第24話 その殺し屋、祈りを身につける
ルベルとの公苑での逢瀬から、半月が経とうとしていた。
あの、暖かくも優しい初夏の思い出。
今でもふと思い出しては、胸の奥がじんわりと熱くなる。
銀河創造のはにかみ笑顔も、好きなものについて、一所懸命に話してくれる姿。
そして何よりも忘れられないのが……。
『僕は――君みたいに、誰かを守れる強くて優しい人になる。……君が僕を救ってくれたように、今度は僕が君を助けられるような、そんな人になりたいんだ』
一条の星を湛えた真摯な瞳!
力強い誓いの言葉! そして、控えめに、けれどもハッキリとした声音での「ありがとう」
どこまでも優しく、美しく、そして輝かしい陽だまりのようなその姿。
これぞまさに、ルベル・フォン・カルブンクルス……!
あの輝き、暖かさ。最早ルベル自身が、太陽そのものだと言っても過言ではないだろう。
(銀河を創造して更に太陽になるだなんて、流石はルベル……! ウッ……半月経った今でも、思い出し泣きしそう)
何度も何度も同じ場面を思い出しては、目頭を抑える私。
あの眼をしていたルベルなら、素敵な人になる未来は約束されたも同然だ。
……ゲームの彼とは違う動機で、多少の変化はあるだろうけど、それも含めて楽しみだった。
彼の表情、手の温もり、そして誓い。この生涯、決して忘れることはないだろう。
――そして私はと言うと、少しずつ、サフィラ・フォン・パパラチアとしての暮らしにも慣れてきたこの頃。
今日も今日とて、〝お着替え隊〟による朝の儀式――もとい、身支度がはじまろうとしていた。
「お嬢様! 本日のテーマは〝さわやかで可憐な朝露の精〟で行かせていただきますわ!」
そう高らかに宣言するのは、〝お着替え隊長〟であるローズだった。
小柄な体躯に、長くて濃いピンク色の髪をツインテール。
髪色と同じ、ピンクの瞳を爛々と輝かせながら、今日の私が身に纏う予定の、淡いミントグリーンのワンピースを高々と掲げていた。
ローズの号令を合図に、お着替え隊のメイドたちが、流れるような所作で、私の身支度に取り掛かる。
「はい、次はソックスの色合わせを!」
「裾のレースを強調するなら、無地が正解ですわ」
「そうね! ではお嬢様、もう一度おみ足を!」
彼女たちに身を委ね、なすがままの私。
転生したての頃は動揺しっぱなしだったけど、今はこのテンションにもすっかり慣れきってしまった。
そうこうしているうちに、鏡の向こうにはミントグリーン色のケープ付きワンピースを纏った、品のいいお嬢様の姿があった。
ワンピースなのに、まるでケープを羽織っているような、小洒落たデザイン。
胸元には、花を模した繊細なレースがあしらわれている。
スカートはもちろん全円型。
裾のフリルはふんだんに使われていて、その存在感を損なわせないよう、透け感のある素材のソックスがシンプルに全体を引き締めていた。
髪型は、涼しげなハイポニーテール。リボンが重なったように見える、白いタックリボンのカチューシャが合わせられている。
(……こ、これが〝さわやかで可憐な朝露の精〟)
「きゃあ!! 今日のお嬢様も最っっっ高に可愛らしいですわ~! ……はぁ、己の才能が怖い」
鏡に映る自分をしみじみと見ていると、背後でローズをはじめとしたメイド達がキャアキャアと黄色い声を上げる。
「お外に行くのであれば、お帽子を合わせても良さそうですわね」
「ああ~! それ絶対可愛いですぅ!」
「本当にお嬢様は何を着られてもお似合いで…。お支度のしがいがありますわ!」
そんな彼女たちの賑やかな様子に、私は自然と口元を緩めた。そして、くるりと振り返る。
「みんなこそ、いつも可愛くしてくれて……本当にありがとう」
一瞬、空気がぴたりと止まった気がした。それから――
「「「お嬢様~~~!!!」」」
と、感極まったような声が、あちこちから上がった。
誰かがすすっとハンカチを取り出して目元を押さえ、誰かは両手をぎゅっと胸に当てて震えていた。
そんなメイドたちの過剰な反応に、私は思わず笑ってしまった。
「でも、今日って特にお出かけの予定もないのに……なんだか、やけに気合い入ってない?」
私が首を傾げると、ローズが口の端を上げて「ふっふっふ~」と不敵な笑みを浮かべた。
「実はですね、お嬢様。本日――〝例のアレ〟が、ついに完成したのですのよ!」
「〝例のアレ〟…? ってまさか」
思わず身を乗り出しかけたそのとき、控えめなノック音と共に、お馴染みの彼女の声が響く。
「お嬢様、アメリアでございます」
