けの通りにさせていただきます」


 なんだか含みのある会話を繰り広げる、カーネリアンと公爵。私はそんな二人のやり取りを、ぽかんと眺めていた。


 カーネリアン、本当に十三歳なんだよね……? その年齢で公爵相手に対等に渡り合えるだなんて、感心すると同時に、思わず流石だと唸る。


 相手が歳上だろうと、権威のある人でも構わない。観察力と洞察力とキレる頭脳。そして元来より持ち合わせた気品とカリスマ性で相手を翻弄する。


 いつも飄々としていて、軽口を叩く彼とはまるで別人。でも――このギャップこそが彼の魅力。


 その堂々とした横顔からは既に、私がゲーム画面で見ていた十九歳のカーネリアン・フォン・カルブンクルスのオーラの片鱗が垣間見えていた。


 私はルベル最推しではあるけど、カーネリアンのこのギャップに何度やられたことか…! でも、それは前世でゲームのプレイヤーだった頃の話。


 今の私は、サフィラ・フォン・パパラチアとしてこの世界に生きている。


 それに彼は、ルベル誘拐事件の詳細を知っていたし、何より私のことを〝サフィラ〟ではない別の誰かだと疑っている。


 いくらゲームのメインヒーローで、ルベルの兄で対になる存在とは言え、私にとっての彼は〝油断ならない相手〟だ。


「――して、公」


 耳元で、低い声が私の鼓膜を撫でる。同時に肩をポンと叩かれ、思わず「ひゃっ!」なんて情けない声が出そうになったが、どうにか踏み止まる。


「サフィラを……お借りしても?」


「…へ? お、お借り……?」


 小声で呟くと、カーネリアンがこちらに振り返り、ウィンクした。けれど、その笑みにどこか硬い影がある。まるで「黙っていろ」と告げられたようで、喉がすこしだけ強張った。


 公爵は一体何と返すのだろうか。恐る恐る顔を見上げると――


「ええ、もちろんですとも!」


 そこにあったのは、満面の笑顔であった。


(えっ!?)


 食い気味に放たれた返事に私は言葉を失う。


「では殿下、娘をよろしくお願いいたします。……サフィラ、夕刻まで殿下とご一緒していなさい。後ほど迎えに行くよ」


 父は心底嬉しそうに笑い、優雅に一礼して去っていく。小さく手を振りながら遠ざかっていくその姿が、どこか空虚に見えた。


 あまりの展開の速さに、文字通り開いた口が塞がらない。頭の中に、大量の疑問符が浮かぶ。


(え、え、なにこれ……どういう状況?)


 状況が読み込めず、キョロキョロと周囲を見渡してしまう。そして、先ほどまで嫌と言うほど近くに感じていたカーネリアンの気配が、すっと遠のいたことに気付く。


 パーソナルスペース外へ出た彼は、やれやれと言いたげにため息をひとつ落としていた。


「はぁ、やっと行ったか。……相変わらず感情の無いニヤケ面だな、あの親父」


 振り返ったその瞳は、いつもの――私が知るカーネリアンに戻っていた。そこには優雅さも丁寧さもない。ただ鋭く、私を観察する光だけが宿っている。


「で? 大嫌いなニヤケ親父と大嫌いな王宮に出向くだなんて。どういう風の吹き回しなんだ。……なぁ、サフィラ?」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