ガチャリと扉が開き、姿勢よく立つ黒髪のメイド服の女性――アメリアが現れる。
白い手袋に包まれた長く整った指先には、繊細な細工が施された、〝あの小箱〟が抱えられていた。
「アメリアちゃん、ナイスタイミング!」
ローズはそう言うと、指をパチンと鳴らす。
アメリアは静かに会釈し、抱えていた小箱をそっと私に差し出した。
「お預けしていた〈サートゥルヌス〉の加工が完了いたしましたので、こちらにお持ちいたしましたわ」
「……わぁ」
私の手のひらに置かれた小箱には、淡い藍色のリボンがかけられていて、装丁は可愛らしくも上品だった。
その箱を手にした瞬間、どこか特別なぬくもりが、静かに指先へ伝わった。
胸を高鳴らせながら、慎重にリボンを解き、そっと蓋を開けると――そこには、夕暮れ空を閉じ込めたような、幻想的な色彩の輝石が鎮座していた。
青の中に、緑と橙が溶け合い、見る角度によってその彩りを変えるその石は、繊細な銀の装飾に包まれ、ペンダントとして丁寧に仕立てられていた。
そっと取り出すと、シャラリ……と装飾と同じ銀の細鎖に吊られ、静かに揺れる。
「お嬢様。よろしければ、お付けいたしましょうか?」
アメリアの提案に私は、こくんと頷いて「お願いできる?」と言って背を向けた。
彼女の白手袋の指が、そっと私の髪を避け、細い鎖を首の後ろで絡める。
――カチッ
留め具の音が静かに響き、ペンダントは私の胸元にそっと収まった。
チェーンをやや長めの設計にしてもらったので、ペンダントトップはちょうど心臓の辺りに来るようになっている。
胸元から、優しくも暖かい――なんとも不思議な感触が、ゆっくりと全身に広がっていく。
アメリアから加工の提案をしてもらった後、帰りの馬車の中で、彼女に「加工するアクセサリーの意味」を教えて貰った。
たとえば、男性から輝石を贈られた場合、女性がそれを〝指輪〟に仕立てるのは「恋心の証」や「結ばれたいという意思表示」といった、かなり恋愛色の強い意味合いになるらしい。
推しであり、信仰対象でもあるルベルに、そんな畏れ多い真似が出来るか! ということで、指輪は真っ先に候補から除外された。
当たり障りなく、感謝の気持ちを伝えられて、なおかつ彼がかつてそうしていたように〝お守り〟として身につけられるものがいいと話したら、ペンダントか耳飾りの二択になった。
耳飾りもお洒落で素敵だと思ったけど、『サートゥルヌス』の大きさ的に、ペンダントがベストということになり、今に至っている。
このデザインであれば、もし彼に返すことになっても、問題はなさそうだ。
「どうかな? ……変じゃない?」
私がおずおずと尋ねると、ローズをはじめとした〝お着替え隊〟メイド達が、即座に声を上げた。
「素敵ですわ~~~!!」
「変ではありません! とおってもお似合いです!」
「今日のお召し物にもバッチリ合っていますわ!」
口々に褒めちぎってくれる彼女たちのはしゃぎっぷりに、つい苦笑が漏れる。
そんな中、アメリアは静かに微笑みながら、一歩下がって落ち着いた口調で言った。
「ええ、とてもお綺麗です。ペンダントに仕立てたのは正解でしたわね」
アメリアはそう言って、アメシストを思わせる紫色の瞳を細める。
「ありがとう…! ふふ、なんだかくすぐったいな」
照れ笑いを浮かべながら返すと、アメリアはさらりと続けた。
「それに、最近のお嬢様は少々お転婆でいらっしゃいますからね。チェーンは、丈夫な素材で作っていただきましたのよ」
……流石はアメリア。私の扱いに、手慣れていらっしゃる。
この短期間で二度もあんな事があったんだから、そう遠くない未来に、三度目があると踏んでいるのだろう。
まるで〝問題児〟か何かのような言われ方に、顔が引き攣り、同時に冷や汗が滲む。
そんな私の気も知らず、お着替え隊はますます盛り上がりを見せていた。
「にしてもお嬢様も、隅に置けませんわね~」
「この輝石って、ルベル様のお母様であられる、パライバ様の形見なんですよね?……はぁ、もう、それってつまり……」
「きゃ~~~! 素敵すぎます~~!!」
「これはもう応援するしかありませんね!」
「ねー!」と顔を見合わせ、鼻息荒く盛り上がるメイドたち。
愛だの恋だの運命だのと、当事者である私をそっちのけにして、ルベルとの恋愛話を勝手に繰り広げている。
時折聞こえる、あり得ない妄想に頬が熱くなるものの、〝ガールズトーク〟に花を咲かせる彼女たちを見つめては、どこか、微笑ましく思うのであった。




